見出し画像

反戦映画と赤い教師

コラム『あまのじゃく』1954/3/8 発行 
文化新聞  No. 1187


純真な子供心に接する難しさ

    主幹 吉 田 金 八

 小学6年生の長女が学校で連れられて映画ヒロシマを見てきたというので、『どうだった』と聞いてみたら『おっかなかった』という。
 もっと他に思った事はなかったかと聞けば『嫌だった』『気持ちが悪い』『その映画を見て戦争についてどう考えるか』と言えば、『戦争はしない方が良い』と誰かに教えられたような気の利いたことを言うから、『それは先生に教わったのか』と問うたら、そうではないと言う。先生は、映画を見る前にも予備知識らしいことや、教師の考え方など何も言わなかったらしい。
 『戦争はしない方がいい』というのはどうして考えたのかと、せんじ詰めれば、画面に出る同じくらいの子供が『セリフ』でそう言ったのに同感したのだと白状してしまった。
 その上の中学3年の坊主にどうだったと聞けば『すげえや、すげえや』の連発で、自分では何で『すげえ』のか判っているのだろうが、うまい形容詞や表現がまとまらないらしい。 
 この方は、某財閥がこさえた、中学から大学まで通しである某学校に行っており、学業の方も中位で、記者の秘蔵っ子である。『うちの学校には共産党の先生がいる』というから、『どうしてわかるのか』と聞いたら、大学部で全学の教師、生徒の世論調査をやったら、某教師が支持政党欄に共産党と書いたのだという。大財閥の遺産財団で経営されている世間では保守の学園と目される学校にも共産党の先生がおり、学校でも生徒父兄も別にこれを怪しまず、包容しているということは面白いと思う。
 その上の高校3年の長男は、映画のテクニックの面のアラを拾って批評している位で、これまたそれほどに強い感銘を受けたようには思えない。記者は映画を観る時間的と気持ちの暇がないので見なかったが、社内のものは変わりばんこに見に行った。
 『すげえや、すげえや、と言っていたんでは、新聞記者の跡継ぎはできないぞ』とちょいと親父らしい沽券を見せたが、戦争は良いか悪いかなんて月並みの事を中学、高校生に聞いて、彼らにニヤニヤされたのでは親父の沽券に係るから聞いてもみなかった。
 赤い教師が、とかく問題にされる。赤い先生に教わったのでは自分の子供がすぐ赤くなると思い込んで騒ぎ立てる親があるとするならば、それは滑稽である。
 記者は赤でも黒でもその子供が一生を左右するほどの強い感化力と情熱を持った先生が、小学校から大学までの間に1人でも自分の子供にぶつかるようなことがあったらなら、こんな幸福な事はないと思っている。
 終戦後のある年、飯能の共産党、社会党の人たちが、アメリカから帰ったばかりの大山郁夫氏を講師を迎えて講演会をやったことがある。本社が今新聞の編集印刷に使っている文化会館がその会場である。
 集まったのは左がかった連中と、新しい知識を吸収しようとする知識人で、相当遠方から大山氏の名声を慕って集まったので、左翼の催しとしては相当成功だった。
 冬の寒いときだったので、講演の前後は老齢の大山氏の身体にはこたえるだろうと思って、記者の汚い住宅に案内してコタツで休んでもらった 会が果てて記念撮影をやったが、記者の次男は大山さんに抱かれてカメラに収まっていた。今でもその写真はアルバムに貼られてあり、子供心にも大山さんの温容が、この人がどの位偉い人なのがわからぬながら、一種の懐かしみが沸いていると見えて、今度は『モスコーに行った』などと氏が訪露した時の行く先々のニュースを一番先に見つけて、朝の話題に供するのはこの次男坊である。
 記者は青年時代に賀川豊彦氏に私淑して、氏の著書を片っ端から読んだものである。
 22歳の時に15円のお金を持って、わざわざ西宮の同氏宅を訪れて、飯能に講演に来てもらったことななどもあり、記者の生涯には賀川さんの影響がかなり響いていることも争うべくもない。記者の体験では、十七、八歳ごろからがそうした感化力に最も鋭敏になるのではないかと思われる。
 しかしこれは、やはり子供の有する個性と教師、先輩、指導者の思想感情が合致した場合にのみ活用されるので、いかに赤い教師に教わったからとて、生徒の方にそれに受けて立つ何物かがない限り、猫に小判であり、決して苦労する程のものではないと考える。
 赤い教師に眼に角を立てることもどうかと思う。


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?