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#447 立退料は「貰える」ものではなく「くれる」もの-2

【 自己紹介 】

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【 今日のトピック:立退料 】

今日も昨日に引き続き,立退料の話です。

さて,昨日は,アパートの賃貸借契約の念頭に置いて,借主(住人)の希望を「ワガママ」と表現しました。

要は,住人としては,住人側からは簡単に賃貸借契約を終わらせたいけれども,大家さん側からは賃貸借契約を終わらせるのを難しくしたいわけです。

こんな書き方をするから「ワガママ」に見えてしまうのですが,法的には,全く「ワガママ」ではありません。

民法では,住人側からも,大家さんからも,平等に,賃貸借契約を終わらせるのは「簡単」なのですが(アパートの場合,契約相手に契約終了を通知して3か月が経過すると自動的に契約は終了します。土地なら通知から1年です。),この民法の仕組みは,「借地借家法」という法律で,住人側にめちゃくちゃ有利に修正されています。

「住人側に有利」というのは,つまり,大家さん側からは,賃貸借契約を終わらせるのが難しくなっている,ということです。

ここが,民法からの修正ポイントです。

どういう風に修正されているかというと,大家さん側から賃貸借契約を終わらせたい場合,「正当な事由」が必要だとなっているのです。

民法には,「正当な事由」なんて,全然書かれていません。

終了通知(「解約通知」と言ってもいいでしょう)を,大家さんから住人に送れば,そこから3か月で賃貸借契約は終わると民法に書いてあるのですが,この規定は,借地借家法によって,↑に書いたように,「正当な事由」が必要と修正されているのです。

そのため,どれだけ大家さんが賃貸借契約を終わらせたいと思っていても,はたまた,大家さんが解約通知を100通も住人に送り届けても,「正当な事由」がなければ,待てど暮らせど賃貸借契約は終わりません。

「正当な事由」のない限り,大家さん側から賃貸借契約を終わらせることはできない。

これが,借地借家法による結論です。

あと,言うまでもありませんが,家賃を滞納したら,契約を解除されちゃうので,「正当な事由」があるかどうかは関係ありませんよ(笑)。

借地借家法は,家賃を滞納するような住人までも保護しようとはしていません。

毎月の支払期限までにきちんと家賃を支払っている住人に限って,借地借家法による保護を受けられるのです。

まあ,家賃を滞納したら解除されてしまう,といっても,解除するには「催告」といって,最後通告をしなきゃいけません。

つまり,「即時解除」ではなく,「〇月×日までに滞納家賃全額を支払いなさい。さもなくば解除しますよ」と通知しないと,解除できないのです。

まあ,あまりにも滞納家賃が蓄積している場合(1年分とか)は,↑の最後通告なしで解除できますが,そうでなければ,最後通告しなければ,解除できません。

したがって,最後通告の期限内に滞納家賃全額を支払えば,賃貸借契約を解除できなくなりますので,引き続き,そのアパートに住むことができます。

仮に,最後通告の期限内に滞納家賃全額を支払えなかった場合,期限が過ぎると同時に賃貸借契約が解消されます。

だから,滞納家賃全額を支払わないまま,最後通告期限以降も居住し続けた場合,その居住は「不法占有」といって,完全に違法です。

最後通告期間経過後に,滞納家賃全額を支払ったとしても,「不法占有」に変わりはありません。

「不法占有」状態は,本当は直ちに大家さんにアパートを返さなきゃいけないにもかかわらず住み続けているわけですから,これによって,大家さんに損害を発生させています。

だから,大家さんは,不法占有状態で居住を続けている住人から,損害賠償を受け取ることができます。

この「損害賠償」の金額は,原則として,家賃と同額です。

だから,不法占有状態であったとしても,大家さんは,家賃と同額の「損害賠償」を住人から受け取ることができます。

そうすると,↑に書いた,最後通告後に滞納家賃全額を支払う意味もあるわけです。

滞納している家賃は,当然ながら,「家賃」として支払わなきゃいけないわけですが,最後通告期限が経過した以降も,「損害賠償」を大家さんに支払う必要があるからです。

ただ,滞納家賃全額を支払ったうえ,最後通告期間経過後の損害賠償もきちんと払い続けたとしても,賃貸借契約が終了したことに変わりはありません。

最後通告期限内に家賃全額を払うのが,とにかく大切なのです。その期限内に払えたら,賃貸借契約は終わりません。

その期限を1日でも過ぎると,賃貸借契約は終わってしまい,立ち退かなきゃいけなくなります。

もちろん,立退料なんかもらえません。最後通告期限が経過したことで,賃貸借契約は終了していますから,立退料なんか支払わなくても,大家さんは,法的に住人を立ち退かせることができるからです。

「立退料」を貰えるのは,賃貸借契約を大家さんが終わらせられない場面です。

家賃を滞納してくれたら,最後通告が必要ではあるにせよ,最後通告期限内に滞納家賃全額が支払われなければ,賃貸借契約を終わらせることができます。

しかも,この「最後通告期間」は,10日ほどで充分だと考えられています。

めちゃくちゃ短いですが,それはそうです。本来の支払期限までに支払うべきお金を滞納しているわけですから,本来の支払期限をとうに過ぎた段階で,何日も待つ必要はありません。

こういう感じで,家賃を滞納してくれたら,賃貸借契約を終わらせられるのですが,家賃をきちんと毎月払っている住人に対しては,こうはいきません。

「正当な事由」がない限り,大家さんが賃貸借契約を終わらせることはできないのです。

この「正当な事由」として,建物が老朽化して建て替える必要がある,ということがよく主張されますが,これだけで「正当な事由」を具備することはまずありません。

そもそも,大家さんは,建物を修繕する義務があるので,修繕して使える状態であれば,「建て替え」ではなく,修繕する必要があります。

修繕ができるのであれば,「建て替え」の必要性を持ち出して「正当な事由」を主張するのは,それなりに難関です。

ただ,住むだけで危険なほどに老朽化が進んだ建物,例えば,建物の基礎や柱が著しく傷んでいて,震度5程度の地震で,建物全体が跡形もなく崩れてしまうような建物ならば,「建て替え」のみで「正当な事由」を具備することもできます。

ただ,「住むだけで危険な建物」に誰かが住んでいるというのは,かなり異常な事態です(笑)。でも,それくらい極端なケースでもなければ,「建て替えの必要性」のみで「正当な事由」を満たすのは難しいのです。

こういう感じで,「正当な事由」は,大家さんにとって,かなり分厚い壁として立ちはだかります。

大家さんとしては,「住むだけで危険」になるまで建物を放置するなんてできませんよね(笑)。

そうなる前に,新しい建物を新築して,より高収益を見込みたいはずです。

ただ,「住むだけで危険」になる前の状態では,「正当な事由」を具備するのは難しいのです。

うーん,大家さんとしてはとても悩ましいのですが,ここで「立退料」が登場します。

大家さんとしては,建物が老朽化して,毎年の修繕費がかさんでいるような建物を建て替えて,高収益を見込みたいわけですが,ただ,立ち退いてくれない住人がいて,法的にも,「建て替え」を理由に「正当な事由」を具備するのは難しい。

この場合,大家さんは,建て替えの必要性を具体的に主張しなければなりません。建物の老朽化がどれくらい進んでいるのか,大地震が起きた場合,建物がどんな被害を受ける可能性があるのか,収益性がどれくらい落ち込んでいるのか,そういう主張を,証拠に基づいて行います。

そして,「正当な事由」を満たすかどうかの判断には,住人側の事情も考慮されます。同じような条件で住める物件が他にあるのか,他の物件に引っ越すことができる状態なのか(高齢で引っ越しが難しいなど),その物件に住み続けなきゃいけない理由は何なのか。

こういう感じで,大家さん側の事情と住人側の事情の双方が考慮されるのですが,この際に,大家さん側に有利な事情として,「立退料」がやっと出てきます。

「立退料」は,「どうかこのお金で退去してください!」と,大家さんが住人に差し出すものですが,このお金は,2つの性質があります。

1つは,「引っ越し費用+初期費用+家賃補償」です。住人が,その建物から退去するということは,他の物件に引っ越すわけですから,当然,引っ越し費用が必要になります。その引っ越し費用に加えて,新しい物件の初期費用(敷金・礼金・仲介手数料など)も必要になります。それと,今の物件よりも家賃の高いところに住まなきゃいけなくなった場合は,家賃の差額を(例えば1年分)を立退料に含めることもあります。

こういった,住む物件を変えることによって,住人に生じる負担を肩代わりしてあげるのが,立退料の性質の1つです。

もう1つは,「権利の買い取り」という性質です。

住人には,そのアパートに住む権利があるわけです。その権利を確保するために,毎月家賃を払っているのです。

その権利を奪えるのは,「正当な事由」がある場合だけ,と借地借家法に書かれているのですが,「立退料」によって,その権利を「買い取る」という発想もできます。

この発想は,あくまで例外的らしいのですが,特に土地の賃貸借の場合,「借地権を買い取る」という発想は,それなりに出てきます。

土地の借地権価格は,この辺りだと,だいたい地価の5割だよねー,だから,立退料もそれくらいになっちゃうよねー,という発想です。

こういう性質を考慮して,立退料の金額は決められていきます。

ただ,大切なことがあります。立退料は,あくまで,「正当な事由」を「補完」するだけ,ということです。

建物が老朽化していたり,住人が他の物件に引っ越しても大きな不都合がないなど,それだけでは「正当な事由」を完全には具備しないけれども,「正当な事由」の要素とはなりうるような事情があって初めて,「立退料」の話が出てきます。

建物が老朽化しているわけでもなく,大家さんが感情的に住人に立ち退きを求める場合などは,「正当な事由」を満たさないので,大家さんが金にモノを言わせて破格の立退料を提示したとしても,住人がその立退料によって立ち退くことを承諾すればいいですが,承諾しない限り,立退料だけで法的に立ち退きを求めることはできません。

【 まとめ 】

今日は,昨日に引き続き,「立退料」について説明しました。

「立退料」だけで「正当な事由」を具備するのは難しい,ということを最後に書きましたが,僕がいちばん伝えたかったことは,タイトルにもあるとおり,立退料はもらうものではなく,「くれる」ものだ,ということです。

大家さんが,住人がきちんと家賃を払ってくれているにもかかわらず,どうしても立ち退かせたい場合に初めて,「立退料」を払うかどうか,その金額はいくらにするか,という問題が出てきます。

僕には,ちょっと苦い思い出があります。

その事件は,土地の賃貸借で,地主さんから土地を借りて工場を営んでいる会社から委任を受けて,立ち退きの交渉をやっていました。

この会社の社長さん方は,とても人当たりがよく,借地料なんて一切滞納していませんでした。にもかかわらず,地主さんが立ち退きを求めてきたので,慌てて弁護士に依頼されました。唯一の工場敷地を返さなきゃいけないとなると,生活基盤を失ってしまうことになりますから,非常に心配されていました。

で,立ち退き交渉をしていたのですが,その途中で,引っ越し先の土地を見つけて,工場を新築し,そこに移転する計画を立てていらっしゃったのです。

これ,めちゃくちゃ大ピンチなんです。

だって,引っ越し先の土地を見つけて,工場を新築し,移転するということは,地主さんとしては,「ほっといても,出ていってくれるなぁ」状態だからです。

ほっといても,出ていってくれるなら,立退料なんか支払う必要ありません。

この会社の方々は,立退料が当然貰えるものと思い,移転計画を立てていらしたのですが,そうではないのです。

立退料は,あくまで,「借主が出ていかない場合」に,貸主が,やむを得ず,払いたくないけれども払うものなのです。

ほっといても出ていく人に,立退料は払われない。

このことをお伝えしたくて,2日間にわたって書いてきました。

このくらいで終わります。

それではまた明日!・・・↓

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