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「自分のため」から「人のため」へ。事業成長の秘訣は感謝すること|株式会社リーベン𡈽屋智晴社長

超高齢社会をむかえる日本。需要が高まっているのが、地域の医療・介護を担う訪問看護ステーションです。しかし、人材確保の難しさや利益率の低さから、事業を継続できず廃業にいたるケースが後を絶ちません。

そんな厳しい状況のなか、株式会社リーベンが運営する「訪問看護ステーションしあわせ」は設立から16年目を迎えました。さらに、訪問看護ステーションにとどまらず、介護タクシー・整体院・有料老人ホームと関連事業を次々に立ち上げ、拡大させています。代表取締役社長を務めるのは、元理学療法士の𡈽屋智晴(つちやともはる)さんです。

今でこそ多くの社員を抱え、周囲に慕われる𡈽屋さんですが、かつては自身の未熟さが原因で数々の失敗をしてきたといいます。いったい何がきっかけで好転できたのでしょうか。起業の経緯から現在の「感謝しあう考え方」で人が集まる人間性に変化するまでの軌跡を伺いました。

自分が稼げればいいと思っていた会社員時代。やりがいを求めて理学療法士の道へ

新卒で一般企業の営業職に就職。優秀な成績を残し、転職も経験しながら「周囲が驚くほどの年収」を達成したという𡈽屋さん。順風満帆に見えますが、精神的に満たされることはなかったといいます。

「当時は自分が稼げればいいと思っていたので、目の前のお客様の幸せなんて考えもしませんでした。商品を買ってくれなければ次のお客様にいけばいい。ひたすら売上アップを目指した結果、目標年収に到達しましたが誰も喜んだり褒めたりしてくれなくて……。しだいに仕事に対するやりがいを感じられなくなりました」

お金を稼ぐだけでは虚しい、しかし何を変えれば人生が豊かになるのか分からない。こう鬱々としていたとき、ふと学生時代に所属していた陸上部での日々を思い出しました。

「陸上部では、いい記録を出せば仲間達が『おめでとう』『すごいね』と自分のことのように喜んでくれました。あの頃のようなやりがいが欲しい、今の仕事のしかたは望んでいるものではない――このように自分の本当の願いに気づいたんです」


表彰台で室伏広治選手と握手する𡈽屋さん (画像提供:株式会社リーベン)

「働く目的とは何だろう」こう自問自答するうちに、学生時代にお世話になった理学療法士のことが頭に浮かびました。

大学3年生の冬に足を骨折し、最後の一年の競技生活をあきらめかけたという𡈽屋さん。しかし、リハビリを担当した理学療法士に「もったいないよ」と背中をおされたことで競技生活に戻ることを決意し、ラストシーズンの試合に出場しました。

「おかげで全国大会に出場して、各地の競技仲間にも再会できました。その大会での記録は良くなかったですが、出場してよかったと心から思えましたね。この素晴らしい体験ができたのは理学療法士さんの声かけのおかげです。こんな風に人のための仕事をする理学療法士という職業は良いなと、ずっと頭に残っていました」

「お金のためだけではなく人のための仕事をしたい」こんな思いが募り、一念発起した𡈽屋さん。会社を退職し、28歳で理学療法士の専門学校に入学を決めました。


病院勤めの理学療法士では不可能な「患者の願い」を叶えるため、起業を決意

専門学校で学び、無事に理学療法士免許を取得。その後、地元の病院に入職して訪問リハビリテーションを担当した𡈽屋さん。そこで一人の患者と出会ったことが、大きく運命を変化させます。担当していた50代の患者Aさんは、寝たきりに近い状態から、訪問リハビリテーションを重ねることで歩行器を使って歩けるようになりました。そして、𡈽屋さんにこんなお願いをしたのです。「新婚旅行で歩いた道を、もう一度歩きたい。他の事業者じゃなくて、お世話になった𡈽屋さんに介助してほしい」と。

「Aさんの夢は、愛知県知多半島にある野間埼灯台という観光地を奥さまと一緒に歩くことでした。その願いを叶えるためには歩行器と医療従事者の介助が必要でした。しかし、困ったことに訪問リハビリテーションの提供サービスでは個人旅行の付き添いができず……。私がその願いを叶えてさしあげることはできない状態でした」

しかし、Aさんの熱い想いを聞いた𡈽屋さんはあきらめきれません。それならばその願いを実現できるサービスを自ら作ればいいと、起業を決意することに。保険診療ではなく自費のサービスとして、旅行や冠婚葬祭に医療従事者の付き添いを依頼することもできるように、訪問看護ステーションを設立しました。


訪問看護ステーションしあわせの事務所外観 (画像提供:株式会社リーベン)

当時、理学療法士で起業する事例はまだ少ない状況でした。しかも、経営が難しいといわれる訪問看護ステーションです。頼れる人が少ないなか、経営していくことに不安はなかったのでしょうか。𡈽屋さんは事もなげに振り返ります。

絶対に必要なサービスだと信じていたので、不安も迷いもありませんでした。もし近くに利用者さんがいなければ、別の場所で探せば必ず利用したい人はいると思っていたんです。ただ、当時に経営の基礎知識があれば起業しなかったと思います。『無知は無敵』でしたね……」


ワンマン経営では社員が離れていく。自分の未熟さが原因だと気づいた

一人の患者をきっかけに起業した𡈽屋さん。経営者としてマネジメント業務に携わりながら、現場でリハビリテーション提供を続けました。利用者さんに「ありがとう」と言われることがなにより嬉しかったと言います。

しかし社員に対しては決して甘くない態度をとっていたためか、離職率が高いことが悩みのタネでした。ついには、理学療法士の専門学校時代から一緒に働いてきた同僚までも「ついていけない」と退職してしまったのです。

「当時は社員に対して『私ができることなら皆できるでしょ?』と過度な期待をしていました。『自分の給料分を自分で稼ぐ。それができない人は来なくていい』と採用面接で伝えていましたね。仮に社員がいなくなっても自分が全部やればいいと考えていたので、社員に感謝することはありませんでした」

利用者の自宅で歩行介助する𡈽屋さん。起業当初は自身も社員と同じくリハビリテーション業務に従事していた (画像提供:株式会社リーベン)

社員を突き放すような態度のマネジメントは上手くいかないと気づいた𡈽屋さん。そこで経営塾に参加し、経営者の話を聞くうちに、考えが変わりはじめます。

特に影響を受けたのが、顧客満足度よりも従業員満足度が大事だという考えです。さらに、パナソニック創業者の松下幸之助氏をはじめ大手企業の創業者の書籍を読み、「当たり前のことなどひとつもない」「どんなことがあっても社員を守る」「社員を輝かせられる経営者を目指す」といったことを学び、感謝する心が大切だと気づきました。


社員が働いてくれることに感謝。社員を支えている家族にも感謝を忘れない

偉大な経営者たちの言葉から、自身の考え方を改めた𡈽屋さん。社員に感謝する気持ちを実感したこととして、「トイレ掃除のエピソード」を語ってくれました。

「社員が少なかった頃、毎朝のトイレ掃除は私の担当でした。しかし、社員の仕事を奪ってはいけないと思い、あるときから掃除を任せることにしたんです。すると、『あぁ、今日も掃除してくれてるな』と分かって、感謝の気持ちが生まれてくるんですよね。

社員が仕事をしてくれることはありがたいんだなとようやく気づきました。そして、今まで感謝していなかった人や物事にも感謝できるようになったのです」

社長である自身の成長は、会社の成長に不可欠である――これに気づいた𡈽屋さんは、「人や環境に感謝する気持ちを忘れないように」と心に誓っています。全てを自分がやると思い込んでいた起業初期から価値観が変化し、企業理念を「縁ある全ての人のしあわせに愛をもって全力で支援します」と定めました。


社員が気持ちよく働きやすいようにと、グリーンを取り入れ、居心地の良さを考えた事務所 (画像提供:株式会社リーベン)

𡈽屋さんが理念に掲げる「縁ある人」とは、サービスの利用者とその家族、業務上の関連機関の職員、自社の社員とその家族も含んでいます。社員が働けるのは、その家族が家事をしたり健康でいてくれたりするおかげだと考えているからです。

「社員には『出勤してくれてありがとう』、ご家族には『社員が出勤できるように生活を支えてくれてありがとう』といつも思っています」


毎年、設立記念日に実施される会社をあげたバーベキュー大会。社員の家族も大集合する(画像提供:株式会社リーベン)


事業が拡大した理由は「人が喜ぶサービスを提供して、多くの人に貢献したいから」

𡈽屋さんが経営する株式会社リーベンは、訪問看護ステーションの他にも、介護タクシーや整体院など、様々な事業を展開しています。多角的に事業を拡大する理由について、𡈽屋さんはこう語ります。

「日々、利用者さんと関わっていると、ご本人やご家族の困りごとに気づきます。そのたびに『こんなサービスが提供できたら喜ばれるのでは』とアイデアを思いつき、それを事業という形にしてきただけなんです」

車椅子では通院も難しいという利用者の声に応え、介護タクシー事業を開始 (画像提供:株式会社リーベン)

人が喜ぶことを行うと徹底しているのは、今まで自分を助けてくれた人達への恩を感じているからだそう。

「恩返しというより、恩送りですね。『今日も多くの人に貢献する』と手帳の目立つところに書いておくことで、常にこの考え方を意識するようにしているんです」


社長の仕事は「社員が自己実現できる環境」を整えること

人のために仕事をすること、全ての人に感謝することを心に決めて実践し、事業を伸ばし続ける𡈽屋さん。今後の展望を伺いました。

「これからは社員の自己実現を支援したいです。社員一人一人の“幸せ”を叶えられる環境を整えるのが、私の仕事だと思っています。役職に就きたい人には役職を目指せるチャンスを作ってあげたいし、現場で働きたい人には現場の仕事をしっかり任せていきたい。経営に興味がある人には経営者になれる可能性があると伝えたいです。

例えば、現在整体院の院長を任せている社員は、元は訪問看護ステーションの理学療法士でした。彼からいずれは整体院を営みたいと希望があったので、応援したいと思いました。しかし、ゼロから起業するのは大変ですから、会社のグループのひとつとして整体院をつくり、彼にマネージメントを任せたんです」

社員一人ひとりが望む働き方を実現したいと願う𡈽屋さん。自身が経営者として過ごす中で多くの気づきがあり、価値観が広がったと感じた経験から、社員の成長に貢献したいと考えています。

日常的に社員とコミュニケーションをとっている


最後に、起業を目指す人へのメッセージを伺いました。

「まずは『自分のため』でもいいからチャレンジをして、自分の殻を破ってほしいです。経営にチャレンジすると、最初は『自分のため』でも、必ずいつか『人のため』に変わり、あらゆることに感謝するようになります。必要なのは、人に求められることを成功するまでやり続けることです。そして求められる仕事を続けることで、信頼される人となってほしいですね」


𡈽屋さんの言葉には、感謝の心をもって成長し続ける、前向きな力強さがみなぎっています。多くの人に貢献するという目標を原動力に、𡈽屋さんはこれからも縁ある人たちの幸せを実現し続けていきます。

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