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【掌編小説】夜な夜なこの街でたいてい、すれ違ってる

(あらすじ) 
とある街に住む住人たちのお話です。一話完結で、何人かの日常について書く予定です。

どこかすれ違っている人たちの日常を垣間見れたら、いいのにと思って書てみた。


丸野想(25歳)の場合

深々とソファに腰掛け、煙草に火を点けた。スパイスの香りが充満するシーシャバーの店内を漂う煙を目で追っていると、背後から声がした。
振り向くと裕太がもじもじして立っている。

「想さん、今日の夜って時間ありますか?」
「あるけど、どうした?」
「しっ、渋谷の!クラブに行ってみたいんす!付き合ってもらえませんか!」
「はあ。どうしたんだよ、お前そんなキャラじゃないじゃん。」
「どうせ、想さんみたいにイケてないですよぉ。お願いします、想さんは経験済ですよね?」
「お前ぐらいの時に一回行ったことあるよ。でも、あんまり好きじゃないんだよなぁ、酒も薄いし。教祖と行けば?」
「いやぁ、昔は遊び倒してたみたいですけど、既婚者ですからねぇ・・・。」

「おい、お前ら聞こえてるぞ、何が教祖だよ。一応、俺店長だからな。」

顎髭を生やし、髪をハーフアップにしたまさに教祖のような風貌の中年男はいつの間にか買い出しから戻っていたようで、カウンターから二人を睨んでいる。笑って誤魔化すと彼も呆れながら口元を緩めた。

「想、連れてってやれよ。俺は行かねぇよ、まあ昔は遊びまくってたけどな、さすがに嫁もいるからさ・・・。あーいいなぁ、若いって羨まし!」
「想さん、お願いします!付き合ってください!」
「はいはい。わかったよ。その代わり裕太の奢りな。」

渋谷の道玄坂を越え、メイン通りから外れたところをしばらく歩くと真っ赤な扉が見え、血気盛んな若者たちの長い列ができている。馬鹿笑いする二人組の男の後ろにつき、動き出すのを待った。

入口の近くまで来るとスーツ姿の外国人がボディチェックを行っている。順番が回り、カバンの中身を見せると、おーけー、と言って中に通された。

鼓膜が破けそうなアップテンポな爆音に迎えられ、体中の熱が迸って理性が押し出されそうになる。エレベーターに乗ってメインフロアへ上がるとDJブースに群がる人々が滲んで見え、脳内が揺らいだ。裕太が耳元で大きな声をあげた。

「まずは酒買います?」
「ああ、そうしよう。」

バーカウンターにいる金色の巻き髪を肩で揺らし、つけまつ毛を幾つも重ねた女性の耳元で、テキーラサンライズと声をあげた。機械的な動作で調合してマドラーでかき混てからテーブルに置かれる。それを持ってフロアの端にあるテーブルに行き、煙草に火を点けた。

ぎらぎらと彩るミラーボールの照明の中で激しく頭を揺らし、手を上げて跳ねる人々を眺める。先ほどの酒を口にするとテキーラの味はしない。軽く舌打ちをした。

盛り上がりはピークを迎えはじめる。店内の熱気と巨大なサウンドに、微塵もアルコールを感じていないはずの体が身を乗り出した。裕太の肩を叩いて人混みを搔き分ける。

「ちょっと!想さん、待っててば。」
「裕太、お前、今日ナンパしたいんだろ?」
「いやあ、この熱気に潰されそうなんすけど・・・。」
「自分から行かないとダメだな。」

裕太に大声で話しかけていると、柔らかな二の腕が触れた。目の前で長い髪を揺らしていた女性が、にっこりと笑って俺を覗き込む。彼女が耳元に顔を近づけると、甘い香りが鼻をつき、吐息が頬にかかる。

「お兄さん一緒に踊らない?」
「いや、こういうところ慣れてなくてさ。」
「本当~?すごい慣れてそうだけどなぁ~。」
「初めてじゃないけどさ。友達の付き添いでって、あれ・・・。」 

裕太がいない。前を見ると何列か先で裕太らしき男と女性が肩を寄せ合い、共に体を揺らしているのが見えた。

いつの間に・・・。

片手にしていたグラスを飲み干すと氷が揺れた。なに飲んでるのぉ?と大きな瞳で覗き込む彼女の艶やかな厚い唇が耳元で動く。

「テーキラサンライズ。何か飲む?ご馳走するよ。」

欲望の孕む文句は遊び慣れた女たちを気持ち良くさせる。バーカウンターに向かうと後ろで女性が手を握った。その手を握り返し、引いていく。

「お兄さん、名前は?」
「想、丸野想。君の名前は?」
「そうさん。かっこいい名前~。わたしは由香だよ。いくつ~?」
「由香さんね。俺は二十五。」
「え、同い年!呼び捨てにしていいよ、わたしも想って呼ぼう~。お仕事は何してるの?」
「俺、今デザインの学校に通い直してて絶賛就活中なんだよね。由香ちゃんは?」
「わたしは不動産の営業。残業続きでストレスすごいんだよ~。」
「だからここで踊ってる。」

ふふっと鼻で笑うと由香は跳ねながら腕を絡ませ、柔らかな体を押し当てる。その感触に酒を流した喉が鳴った。

「想ってかっこいい。相当モテるでしょ?」
「いやぁ、どうかな。てか暗くて顔よくわからないでしょ?」
「目が慣れてるから、よ~くわかる。」

甘い声にくすぐられ、意識はクラブを出た先のホテル街にあった。裕太ぐらいの年だったらこのような機会を逃す手はなく、後先考えず抑えられなかっただろう。しかし、勢いで関係を持った女と揉めた過去が頭を過り、妄想を振り払う。

背後から容赦なく人波が押し寄せてくる。理性を解かれた人々の熱気と匂いが充満し、ぎゅうぎゅうになりながら前へと押され、由香の手が離された。あ、と小さく声をあげて彼女は視線を送ってきたが、背を向けてそそくさとフロアを出た。

二階に行くと端で肩を落とす裕太を発見した。
「あれ、裕太元気ないじゃん。」
「仲良くなった子とはぐれて探してたら違う男といました・・・。」
「そんなことよくあることだろ。ま、良かったなクラブ来れてさ。」
「あー!もう一回踊ってきますっ!想さん、行きましょ!」
「それよりも、もっと良いところがあるよ。」

そう言って裕太の肩を強引に抱え、外に連れ出した。どこ行くんですか!と散々文句を言っていたが、次第に疲れたのか無言でとぼとぼ付いてくる。

道玄坂にあるラーメン屋に入り、テーブル席に着いた。俺は味噌、裕太は醤油ラーメンを注文し、無心で麺を啜り、空腹に流し込む。巨大なサウンドを浴びた体の感覚と耳の中がしばらくの間、麻痺していた。

店から出るとすっかり明るくなっている。露出した格好の女とロングコートの男が颯爽と通り抜ける。彼らの後に続いて駅に向かう途中、交差点の前でカラスの群れが袋を漁り、生ごみを広げていた。

始発の山手線に乗り、新宿駅で中央線に乗り換える。アナウンスが高円寺を知らせたので、大きく口を開けて爆睡する裕太の肩を叩いた。彼は慌てて立ち上がり、頭を下げて電車を降りていった。

阿佐ヶ谷駅からアパートまでの道のり、溶け広がる重たい眠気と戦いながら足を引きずるように歩いた。ようやくアパートに辿り着くと部屋に入るなりベッドに倒れ込み、一瞬で深い眠りに落ちた。

***
「へぇ、クラブにねぇ。若いっていいね~マル君。」
「ただ疲れただけだよ。酒も不味いし。」

目が覚めると夕方の五時を回っていた。一日の喪失に深いため息をつき、気を取り直そうとスターロードに佇む行きつけのバー「ブルーベール」にやって来た。マスターがつくる美味い酒に満足する。

鈴の音が鳴り、視線を移すと亜耶が入って来た。軽く手を上げると彼女は微笑み、いつもの席に座る。

「亜耶ちゃん、聞いてよ。マル君、クラブに行ってきたんだって。」
「マスター、余計なこと言うなよ・・・。」
「クラブ?音楽聞きながらお酒飲んだりするとこ?」
「まあ、そんな感じだな。」
「楽しそう!わたしも行ってみたい。」
「お前はうぶだからやめとけ。痛い目みるぞ。」
「もー、また馬鹿にしてー。」
「いや、忠告だって。純粋に音楽や酒を楽しむ客より危ない輩が多いんだよ、あそこは。」
「ふーん。なら、いいや。」
「それにさ、ここで飲む酒が一番美味いよ。」
「はは、それは間違えないね。僕のつくるお酒は一番ですから。」

マスターがそう言うと三人で笑った。

「たまには一杯奢るよ。」

亜耶はメニューから顔を上げ、目を輝かせた。どうせ奢るなら建前ではなく、ご馳走したい人に奢るのがいい。

「じゃあ、マスター、バランタインでお願いします。」
「え、待て、それ一番高いやつだろ!少しは、遠慮してくれても・・・。」

マスターと亜耶が笑う。ま、いっかと呟きながら笑みがこぼれ、テキーラサンライズを口に入れた。

ありのままでいれるこの時間が心地よい、改めてそう思えるのだった。

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