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茜さん、恋の寄り道〜茜さん!婚活スパイラルのプロローグ〜

 曳馬茜(ひくまあかね)は、会社を出て向かったバスの停留所に手塚くんの背中を見つけた。

 手塚くんは営業部のエース。背中が真っ直ぐ伸びていて、周囲にはいつも整った空気が漂っている。月曜日の朝一番でも金曜日の夕方でも、手塚くんはその美しい姿勢を崩さない。
 ついでに言うと、顔も整っていて手足が長く背がスラリと高くて、まぁいわゆる「イケメン」と言う部類に入ると思う。少し茶色がかった瞳とサラサラヘアは第一印象がすこぶる良い。
 彼を見た新入女子社員は一旦は目がハートになるのだけれど、ツレない態度にそのうち潮を引くようにいなくなる。

「お疲れ様です」
 最後列の背中に声をかけた。散々迷ったけれど、無視するのも違う気がして茜はスマホを取り出しながら、ペコリと頭を下げる。
 茜の声に手塚くんが振り返った。「曳馬さん、お疲れ様です」。
 折り目正しい軽いお辞儀を返してくる。

 今日の午前中、経理課に来ていた手塚くんを思い返していた。茜のいる総務課のすぐ隣が経理課なのだけれど、最近入った派遣社員の黒岩さんは要領が悪くてミスも多い。頼んでいた書類が用意されていなかったらしく、いつも通り姿勢よく待っている手塚くんを尻目に、黒岩さんが部屋中を巻き込む台風のような勢いでバタバタと資料をかき集めていた。
 普段から不機嫌顔の課長は見て見ぬ振りを決め込んでいるし、他の社員も最近では「どうしたんですか」と聞くこともしない。
 そっと手塚くんの横顔を見たけれど、切れ長の瞳とシミひとつない頬からは何の感情も読み取れない。相変わらず何を考えているか分からなかった。

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