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20年ぶりのふるさとで 小さな昔

 数日前。通勤パンプスの上に、もみじがふっと舞い落ちてきた。血が通った、葉脈。
 生まれ育った家にも、植えてあったな。

 土曜日、突然チケットを買い、新幹線とバスを乗り継いでやってくる。かつて住んでいた町に。

 10歳の秋から、20年。

 ひなびた小道のなかに現れた、昔の家。
 今は他人が住んでいる。

 記憶より古びているはずなのに、変わらない門、変わらない扉、変わらない窓。

 小学生の時は持っていなかったスマホで、撮る。この家の思い出写真はあるけれど、今この手元に、残しておきたかった。

 隣の駄菓子屋さんは、空き地になっていた。膝にからまる雑草をかき分け、生家の庭を脇からのぞきこむ。
「ない」
 もみじの木は伐られていた。人工芝の緑だけが広がっている。
 ……わたしの家じゃ、ないんだもんな。
 そっと離れた。

 かつて親のセダンが停まっていた駐車場を眺めていたとき、坂になっている裏手から、小さな男の子が降りてきた。

 まさるちゃん?

 坂の上に住んでた、優しいお兄さんに似ている。よく、私と遊んでくれた。
 そうか。きっと、まさるちゃんの子供だ。

「おねえちゃん、だれ?」
 男の子は、突っ立っている私を不思議そうに見た。「わたしね、昔ここに住んでたんだよ」
 首をかしげる男の子。
「そうなの? あきちゃんちに?」
「あきちゃん……より先に、この家にいたの。二階の廊下に、もみじの絵残ってない? 壁に描いた赤マジックのね。あれ、私」
 それを聞いた男の子は、目を輝かせた。
「あきちゃんのラクガキじゃなかったんだ!」
 まさるちゃんに似た彼と私は、目を見合わせた。
 私たちはいま立派に、近所に住む人間どうしになった。

「ぼく今から、おねえちゃんち? あきちゃんちに遊びにいくから」
「うん」
「あ、これ、あきちゃんにあげようと思ったんだけど、おねえちゃんにあげる」
 男の子が差し出した手のひら。
 そこには、その五本指をそのまま小さくしたような赤いもみじが乗っていた。

 いなか道を歩きながら、私はその赤を眺め続けていた。
 懐かしいバス停にまた戻る。誰もいない待合室。
 手帳を取り出し、開く。
 今日のページにそっと、赤く小さな昔をはさんで閉じた。
 












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