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【掌編小説】その曲のタイトルは、決して口に出してはいけません


「小説」としておいた方がいいような気がします。


好きな女性シンガーソングライターの、1番お気に入りの曲。
みんなにも聞いてほしいのだけど、わけがあってここにタイトルは書けない。

その曲はどうやら友人をモデルに書かれた曲らしい。私の好きな映画の主題歌だった。
大好きな友人が病んでしまった時に「何もできないけど、あなたのそばでずっと見守っているよ」という優しい曲。シンガーソングライターの友人の名前がそのままタイトルになっているという。
雫さん、としよう。

映画を見た夜に眠れなくて、夜中に映画の感想とともに「〇〇が歌っている「雫」っていう主題歌がいい曲だった」と何気なくSNSで呟いた。

すると、すぐさまスマホのアイコンに赤いマークがついた。
こんな時間だけど、もしかして映画好きのあの人からの感想だろうか。
そっとアイコンをタップする。

すると「雫」というアカウントにフォローされていた。

ん? と思いアカウントを見てみると、双極性障害/鬱病/◯◯服薬中/と、その他色々な病名がびっしり書かれている。思わず息を吞んだ。

何か考える暇もなくメッセージが飛んでくる。

「あの子の言うこと、みんな嘘」

「調子のいいことを言って裏切る」

「わたしは曲作りのネタに利用されただけ」

「あの子は今では人気アーティスト」

「ひどい、ひどい」

「信じて……」

ブー、ブー、と真っ暗な部屋の中、ベッドの上でスマホが振動し続けている。
私は急いでSNSの呟きを削除し、微かに胸の痛みを感じながら「雫」さんをブロックした。

しばらくどきどきしていたけれど、何も起こらず。
暗闇の中スマホで延々と曲のタイトル+歌手名で検索を続ける痩せて髪の長い「雫」さんの姿が思い浮かぶ。
色々考えてしまって1時間以上寝付けなかった。

今の話がそのまま本当のことだとは思わないけど、雫さんとそのシンガーソングライターの間には何かいざこざがあったのだろうか……。
それとも、売れているアーティストに対する手の込んだいやがらせなのか。

1番怖いのは、これをやっているのが思い込みの激しいファンだった時である。

それきりこの出来事は忘れていたけれど、何年も経ってから街中の有線放送で例の曲を耳にした。

お、懐かしい。やっぱり春に聞きたい曲だなあ。
手に持っていたスマホの、数年前とは別のアカウントで「〇〇の「雫」っていう曲大好き。いい曲!」と何気なく呟く。

すぐさまぴこん、とアイコンに赤いマークがついた。

私はもう、二度とこの曲のタイトルと歌手名をSNSで呟く気にはなれない。
ひっそりと自分だけで楽しむことにしている。




でも、ものすごーく気になる方は「はるがきたならゆきもとけて」で検索してみて下さい。

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