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どこが素晴らしいのか、こちらに問う。映画「すばらしき世界」

映画「すばらしき世界」を観た。劇場公開を逃してしまった作品、配信で観られるのを楽しみにしていた。

殺人罪で服役していた三上(役所広司)は出所後、身元引受人になってくれた庄司(橋爪功)のおかげもあり、今度こそカタギになろうと決意していた。
養護施設で育ち、若い頃から裏社会に関わってきた三上は少年院や刑務所を出たり入ったりを繰り返すも、根は素直で陽気な男。ただ短気な性格が彼の生きにくさを象徴するように一旦キレると手がつけられなくなる。
そんな彼とコンタクトを取る事になったのがテレビプロデューサーの吉澤(長澤まさみ)。彼の再生までの経緯をドキュメンタリーにしたいと元制作会社にいた津乃田(仲野太賀)に声がかかりその日から密着が開始された。

三上は自分の気持ちに素直な男で、誤魔化したり適当に流すと言うことができない。幼い頃に母親と離れ養護施設で育った彼は、道を外す事になり、その身を裏社会に置いてきた。罪を償うも、結局彼が最後に助けを求めてしまうのが元いた場所。そこに行けば、体はキツいけれど何も考えなくてもいいと、行ったり来たりを繰り返す。

三上は出所後、カタギになる足掛かりを得ようと職を探すのだけれど、立ちはだかるのは前科と反社という過去。生活保護という立場も彼の気持ちに焦りを感じさせ、短気な性格にたびたびスイッチが入る。

彷徨い、これまでのように「楽な」方法について手が伸びてしまうのだけれど、周囲の手助けもありようやく次の一歩を踏み出す手がかりを掴む三上。

ドキュメンタリーの津乃田のカメラを通して描かれる彼の姿は、あまりにも真っ直ぐで優しい性格。殺人も、過去の罪も、困っている人たちを放っておけない、大切な人を守りたい、その一心からなのではないかと思わせる。ただ、彼はいつも方法を間違えてしまう。そして制御の効かないエネルギーが過剰に相手を痛めつける。

一見、人の良いおじさんに見える彼も、ひとたびスイッチが入ると目に不穏な光が宿り、その大きな体は狂気になる。それが彼のこれまでの人生を象徴している。

殺人罪の刑期を終えた彼には、様々な試練があり、結局元に戻りそうになる彼を寸前で押し返したのは、かつての仲間の家族の言葉。

シャバは我慢の連続の割に大して面白くはない。ただ、シャバの空は広いと言いますから。

少人数でありながらも、彼の周囲には彼の更生を後押しし、応援する人たちがいる。その人たちのためにも、と少しずつカタギの生活をスタートさせる三上が見た空は、果たして本当に広かったのだろうか。

三上はみんなに誓ったように我慢をした。何かを削るように、自分を守ってきた感情を振り払うように、周囲に溶け込み、適当に受け流し、見たいものだけを見る。
それは身元引受人になってくれた庄司の言葉。

みんな全てのことに真正面からぶつからないし、いちいち正直にならない。社会とうまく適合するために、自分を安全に保つために、私たちが日頃から何気なくしていること。それがこれまでの三上にはできなかった。

その世界は当たり前と思い、受け入れているのだけれど、三上を通して見た世界はとても歪んで生きづらそうに見えた。

果たして三上にとって本当の「すばらしき世界」はどちらなのだろうか。

更生し、真っ当な道を生きることこそ人間の幸せ。社会に受け入れられ、必要とされると感じること。そして自分が信じ、信じられる関係があること。些細なことを積み上げていくために、時には我慢をし、時には感情にフタをして、小さな幸せを手がかりにまた生きていく。

すばらしき、と言う言葉の意味を広い空とともにこちら側に問う、大きな作品だった。

津乃田にドキュメンタリーの取材を依頼する吉澤。美しい真っ白な衣装に身を包み、わかったようなことを並べ、いざ三上が道を踏み外そうとすれば躊躇する津乃田の手を掴んでカメラを構えさせる。その生き生きとした視線を見て、あぁこちら側の人間はこう言うことなのだなと思わせた。離れたところから批判をし、安全な場所から鑑賞して楽しむ。SNSの歪んだ現実と、三上の生きる過酷な現実。自分のことではない、そう突き放して眺めているこちら側こそが、どうしようもなくひずんで見える世界がそこにはあった。

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