記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

【隠れた名作アニメーション】『アイの歌声を聴かせて』という作品

皆さんこんにちは、リモコンRです。

先日ある友人からおすすめと紹介されたアニメ映画を鑑賞しました。
それが今回レビューしていく『アイの歌声を聴かせて』です。
2021年に公開され、日本アカデミー賞長編アニメ部門へのノミネートもされた本作ですが、いかんせん話題性に欠けたのかそこまで知名度が無い作品でした。

ただ知る人ぞ知る名作として高い評価も受けているようで、友人から聞いたすぐ興味が出てきたため視聴することにしました。今回はそのついでというか少しでも知っていただこうと思い、感想なんかを文章に起こしてみようと思います。
(ネタバレを含みますのでご注意ください)



ストーリー

簡単にですが、大雑把にストーリーを説明すると、

AI開発を専門とする大企業「星間エレクトロニクス」。その実験都市に住む女子高生・天野悟美(サトミ)のもとに、突然転校生の芦森詩音(シオン)という少女が現れる。実は彼女の正体は試験中のAIなのだが、シオンはサトミの「幸せ」に固執し、突然歌を歌い始めるなどめちゃくちゃな行動をとり始める……というもの。

タイトルに「歌声」とあるとおり本作にはシオンの歌唱シーンが度々登場するミュージカル映画の形相となっています。青春×ミュージカルという王道ジャンルに、今作ではAIというスパイスが加えられた形ですね。定番プラス何か、という組み合わせにより頭にスッと設定が入ってきつつ目新しさも感じられるという点がそのバランス含めてちょうど良いなと思いました。


エンタメ性あふれるミュージカルシーン

本作最大の特徴はやはりシオン主導で起こるミュージカルシーンでしょう。
シオンが歌い上げる曲は全4曲登場しますが、どれもハイクオリティでした。AIであるシオンはネットワークを通して周囲の機会にアクセスすることができるのですが、ミュージカルシーンではそれらをフル活用。学生たちの織り成す青春劇に近未来な世界観の融合を映像表現にうまく落とし鋳込めています。

特に印象的だったのは「Lead Your Partner」という楽曲が登場するシーン。
柔道部の杉山(サンダー)がシオンを相手に柔道の稽古をするシーンで始まるのですが、組み稽古をダンスに見立て始めるシオンとそれに翻弄されるサンダーの構図や、それまでとは違うアップテンポな曲調と低くかっこいい声で歌い上げるシオンなど一風変わったシーンでおすすめです。

めちゃくちゃで突発的なシオンの歌に始めは翻弄される主人公たちですが、その歌を通じて殻を破っていく過程がユーモラスに描かれていくこれらのシーンに本作の魅力が詰まっているといえます。

また歌声はシオンの声優を務めた土屋太鳳さんご本人のものらしいのですが、良くミュージカル映えする歌声でぴったりはまってました。マイクの前できれいに歌うのとは違い、上手いが上手すぎない、絶妙な塩梅の歌声が魅力を引き立てているように思います。


AIとの明るい未来を描く

主人公のサトミは優等生ですがクラス内で孤立してしまっています。これは以前校内での未成年喫煙を目撃し、そのことを先生に報告したことがきっかけで「告げ口姫」とあだ名までつけられてしまっています。すごくかわいそうですが、私はこの一連の流れにどことなくリアリティを感じてしまいました。学生時代を思い返せば似たような事例を目にしたことがある人はおおいのではないでしょうか?サトミ自身は悪くないのに…というのは正論ですが、内部コミュニティに働く集団心理によるものかな?とも思います。

このような問題を抱えているのはサトミだけでなく、恋愛、部活、親子関係等々悩みを抱えているキャラクターたちが幾人か登場します。これらは決して珍しい悩みではなく、観ている方の中には同じような経験をした方もいらっしゃるのでは?今作はおそらく若い世代を客層に据えているものと思いますが、主人公の母親も悩みを抱えるキャラの一人として出したことで、親世代の方々も置いてけぼりにすることなく作品に没入できるようになっているのではないでしょうか。

そんな人々をAIのシオンが救っていく爽快感が今作の魅力の一つと言えます。今でいうとChatGPTが流行ったこともありより身近になったAI技術ですが、フィクション作品では度々、自我を得たり、暴走し人々を陥れるような「怖い存在」として描かれることもありますよね。そういった得体のしれない怖いものというイメージを持たれがちなAIを、今作では苦しむ人々とともに暮らしながら悩み解決に力を貸す「救世主」として描いています。これはAIの発展を前向きにとらえ、助け合い共存できる明るい未来にもできるものとらえようという制作陣の思いが透けて見えます。
またここで大事なのが、あくまで力を貸す存在としているところです。作中のキャラクターたちは背中を押してもらいはするものの、最終的な解決は自分自身で行っています。AIに頼り切ることなく、最後に必要なのは自分自身の意思であることもここで明示されているものと、私は捉えました。


「シオン」というキャラクター

サトミの前に突然現れたシオンという少女。転校生でありながらサトミの名前を知っていて、突拍子もない行動をとって騒動を起こし、歌を歌い、「サトミ、幸せ?」と言う。公式HPでも「ポンコツAI」と紹介される彼女が物語を引っ掻き回すのですが、そういった行動はすべてサトミのためであることが明かされます。周りの友人たちの手助けをするのも、友人を欲しているサトミにとって友人の幸せ=サトミの幸せととらえているためです。あくまでその目的から逸れることなく、融通が利かないところもAIらしいといえますね。

そのシオンの原点は、AI開発者である母がつくった試験的AIを幼馴染のトウマが改良したものです。サトミとの会話を目的として作られたAIが、家庭環境や学校での問題を抱えていくサトミの様子を見てきたことでサトミの幸せを実現するためにネットワークからシオンに入り込んだ、という経緯が明かされます。これが明かされるシーンは徐々に自我のようなものが確立されていくシオン役・土屋太鳳さんの演技も相まってとても良いものでした。

そもそもなぜいきなり歌い始めるのか、という根本的な疑問も、サトミが幼少期から心の支えにしていたのが「ムーンプリンセス」というミュージカルアニメだったということが明かされることで解決されます。ミュージカルならサトミを幸せにできるとAIが学習した結果だったわけです。サトミがそのアニメを今でも気に入っていることは序盤から見て取れますが、これは見事な伏線回収だなと思いました。他のミュージカル作品を見ていても、なぜ歌い始めるのかまでをはっきりと理由付けしている作品はそうそうないんじゃないかと思います。こういった展開は斬新で面白いなと感じました。


挟まるちょっとのホラー

ホラーというと大げさですが、ところどころシオンがAIであることを再認識させるシーンが挿まれます。
例えばトウマが「なぜサトミの名前を知っていたのか?」とシオンに尋ねると、「その質問、命令ですか?」と返答するシーン。表情は変わらず笑顔のまま淡々と答えるシオンに思わず黙ってしまうトウマが印象的でした。

見た目が可愛らしく言動に愛嬌もあるシオンを見てるとどうも忘れがちになってしまう「AIである」という現実に引き戻すために挿まれているのだと思いますが、なんとなく不気味さを感じてしまう人も少なくないみたいです。ほかにも強制シャットダウンで停止させられてしまったり、コードにつながれていたりするシーンは少し衝撃的でした。

この作品はシオンがAIであることが肝なので、むしろこういった描写も効果的であっただろうと思います。


幸せとは

しつこいようですが、本作のシオンは一貫してサトミの幸せを追求します。
ただ、シオンは幸せがなんだかよく知らないまま動いています。終盤まではおそらく「笑顔」「楽しい」が幸せと定義づけて動いているんだと思います。だからこそ孤立し独りぼっちだったサトミに友達ができるように歌って踊ってめちゃくちゃやっていたんでしょう。

でも最後の別れのシーンでは、サトミの涙を見て幸せにできなかったというシオンに対して、「もう一度会えて話せて私は幸せだった」というサトミのアンサーがあります。AI的に言えば、ここで幸せの定義がインプットされたわけですね。そしてずっとサトミを見続けてきたシオンは「私もずっと幸せだったんだ…」と答えます。

これってシオンが今まで考えていた幸せが間違いだったというわけではないと思います。ただ幸せの定義は一つではなく、決まり切っているものでもない。別の幸せがあって、それに気づけていないだけかもしれない。そういったことをAIであるシオンを通じてこの映画は訴えているのではないかと思います。

作中のトウマのセリフに「AIには幸せを理解するのは難しいかもしれない」というものが出てきます。初めは、「人間にとっても難しいだろ」と頭の中で突っ込んでいましたが、これを踏まえると、「人それぞれ違うもの、正解が一つでないものをAIに理解させることの難しさ」について語っていたのかもしれないと考えを改めました。最後、もしかするとシオンはそれを理解できたのかもしれません。サトミたちとの交友がAIになにか影響を与えたという可能性を見せた、というシーンにも思えます。

ラストでネットを通じてシオンが再びサトミたちに声をかけたシーンで、きっと彼らは幸せを感じられたんでしょうね。思わず目頭が熱くなりました。


最後に

以上が感想になります。
単なる青春群像劇だと思い見始めましたが、序盤から蒔かれていた伏線の数々を綺麗に回収していき、AIを絡めたストーリーをメインに据えて、かつミュージカル要素を取り入れエンタメを加えて見やすくまとめている作品で、かなり面白かったです。観た後に残る爽やかな気分まで含めて、観た人を幸せにできる映画といえるでしょう。Amazon Prime Videoで配信されているため、ぜひお手軽にご視聴いただきたいと思います。

最後までご拝読いただきありがとうございました。
皆さんのご感想もお待ちしております。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?