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ミステリーにタイトルをつけた映画「永遠に僕のもの」

映画「永遠に僕のもの」を観た(原題は「El Angel」)。

バスタブに横たわる虚な目の美少年、タバコを咥え、チラシのカットには拳銃まで見える。果たして彼は何者なのか。

実際に起きた連続殺人事件を元に、「黒い天使」と呼ばれた美しき犯罪者に迫った本作。謎多き「天使」に、ある一定の解釈を加えたフィクション、ということになろうかと思う。

特にこれというフックのないただの記録映画のようではあるけれど、制作陣にペドロアルモドバルの名前があることが頷ける、圧倒的な色彩美と独特のカメラワークに興奮させられる作品である。

1971年ブエノスアイレス。カルリートスは生まれながらの泥棒だと自分を称するように、他人のものと自分のものとの区別ができない性格で、留守の豪邸に入っては無為な時を過ごし、興味の湧いたものを拝借して堂々と振る舞うことを繰り返していた。念願の子供を授かった年老いた両親は、ごく普通の堅実な夫婦だが、溺愛する一人息子が理解できず、どう扱っていいのかわからないように見える。そんな中、カルリートスは天性の泥棒の腕を買われ、スマートな同級生ラモンに誘われるまま、裏稼業に手を染めていく。

この事件がセンセーショナルに報じられたのは、その事件の残忍さによるところも大きいけれど、世間の注目を浴びたその美しい容姿。
巻毛のブロンド、愛らしい目鼻立ち、性格が歪むような要素が見当たらない見た目に、質素で堅実な両親、とグレる要素も皆無のように見える。

ただ時代背景から察しても、彼の性的指向がなかなか表に出づらかったという障壁はあったかもしれない。これは本人ですら、自覚していなかったかもしれないのだ。

恋人である女性は双子で、彼はその一方を見ても自分の彼女なのか姉妹なのかが判断がつかない。そしてグラマラスなラモンの母親に誘いの言葉を向けられた時、実に常識人な答えでそれをやんわり断る。この二つから考えてみると、彼は奥手であるとか、思ったより常識人である、というよりは女性に対する彼の気持ちがやや上の空であったと結論づける方が自然のように思えてくる。

カルリートスは他人と自分のものを区別することはしない。それは感情においても例外ではなく、そのために暴走することもあれば、遠く静観することもある。愛しているというカルリートスの気持ちは、時に気まぐれで時に強い独占欲に変化する。

気まぐれで、感情に強いストレスを抱え、常に葛藤や矛盾の中で生きている。

彼を掘り下げるとするならば、愛した、そして、したいことをしたい時にした。ということになろうかと思う。

人は凶悪な出来事を見かけた時、そこに大層な答え、それも自分とは最も遠いところにある答えを見つけ出そうとする。その意識が働いた時、カルリートスのような青年は溢れていき、やがて惨事の引き金となる。

これはとにかく、映像美と独特の色彩感覚、そして屈託のない美しき殺人者を堪能する作品であるように思う。意味を見出そうとしても弾かれ、意味を持たせようとしても拒絶される、ただ一つの解釈、そう思ってみるしかないのだろう。


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