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新庄駅とゆめ

 奥羽本線の扉が開いた。まだ夢の中にいるようだった。

 小さな吹雪が車内に迷い込んできて微笑みながらあちこちに散っている。目を覚ました僕は入れ替わるように降車した。


 新幹線の終点とはいえ、この駅に自動改札はない。学ランの右ポケットに入れてある学生手帳、その裏に定期券が挟んである。それを駅員に見せることでパスできる。「こういうものです」といった感じでまさに刑事のように見せる。(どういう顔をして見せればよかったのか今でもわからない。)駅員も定期券を見ることには大層慣れているようだった。


 淡い空を被ったこの街にはよく雪が降った。車道に埋め込まれている凍結防止のスプリンクラーがあちこちに散っているので、道路だけが黒く光っている。じゅーという音とともに、わずかに湯気が立ち込める。
 それらを見ると何処か安心した。


 高校に通っていたころ、所属していた野球部の顧問が「なるべく親の手を借りずに登下校してほしい」と僕たち部員に念押ししていた。まだ思春期の少年ながら、僕もそうしたいと思ったし、何よりそうして良かったと思った。


 尾花沢方面の者たちと共に黒い学ランに白い野球バックを肩にかけ歩いている。各々が持つ独特な野球論や、強豪校の選手の逸話、マニアックなプレーの癖などを語る。閑散とした街に小さな音と熱がみなぎっているように感じた。


 立ち寄るコンビニの外には4人は座ることができるベンチがあった。チキンとダブルクリームサンドを持っていた。

 たまには新庄駅周辺のラーメン屋に足を運んだ。割り勘で追加した特大のポテトがとても美味かった。


 この駅で一日を始め、この駅で一日を終えた。学校に行きたくない日、部活の休日練習に行きたくない日はたくさんあったが、新庄駅に行きたくないと思ったことは一度もない。


 夢の中にいた。気が付くと既にそこは秋田県であった。


#随筆 #エッセイ #冬 #駅  

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