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私のハートは「頻脈」→「徐脈」

50代男性。2019年入院。
血液のがん=病名「多発性骨髄腫」

病気発覚の半年前位から横断歩道を歩く時、
歩くスピードがお年寄りに負けるようになる。
自分では体調は良好と思っていましたが、
急に日中眠くなったりしても、寝不足かな?
病院で見てもらった時も「なんともないですね~」

渡辺徹さんの2012年の病気の話で、
「歩くのが遅くなったり、階段を上がるのが息切れする」
妻の郁恵さんが病院行くよう勧め「虚血性心疾患」が発覚。
この話を急に思い出し(曖昧な情報で記憶してました。)
「でも調子悪いのでもう一度見てもらえませんか?」
と病院の先生に何度か粘り、色々な検査をしてもらい、
「別な病院紹介します」と病気解明に進展が出る。

大きな病院で検査入院10日して
「多発性骨髄腫(血液がん)と診断されました。

ここの記事は、あくまでも私の症状ですので、
同じ病気でも症状は全然違います。ご了承ください。

私の基本情報

私の心臓ちゃん、頑張って。

多発性骨髄腫は「血液のがん」なので、
入院中は「血液検査」結果に一喜一憂。
血液検査の項目の多さにびっくり。
抗がん剤治療(化学療法)は、毎回採血、採尿、
血液検査の結果で継続又は中止を決めます。

退院後の通院の検査もかならず、
「血液検査」「尿検査」の2つはやりました。

私は「血液のがん」の影響で、
内臓に異変があり、心臓に不要たんぱく質が付着。
「心アミロイドーシス」という病名になりました。
心臓は慢性心不全の状態ですが、
退院後半年を経過すると通院間隔は半年になり、
心臓はよくなっているのかなと思ってました。

入院中の心臓は1分間に80~90回と、
ちょっと頻脈かなという状態。
血液の病気で「息切れ」がひどいから、
きっと心臓が「がんぱってる」のかなと、
勝手に決めつけて納得していたので、
段々心臓が1分間に60~70回になった時、
「良くなっているじゃん」と。

血液検査から心電図へシフト

心臓の動きが速いと息も早くなることがあり、
退院し日常生活をしていると、
いつの間にか心拍がゆっくりになっていて、
不快感がなくなり体の負担が少し減りました。

退院後も動悸はしていましたが、
1年経過すると動悸が頻繁になってきました。
血液内科へは毎月通院していたので、
動悸を相談すると、「心電図」取ってみましょう。

半年に1回の循環器内科で心電図を取っていましたが、
血液内科で「心電図」を取るとは思いませんでした。
それから循環器内科に行かない期間は、
血液内科で「心電図」検査を補完することになりました。

「心電図はもらえますか?」と聞くと、
「血液検査」結果とともに「心電図」も、もらえました。
ここから、私の気持ちは「血液検査」より「心電図」、
心拍数と波形の動きに「一喜一憂」することになりました。

「血液検査」から「心電図」の興味に心はシフトチェンジしました。



心電図は見たことありますか?

心電図の波形の呼び名を覚えましょう。

目がチカチカしたらゴメンナサイ。

50代のおじさんが苦戦しながら作りました。

excel(エクセル)、アルパカソフトを利用して、
PQRST波をgifアニメ化しました。



パルスオキシメーター

自分の心拍数が毎日気になるようになり、
入院の頃から毎日血圧計は使用しており、
血圧と共に、毎日心拍数を記録しておりました。
3年は続けておりましたが、今はしておりません。

コロナが最初に流行ったころから、
感染したら血液の酸素濃度が低下する。
こんな話をニュースで聞くようになり、
入院中にお世話になったパルスオキシメーターを
世間で見かけるようになりました。

パルスオキシメーターで心拍数も計れ、
外出時には、血液の酸素濃度と心拍数が
気軽に測れるようになり、
自分の心拍数が1日中管理できるようになり、
体調管理にも役立つようになりました。

タン、タン、タ~ン、タ、タ、

大丈夫ですね。と言われもらった「心電図」
診察が終わり、待合室で「心電図」を見ると、
心電図の波形で大きな山が、
リズム良く刻まれてますが、
山と山の間隔が急に広くなり、
次に山と山の間隔が狭くなったりしてました。

心臓のリズム狂ってないっすか?
と思っても診察は終わってしまい、
次の診察までモヤモヤしたまま、
心電図をネットで検索をしまくりました。

心拍のタイミングがずれているのは「期外収縮」ね。
先生が「大丈夫」と言うので、
このずれは「大丈夫」なんだろうなあと。
今は「不整脈」として理解してます。

気になったのは心拍数が50台になってました。
つまり、1分間に心臓の鼓動が、
50回位しか打ってないということでした。
「血圧計」「パルスオキシメーター」で
50~60回は何度もありましたが、
心電図で心拍50台の記録を見て、
ずいぶん遅くなっているなぁとぁ感じるようになりました。

心拍数50台前半の様子。

体を動かすと頭がボーっとしたり、
胸に不快感が強くでたり、
体がふわふわしたり、くらっときたり、
体がフリースする感じも強く出てきました。

朝の起床時の心拍は40台に。

朝の安静時ですが心拍数が40台に突入し、
心拍のリズムがずれる「期外収縮」もあり、
自分でも、「何か循環が悪い」という表現で
自分の体調を表現するようになりました。

入院時は心拍数が、「80~90台」頻脈。
退院後数の心拍数、「40~50台」徐脈。
この違いは自分では「心臓ちゃん弱ってる」と
体の不快感は「酸欠だ~」と出先でも、
しゃがんでしまうことが多くなりました。

私の最低心拍数は41回

「41回」はすごい徐脈です。
この記録はあくまでも家庭血圧計のデータです。
病院での心電図検査では、「47回」でした。

歩いたりすると心拍数は60回を超えることはあり、
病院で採血を心電図検査の前にしてしまうと、
私は採血の緊張(針を刺すのに恐怖心あり)で、
心拍数があがってしまいます。

私の退院後の心臓ちゃんは、

入院前の頃は、もう歩くのが苦しくなり、
息切れはきつく、病名をつけてもらえないと、
単なる年でそうなっているのかと、
気持ちと体が不一致になり、毎日が不快でした。

病名「心アミロイドーシス」のせいで、
心臓のポンプは血液を全身にうまく送れなくなり、
「頻脈(ひんみゃく)」から「徐脈(じょみゃく)」
このことにより血液を送り出すポンプの回数が減り、
さらに1回のポンプの送る血液の量が少ないので、
血の巡りがかなり悪くなってきました。

このことが、私は血液の病気なのに、
「血液検査」の結果より「心電図」の波形に、
もの凄く興味と、心が「心電図」にシフトした要因です。

今回も参加ありがとうございました。

多発性骨髄腫と、まだ4年位の付き合いですが、
自分の心臓の変化は、血液と同じ位病気の比重があり、
一部の出来事しか記述出来ませんでした。

心臓の病気は周りの方も多少でも患っている方はいて、
ちまたでは、「2035年心臓病パンデミック」と
危機感ありとネット上ではコメントを見受けられます。

普段、血液の話より心臓の話の方が知合いと話す機会があり、
私の病気以外の人でも、心臓が影響受けやすい事に
気づかされ、心臓について色々教わることもありました。

あくまでも、わたしの病状での心臓の様子です。
私が入院した時、ネット検索で「退院の数年後どうなるの?」
の情報がなかなか手に入りずらかったのを思い出し、
文書を作成してみました。

私からのコメント。


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