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見る角度によって様々な顔を持つ映画「Red」

島本理生さんの同名小説を映像化した「Red」。妻夫木聡、夏帆の二人が成就することのなかったかつての恋を激しく再燃させる男女を演じた。

読んだことがあるはず、と遡ってみると6年ほど前だった。その時に私は主人公に「わかるところがある」と綴り、現実の生活に空虚なものを感じながらもどうしようもなく欲望に駆られる自分を制御できない塔子のことを「欲望とプライド」の間で揺れ動く、と表現していた。

別にあの頃と何ら生活や心境に変化はないように思うけれど、映像化した本作は違和感を禁じ得ない「身の入らない」作品になっていたのが残念だった。

高収入の夫(間宮祥太朗)と6歳になる愛らしい娘、物分かりのいい優しい姑と豪邸に暮らす塔子(夏帆)。夫はやや自己中心的なところがあるが塔子はおとなしく寄り添い、粛々と妻や母としての日常をこなしていた。ある日、パーティーで偶然鞍田(妻夫木聡)を見かけた塔子はその姿を無意識に追いかけてしまう。鞍田は10年前、自分が恋焦がれても決して一緒になれなかった因縁の相手。塔子は自分の中の未だ消えない欲望の炎が微かに色づくのを自制できなかった。

高収入でやや傲慢なところがあり、妻として母としての理想を押し付けがちな夫。体の関係もおざなりで自分の欲望を押し付けてくる姿に、塔子は疑問を感じながらも、苦しい母子家庭時代から抜け出した恵まれすぎる今の暮らしぶりに何も言うことができない。

義母もセレブ気質だが、基本的には現代の夫婦のあり方に理解のある優しい姑で塔子は自分が「幸せである」ことは充分わかっていた。

塔子は鞍田と再会してすぐ、自分の中の足りないものを嫌と言うほど自覚してしまう。ヒリヒリするような、この人といなければ死んでしまうような、刺激と熱量が圧倒的に足りない。それを目の前に差し出されて、それでも拒絶できるほど、塔子は現在の生活に満足していなかった。

ありがちな発想であるのかもしれないが、塔子の夫は充分な暮らし向きで、広い家に住み、妻子を満足させられるだけの仕事をしている自負がある男で、妻のことを自分は理解していると信じて疑わない。自分が似合うと思うドレスを着て隣にいて欲しいと願い、それをする資格があると思っている。妻が何も言わないことを受け入れている、と思い込んでいる。

確かに、パートナーがもし働けなくなったとしてもそれを支えるだけの余裕が自分にあれば、それを「愛を与えている」証拠だと言う人もいるだろう。けれどそれだけでは足りない、なぜなのだろう。

逆に言えば、鞍田は何も与えていない。裏返せば、安穏とした関係を断ち切っていたため、塔子の心の中に存在し続けていられる。どちらがいいのだろうか。多分塔子は、本当は安心していられるしっかりした屋根の下に入るよりも、いつ雨が肩にかかるかわからない、軒先のような関係に最も愛を、自分の存在意義を認めてしまうのではないのか。

自分の存在意義を何に感じるかは人それぞれかと思うけれど、そこに齟齬があると関係は少しずつ壊れてしまう。相手に何を求めるかも同じだ。

久しぶりに会った鞍田は独身になっていて、しかも病気を患っていた。そのことがさらに塔子の気持ちを燃え上がらせる。

ただ、それぞれがふわふわした浮ついた恋にうつつを抜かしているようで、二人の間に流れる情念ですら空々しさを感じた。

きっと鞍田を演じるには、妻夫木聡さんがキレイすぎるのだと思う。きっとエモいシーンを期待しているだろう、浸りきったようなキザなセリフが浮いていて、薄寒さすら覚えた。

塔子は6年ほど専業主婦をしていたのだけれど、鞍田の計らいもあってかつての職歴を活かし、鞍田のいる設計事務所で働き始める。

好きな人と同じ職場、そして久しぶりの社会、自分がかつて過ごしていた設計の現場、久しぶりの恋、環境の激変に伴う家族の違和感が間違いなくあったろうに、上映時間の関係なのかそれが全く見えてこないのも不自然に思えた。
加えて、職場の同僚に好意を持たれて迫られるシーンもあったのだけれど、あまりにもそれを受ける塔子が小悪魔的な返しをして翻弄する様は、久しぶりの社会に出た人間として、少々手練れすぎていてやや冷めた気持ちになってしまったのも事実。

かつて手に入れられなかった男が、やさぐれた姿で登場し強引に自分の欲望に火をつけた。一度自覚した夫への疑問が拭いきれなくなった女が男の病を知って暴走し、家族と天秤にかけた結末はいかに。淡々と語ってしまうと味気ないものになってしまう展開。

恵まれているのはわかっているのだけれど、どうしようもなく別の人に惹かれてしまう、その塔子の刹那があまり伝わってこなかったのが残念。常識的には糾弾されるべき行動の裏に、一人の女としての、人間としての共感がなければ、こういう類のストーリーを見続けるのは苦しい。二時間がとても長く感じた。

ただ島本理生さんの小説はもう少し主人公の気持ちが理解できた印象だから、また機会があれば再読してみたいと思う。



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