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フィクションの中にある究極のリアリティとは何か、映画「キャラクター」

映画「キャラクター」を観た。
個人的な話をするとここ数本、原作ものの邦画を観て期待を上回ることがなく落胆することも多かったため、ここは一つオリジナルものを観てみようと思い立った。

原案は漫画家浦沢直樹との共作や漫画原作などを手掛ける長崎尚志が構想10年を費やした完全オリジナル。漫画原作を数多く生み出しているだけあって、そのストーリーは「漫画」が舞台だ。

画力はあるが入選止まりの漫画家志望のアシスタント山城圭吾(菅田将暉)は、恋人のためにもそろそろ夢を諦めようとしていた。
ある日、山城はスケッチに訪れた夜中の住宅街で偶然にも一家惨殺事件の第一発見者となってしまう。錯乱寸前の彼の目に映ったのは血まみれの包丁を手にした殺人者(Fukase)。ところが山城は警察の調書ではそのことを伝えず、帰宅してから無心で漫画を書き始める。それがのちの出世作となる「34(さんじゅうし)」。そこには現場で見た犯人そのままを模写した美しき殺人者ダガーの姿があった。
人気作家となった山城だが、彼の漫画そっくりの一家惨殺殺人事件が起こり、清田(小栗旬)は捜査に乗り出す。

山城は優しく穏やかで物静かな性格。画力はあるけれど、ストーリーの核となる「キャラクターが弱い」と言われ、デビューへの道のりは厳しかった。

全て体験したことで描くわけではない。ただどこかにいそうだなと思わせる力のあるキャラクターがなければ作品として成立はしない。

情熱があっても、技巧が優れていても、画力があっても、人気が出るとは、デビューできるとは限らない。そこには人を惹きつけるものがなければ。

その一つとしては「リアリティ」ということになるのだけれど、山城は実際に「視た」ものを描くことによって自分がフィクションに取り込まれていることに薄々気づいていた。

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フィクションは作り込んで究極に振り切ったからこそ、優れた作品と言えるのではないのか。そこは確実に現実世界とは別に存在し、人が日常から離れて没頭できる「場所」でもある。人は自分の中から勝手にリアルを見つけて熱中する。

ところが山城は自分がその作り込む力がないことにとっくに気づいていて、最後のチャンスだと意気込んだ作品も手応えなく返されてしまう。そんな時に出会ってしまった、本物の殺人者に。

彼は描写能力が優れていたからこそ、対峙した美しい殺人者をそのまま漫画に再現することができた。そのキャラクターはたちまちに人々を惹きつけ、漫画はベストセラーとなる。

山城はこれまで憧れ続けてきた連載を持つ漫画家としての地位をようやく確立した。

けれど彼はそのリアルさに徐々に蝕まれていく。自分が偽り、現実をも捻じ曲げた事件は別の結末を迎えたまま、彼が唯一の目撃者となっている。どんどん走っていく殺人者ダガーの闇が今度は現実を捉え始めたとしたら。

自分が作ったキャラクターに、物語が進むにつれ追い抜かれてしまいそうになる恐怖。そしてアイツが現れた。山城に恐ろしい秘密を打ち明けるために。

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フィクションの世界が起こす事件をリアルに落とし込むのは、暴走族上がりの型破りな刑事清田(小栗旬)。警察内でいち早く、一見何も関係がなさそうな一家惨殺事件が山城の描いた漫画そっくりであることに気づく。山城への疑いを拭えないまま、事件の真相について独自の視点で追っていく。

大抵の物語だと、犯人がわかって追いかけて攻防が、というところがラストになると思うのだけれど、このストーリーは安堵のタイミングを後ろ後ろへと焦らされるようにもう一つ、まだ終わってない、とジリジリとエピローグが続いていく。

構想に長い間かけただけあって、ありきたりなエンターテイメントに収まりきらないラストを用意したのかなと思う。

そして物語は終わったようで終わっていない。これは禁断の世界に足を踏み入れてしまった山城が、一生抱えて行かねばならない矛盾なのかもしれない。そしてその世界は私たちの世界と地続きにある。

キャラクターと言いながらも、物語においては山城も美しき殺人者にも詳細なバックグラウンドを語らせていない。さらっと説明される生い立ちに私たちは今回の事件を絡めて補完して考えるしかないのだ。

まだこれらが腑に落ちるまでは時間がかかるかもしれない。そんな余韻ともやもやした思考とにしばらくぼうっとさせられるような、そんな作品であった。

主題歌とともに音楽を手掛けたのは、藤井風のアレンジなどで知られるYaffle。劇中の漫画は、古屋兎丸(山城がアシを勤めていた漫画オカルトハウザー)と江野スミ(山城作の34)。
漫画もとても良かったし、タイトルバックも格好よかった。主題歌も好き。さまざまな技巧を尽くした映像美が、キャラクターを盛り上げている。


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