見出し画像

【ショート•ショート/怖い話?】先輩の部屋


知人に聞いた話を基にして書きました。


この話は、今まで母にしかしたことがありません。
特に職場の人には黙っていたほうがいいかな、と思っています。

大学卒業まであと数ヶ月となったある冬の日、私は一人暮らしをするために部屋を探していました。

念願の猫を飼うためにペット可の部屋を探していたのですが、単身者向けではなかなか見つかりません。

やっと職場の近くにひとつだけペット可物件を見つけたので、内見を予約しました。

不動産屋の営業の女性と駅前で待ち合わせをします。私とそう年が変わらないほど若く、笑顔が可愛らしい人でした。

数分歩いて小綺麗な単身者向けマンションに着き部屋の中に入ると、妙に薄暗いな、と思いました。
カーテンはないのに、昼間なのに洞窟みたいな暗さなんです。圧迫感があって壁や天井がこちらに迫って来るように感じます。いったいどうしてなのか……

「おすすめですよ、駅近の1LDKで広いし、スーパーもすぐそこにあるし。もうこの1部屋しか空いてないんです」
「ここ、なんか暗くないですか?」

私がそう聞くと不動産屋の女性は不思議そうな顔をしました。
「えっと、でも向きは南西ですし、窓もあんなに大きいんですよ。家賃も条件の割に安いし……」

「どうして安いんですか?」
私がそう聞くと、女性の赤いリップが塗られた口元が一瞬、奇妙に歪んだような気がしました。
でもすぐに元通りの笑顔になって「もう築20年になりますからね。でも中はリフォームしてあって綺麗ですよ」と言われました。

私は結局、色々と些細な理由をつけてその部屋を契約するのはやめました。
どこか不安を感じたので、結局今は別の不動産屋に探してもらった隣の駅の部屋に住んでいます。


私が新卒で配属された支社に、ちょうど同じころ福岡の支社から転勤してきたTさんという5歳年上の男性の先輩がいます。
Tさんは学生時代からテニスをやっているそうで、いつも日焼けした快活な印象の人でした。新しい環境にもすぐになじみ、営業マンとして活躍していました。

彼とは部署は違いますが、たまたま本社イベントの応援要員として2人で日帰り出張に行ったことがあります。それ以来どこかで会うと「おう、元気い?」と声をかけられて立ち話をするようになりました。

Tさんが突然亡くなったのは、私が社会人2年目になった秋のある日のことです。

彼と同じ部署の同期に聞いたところでは、真面目なTさんが始業時間になっても出勤せず、午後になっても電話に出ないので上司のSさんが会社のすぐ近くにあるTさんのマンションに見に行ったそうです。

インターホンを鳴らしても反応がないので、Sさんが事情を話して管理人といっしょに鍵を開けて部屋に入ったところ、ベッドの上の掛け布団が人の形に膨らんでいました。

最初Sさんは頭まで布団をかぶって寝ているのかと思い「おい、寝てるのか、どうしたんだ」と声をかけながら軽くゆさぶりました。
ところがTさんはもう冷たくなって亡くなっていたそうです。
Sさんはそれを見て体調が悪くなってしまい、次の日は出勤できませんでした。

私は同期からその話を聞いて、ショックを受けながらもTさんのお葬式には行った方がいいのかな……と考えていました。
会社の人たちは別の部署でも行くんだろうか。そもそもお葬式ってやるとしたらどこになるんだろう。Tさんって実家が福岡なんだっけ? 

私は軽い気持ちでTさんの個人情報が載った社内のサイトにアクセスします。当時は人事担当をしていたので社内の個人情報を見ることができたのです。

そこに書いてあったTさんの現住所に、なぜか見覚えがありました。
就職する前、最初に見学に行ったあのマンションです。しかも、部屋番号はたしか私が内見をしたあの部屋でした。ゾロ目だったので覚えていたんです。

結局、Tさんの死について警察でもはっきりした原因は分からず心臓発作という扱いになりましたが、転勤してきたばかりのTさんに無理な残業をさせていたのではないか、と部署に内部調査が入ったようです。

でも私は、多分そういうことじゃないだろうな、と思っています。

もし新卒の時にあの部屋に住むことを決めていたら、私はどうなっていたのでしょうか。

私がTさんと最後に会ったのは彼の死の3日前でした。
月末で忙しく21時過ぎまで残業になってしまって駅へと急いでいたら、後ろから歩いてきたTさんに「久しぶり」と声をかけられたんです。

上司の愚痴とか他愛ない話をした後、Tさんはちょっと疲れた顔で笑いながら「福岡出る時ずっと付き合ってた彼女と別れちゃって。いつか結婚はしたいけど社会人になるとなかなか出会いとかないよね」とこぼしていた気がします。

「でもTさんってモテそうだし付き合ったら楽しいと思うし、そのうちまたいい出会いがありますよ!」と私が適当なことを言ったら「褒めても何も出ないぞお」とニコニコしていました。

Tさんはあの頃幸せだったのかなって、今もたまに考えます。

私は今年で、あの時の先輩と同じ年になりました。

<了>



ほんとうは私の話です。……ってもし言ったら、どう思われますか?

ずっとこの話って口頭ではうまく人に伝えられる気がせずに黙っていました。
最後まで読んでくださった方はありがとうございました。

#賑やかし帯 (いつき@暮らしが趣味 様の作品)





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?