【連載小説】見える二人①

プロローグ

 伊月耕太は小さいころから人と話すことが苦手で、あがり症で、緊張したりみんなから注目されていると思うと汗が止まらなくなってしまう。
そんな性格のせいもあってか人に関心を持つこともしなくなっていった。そんな彼を両親は特に心配することもなかった、両親からはこう見えていたんだと思う。
友達と遊んだりはしていなかったが、一人でいる方が楽しそうに遊んでいた。
 今年で25歳になった彼は現在人生の岐路というものに直面している。生きていても死んでいてもどっちでもいいと思うようになってきていた。誰にも関心を持たずに友人と呼べるような人間もほとんどいない人生を送ってきた。
そんな彼の唯一ほかの人と違うところは”霊が見える”ということ。両親からは一人で楽しそうにと見えていたかもしれないが、一人で遊んでいたのではなく霊が遊び相手になっていた。そんな人間だから誰にも関心を持たなくても生きてこれた。でもこの先のことを考えると、生きていて楽しいと思えることはあるのかと考えてしまう。彼は人生の中で知り合いや身近な人の死に触れることが今までなかった。だが、今まで関わっていた人たちは死んでいる人の方が多い。だからこそ実感しにくい。そう考えた彼は人生で初めて自分自身の気持ちに正直な決断をした。
「本日からこちらの会社で働くことになりました。伊月耕太です。よろしくお願いします。」
彼が思った最も死を実感できる仕事、遺品整理の仕事を今日からすることになった。

1件目 ???


「小さい会社だから基本的には二人で仕事先にまで向かってもらうから。えーっと、木下くんいるかな。ちょっとこっち来て。」
社長から呼ばれた木下という男は、伊月とそこまで年も変わらない感じで雰囲気の物静かな感じの人間で話も合いそうだなと思い彼はひそかに喜んだ。
「木下礼司です。よろしくお願いします。」
「伊月くんは木下くんとペアで仕事場まで向かってね。伊月くんは何か分からないことあったら木下くんに聞いてね。じゃあさっそくだけど、仕事場まで行ってもらおうかな。」
そう言うと社長はクリアファイルから地図を出し、木下にその地図を渡した。その地図を見た木下は、ため息交じりに伊月に最初の指示を送った。
「伊月くんさ、入口の方に鍵たくさんかかってるケースあるから、そこから黒色のキーホルダーがついてる鍵を取って先に駐車場の方にいてくれない。ちょっと準備するものあるから。」
「分かりました。」そう答えて伊月は入口の方に向かった。向かっている最中かいや、社長が木下の名前を呼んでからだろうか、会社にいた15名ほどの社員が妙な視線を伊月に向けている。人から注目されることを避けていた伊月は他者からの視線を敏感に感じるようになっている。午前10時、伊月は少しいやな気分になりながらの初仕事となってしまった。 
 入口で鍵を取り駐車場で木下を待っていると、小走りで木下がこちらへやってきた。
「ごめんね、待たせて。これ着けて。」そう言って渡してきたのは数珠であった。こういう仕事だから着けなければならないのかと思い、伊月は少し違和感を感じたものの決して嫌なわけではないので着けた。それから二人で車に乗り現場に向かった。車に乗りしばらくして無言が耐えれなくなったのか木下から伊月に話しかけた。
「伊月くんはいくつ。」
「僕はいま25です。」
「そうか、じゃ一つ違いだね。僕26なんだよ。」
「そうなんですか。」
「そうだ、社長の奥さんって見たことある。」
「はい、面接の時に一度社長室の方から来るところを見たことがあります。」
「きれいな奥さんだよね。」
「そうですね、社長の年齢の奥さんにしては若い人だなぁって思いました。」このまま他愛のない話が続くと伊月は思っていたが、木下は突然。
「伊月くんはさどれぐらいお化け見えるの。」
「えっ。」霊が見えることも何も言っていないのに決めつけるかのように伊月に言った。
「隠さなくてもいいよ。俺と一緒のペアになってる時点で見えるってことだから。」
「えっ、あの、それどういう意味ですか。木下さんも見えるってことですか。」
「そう、まぁ、確信したのはさっきの質問だけど。」
なるほど、社長の奥さんはもう亡くなっているのか。さっきの妙な視線もこいつは霊が見えるやつなんだという目線か。と伊月は木下の言葉でそこまでの合点がいった。
「社長の奥さんいないんですね。」
「そう、気づいたの俺なんだ。話の流れで奥さんきれいですよねって社長に言ったらさ、社長泣いて。そのときにあっ、奥さんもういないんだって思ったんだよ。それで霊が見えることもばれて、隠したかったんだけどね。」
「でも、僕社長から聞かれましたよ。うちの奥さんきれいでしょって。それに霊が見えてたら、なんで木下さんとペアなんですか。」
「遺品整理の仕事って基本的にはほとんどが遺品整理できる家なんだよ、でも時々できない家もあるの、できる家は依頼されてるし手伝うことができる。できない家は依頼されていないか依頼されてても手伝えない家。」
木下の言う手伝えないの意味を、伊月はこのときよく理解できなかった。この話の流れからておそらく霊が何かしてくることなんだろうと漠然とだがこのときはそう思っていた。
「その依頼されてても手伝えない家を手伝うのが俺らの仕事。たとえば、身寄りのない人の遺品整理とか事故物件とかいわゆる普通の人がしないような仕事かな。」
伊月からすればもう少し説明してもらいたかったが、現場についてしまったがために説明は終わってしまった。
 現場は12階建てのマンションの7階703で38歳の男性が亡くなったと伊月は木下から聞いた。
「38歳ってかなり若いですけど、何で亡くなったかとかは分からないんですか。」伊月は木下にたずねる。
「まぁ、部屋に入ったら分かると思うよ。」
そうですかと伊月は返したものの、彼は生きていて一番の恐怖を感じていた。もしかすると部屋中に血が付いているのかもしれない。もしかすると怨念のある亡くなり方で霊からの攻撃を受けるのかもしれない。冷静ならあり得ないと思う事でも明確な答えをもらえない以上どんなことなのか見当がつかない。そんな考えを頭に巡らせながら部屋へと入っていった。
 扉の先は彼が思っていたよりも何もなく、靴を脱ぎ家の中へと入っていく。廊下の途中には扉が3つあり2つは扉が閉まっていたが1つの扉は開いていて少し中をのぞくと誰かの部屋であっただろう形跡があった。奥まで進みダイニングまで来たところで、木下がダイニングの中央を指さした。
そこには、仲睦まじい夫婦が座っていた。もちろん実際にはいない、木下も伊月もここにはいない人を見ている。だが、それが霊という類ではないことを木下はもちろん、初めて見る伊月もそう感じていた。二人はまるで誰かの思い出を見ているようだった。
 「なぁ、美樹。今度の休みに家族でどこか行かないかな。」
「ダメよ、私はともかくあの娘は高校受験控えてるんだから。」
「まぁ、そっか。そうだよな。」
「でも、あの娘も気晴らししたいと思うから近くならいいんじゃない。行ってくれるか分かんないけどね。」
男の表情はあきらかにその一言で暗くなった。すると、玄関の扉が開く音が聞こえた。家に入ってきたのは、大きな荷物を背負って体操着を着た女の子だ。
「おかえり。」男がダイニングから声をかけるも、返事はなく、さきほど廊下を歩いている際に扉の開いていた部屋に女の子は入っていく。
「ちょっと、京花返事ぐらいしなさい。」ダイニングに一緒にいた美樹が部屋に向かって一喝した。
すると突然、さきほどまでいた美樹はいなくなり、男がスーツ姿で一人うなだれながらダイニングの椅子に座っている。すると今度はそんな男の前にさきほど一喝した美樹と男の隣には部屋に入っていった京花が食事をしている。
「さっきお父さんが、今度の休みにどこか行かないかって言ってたんだけど、京花は行く。」
「いつなの。休みって。」
「たぶん、今度の週末よね。お父さん。」男は返答せずにうつむくだけである。
「だったら行けるけど。」
「京花でも部活の練習は。」
「なんか体育館の工事らしくてないみたい。」
「行くな!!」男はうつむいたままであったが突然立ち上がり大声で叫んだ。
「美樹行かなくていい。京花も行かなくていい。」さきほど話していた男とあまりにも様子が違いすぎる。だが、その姿を見ることもなく美樹も京花も平然と食事をしながら話している。
「京花はなんかしたいこととか行きたいとこある。」
「別に特にない。」
「お母さんさ、バーベキュー行きたいんだけどどう。」
「いいんじゃない。」
「じゃあ、前日に買い出し行って。次の日バーベキュー行こっか。ねぇ、お父さん。」その言葉を最後に美樹と京花の姿は消えた。
「ごめん、ごめん。京花の高校受験待ってからでもよかったのに。」手の甲を口に当てながら男はかみしめるように言った。
「京花に、美樹に、全部俺のせいだ。ごめんな、ごめんな。」男はずっとむせび泣きながら二人に謝り続けていた。
 伊月はすべての出来事を見て、緊張していた体は脱力し立っていることが出来ず、尻もちをついた。ゆっくりと伊月は、立っている木下を見る。木下は下唇をかみしめながら、じっとさきほどまで男がいた場所を見つめている。
「なんなんですか、さっきの。」泣きそうな声で伊月は木下にたずねた。
「さっきのが、俺と伊月くんがペアになっている理由だ。この部屋にはもうすでに何人もの人が住んでいる。だが、さっきも聞いたような男の泣く声は全員聞いたらしい。いわゆる事故物件だよ、ここは。俺たちの遺品整理の仕事はこの部屋で何があったのかを、ただ見る仕事。」
「はぁ、ちょっと待ってください。見てどうするんですか。ここで何か探すとかじゃないんですか。」
「俺たちの仕事は依頼されても手伝えないことをする。それは、この家に、この部屋にずっと離れず残ってる。亡くなった人の思い出を見るという仕事。その思い出が、今日のような亡くなった人にとって辛い思い出かもしれない。良い思い出かもしれない。それを依頼された方に伝えるという仕事だ。」木下の説明は伊月を混乱させる一方であった。伊月はここでの仕事を勘違いしていた。ここには自分の居場所はないと伊月はそう思い始めていた。
「じゃあ、伊月くん戻ろっか。もうこんな時間だし。」その言葉で伊月はハッとし窓の外を見ると、着いたのは昼前だったはずが夕陽が出ているような時間になっていることに伊月は気付き、驚いた。伊月の体感では30分ほどしか部屋にはいていないと思っていたからだ。
「車の中で詳しいこと話すから。とにかくもう出よう。」そう言って木下は伊月を引き起こし、703の部屋を後にした。
 伊月は車の中に戻っても依然として動揺している。木下はそんな伊月の背中をさすりながら身の上話を口にした。
「伊月くんはどういう経緯で霊を見えるようになったのかは分からないけどさ。俺には六つ年の離れた弟がいて、母親は弟を産んでそのまま死んじゃったのよ。小学生になったばっかりだった俺はさ、弟が母親を殺したぐらいのことを思ってたんだ。弟さえいなければ母親は生きてたのになって。俺がそんなこと思ってたからかな。弟は五歳のころに入院したのよ。珍しい病気でさ、手術をすることは出来ないし、どんどん筋力も無くなっていって歩けなくなっていって、医者には余命半年もないかもしれませんって言われてて。それを言われてから毎日病室行ったんだよ、行けば笑ってくれる弟がいて、辛いリハビリとかして泣いていても俺と父親が来たら笑ってくれて、なんで俺は弟のことあんなふうに思ってたんだろって明日から兄らしいことを弟にしてあげようって思ってた。でもそう思ったその日の夜に、弟は昏睡状態になった。
俺と父親が病室に着いたときに、弟のそばに座ってる女の人がいて。それが母親だったんだよ。母親は泣きながら弟の肩ゆすろうとしてて、でも死んでるからさ、ゆすれないんだよ。だから代わりに俺がゆすったんだよ。でも、弟はそのまま死んで、それから霊が見えるようになって。その時に霊は何も出来ないんだって思った、いくら愛する我が子を、自分が命を懸けて産んだ子供を、ゆすることも出来ない。だったらせめて誰か手伝える人がいればなと思ってこの仕事を始めたんだ。」
伊月はその話を食い入るように聞いた。亡くなった人のために手伝うという木下の考えに伊月は感嘆し、それと同時に自分自身への劣等感を強烈に感じた。
「すごいですね。」木下に対して言ったこの伊月の一言は、尊敬というよりもどこか自分との関わりがない人の話を聞いているような感覚で答えた。
「まぁ、慣れるよ、伊月くんもこの仕事に。俺みたいな理由なんてなくてもいいと思うし、続けたいと思えるなら続けたら。」
「はい、そうですね。」伊月はそっけない返事をし、木下との距離を少しとってしまった。





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