ゲーテ「魔王」(ドイツ詩100選を訳してみる 5)

前回のアイヒェンドルフ「月夜」によるシューマンの歌曲もそれなりに有名ではあるとはいえ、一般的な知名度でいうと、シューベルトの「魔王」と比べ物にならない。今回のドイツ詩100選の中でこれ以上に有名なのは、シラー/ベートーヴェンの「歓喜に寄す」ぐらいかもしれない。

フランツ・シューベルト(1797-1828)の歌曲「魔王」は、1815年、18歳(!)のときに作曲し、1821年に Op.1 として出版された。

シューベルトの音楽人生にとって当然重要な作品だが、ゲーテ自身に楽譜を送ったものの全く評価してもらえなかったという話も有名だ。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749-1832)の詩「魔王」は、1782年のジングシュピール『漁師の娘』(Die Fischerin) の冒頭で、漁師の娘ドルトヒェンが歌う「民謡」だ。ヘルダーの民謡集 Stimmen der Völker in Liedern(1778年)に収められたデンマークの譚詩にもとづいているという。

初演の際にドルトヒェンを演じたコローナ・シュレーター (Corona Schröter) が自ら作曲した歌が残っている。

これはなんとものどかな長調の歌で、シューベルトの歌曲に慣れた耳で聞くと衝撃を受ける。けれどもゲーテ自身のイメージに合っていたのはこちらの方で、シューベルトは、ゲーテにしてみれば「やりすぎ」だったのだろう。

 *

というのをふまえて、劇的な感じになりすぎないように注意して訳してみた。漁師の娘が口ずさむのにふさわしいかというと全く自信がないけれど…。

Erlkönig

Wer reitet so spät durch Nacht und Wind?
Es ist der Vater mit seinem Kind;
Er hat den Knaben wohl in dem Arm,
Er fasst ihn sicher, er hält ihn warm.

Mein Sohn, was birgst du so bang dein Gesicht? –
Siehst, Vater, du den Erlkönig nicht?
Den Erlenkönig mit Kron’ und Schweif? –
Mein Sohn, es ist ein Nebelstreif. –

„Du liebes Kind, komm, geh mit mir!
Gar schöne Spiele spiel’ ich mit dir;
Manch’ bunte Blumen sind an dem Strand,
Meine Mutter hat manch gülden Gewand.“ –

Mein Vater, mein Vater, und hörest du nicht,
Was Erlenkönig mir leise verspricht? –
Sei ruhig, bleibe ruhig, mein Kind;
In dürren Blättern säuselt der Wind. –

„Willst, feiner Knabe, du mit mir gehn?
Meine Töchter sollen dich warten schön;
Meine Töchter führen den nächtlichen Reihn
Und wiegen und tanzen und singen dich ein.“ –

Mein Vater, mein Vater, und siehst du nicht dort
Erlkönigs Töchter am düstern Ort? –
Mein Sohn, mein Sohn, ich seh’ es genau:
Es scheinen die alten Weiden so grau. –

„Ich liebe dich, mich reizt deine schöne Gestalt;
Und bist du nicht willig, so brauch’ ich Gewalt.“ –
Mein Vater, mein Vater, jetzt faßt er mich an!
Erlkönig hat mir ein Leids getan! –

Dem Vater grauset’s; er reitet geschwind,
Er hält in Armen das ächzende Kind,
Erreicht den Hof mit Mühe und Not;
In seinen Armen das Kind war tot.
魔王

こんな夜遅く 風が吹きすさぶ中
父と子が馬をとばして駆けていく。
父は子をしっかりと抱きしめている
危なくないように 寒くないように。

「坊や どうして不安そうに顔を隠すのだ」
「父さん 魔王が見えないの
 冠をかぶって長い裾を引きずる魔王が?」
「坊や あれは霧がたなびいているのだよ」

「かわいい坊や おいで 一緒に行こう
 一緒に楽しい遊びをしようよ。
 浜辺には色とりどりの花がいっぱい咲いているし
 うちの母さんは金色の着物をいっぱい持っているよ」

「父さん 父さん 聞こえないの
 魔王がひっそりぼくに約束する声が?」
「落ち着きなさい 坊や
 あれは枯葉が風に鳴っているのだよ」

「お利口な坊や 一緒に行かないかい?
 うちの娘たちにかわいがってもらえるよ。
 夜はうちの娘たちに一緒に踊ってもらえるし 
 抱っこや踊りや歌で寝かしつけてもらえるよ」

「父さん 父さん あそこに見えないの
 暗がりの中にいる魔王の娘たちが?」
「坊や 坊や 見えるとも
 あれは古い柳の木が灰色に光っているのだよ」

「いとしい坊や かわいさにぞくぞくする
 きみが嫌と言うなら 力ずくで連れて行くぞ」
「父さん 父さん 魔王に摑まれたよ!
 魔王がぼくに乱暴する!」

父は恐ろしくなり馬を駆り立てる
うめく子を両腕に抱えて
やっとのことで屋敷に着くと
父の腕の中で 子はもう死んでいた。

(檜山哲彦・井上正蔵・片山敏彦・高橋健二・山口四郎・赤井慧爾・石井不二雄・瀧崎安之助の訳を参考にした。)

 *

さて、この詩には他にもたくさんの人が作曲している。有名どころだとベートーヴェンによる1805~1810年ごろの未完成のスケッチがあり、ラインホルト・ベッカーという人が完成させて1897年に出版している。(楽譜はこちら

未完成ということもあって物足りなさはあるが、ベートーヴェンがこの詩に曲をつけるとしたら、というイメージ通りの曲調で面白い。

他の記事も読んでみていただけるとうれしいです! 訳詩目録 https://note.com/lulu_hiyokono/n/n448d96b9ac9c つながる英単語ノート 目次 https://note.com/lulu_hiyokono/n/nf79e157224a5