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「Hou much are you?」 第14話:敗北

 放課後、相変わらず仁はパソコンに向き合う。

 今度はすぐに話しかけられそうだと瑠美菜は思うものの、内容が内容ゆえに話しづらい。

 わざわざ今日言う必要はないのではないかと自分に言い訳をする。

 瑠美菜はため息を吐く。

 昨晩、聖城が瑠美菜に近づき、契約を交わした。

 その事実を仁に伝えるべきか悩んでいた。

 本来、契約に関わることだから言わなければならないのだが、どうしてか瑠美菜の体は硬直し、席でただ固まることしかできなかった。

 しかし、そういうときに限って、仁はパソコンを閉じ、瑠美菜の元にやってきた。

「今、ちょっといいか」

 仁が眼鏡をくいと上げ、瑠美菜に話しかける。

「う、うん。どうしたの?」

 昨日のことがもうばれているのかもしれないと瑠美菜は仁に視線を合わせず応える。

「その、なんだ……」

 仁にしては珍しく、ハッキリしない。
 どうしたのだろうか。

 瑠美菜は気になって、仁を見やる。

 すると、仁は視線を逸らした。

「くるみちゃ……胡桃の連絡先を知ってるか」
「え、うん。知ってるけど……」

 けど、どうしたのだろうと瑠美菜は首をかしげる。

「その……胡桃も俺が支援することになってな、その打ち合わせをしたくてな」
「え」

 瑠美菜は驚きを隠せずにいた。
 自分だけでなく、他の人を支援することは仁の仕事上あると思っていた。

 でもそれが、瑠美菜よりもアイドルとして相応しい胡桃だと話は違った。

 自分は、仁に見放されてしまったのかと落胆した。

 まさか、本当に仁は瑠美菜の支援を聖城に譲るものなのかと瑠美菜は思った。

 瑠美菜は、自分の実力ではアイドルになれないと言われているような気がした。

「無理ならいいんだ。個人情報だしな」
「……ううん、いいと思うよ」

 瑠美菜はスマホを取り出し、仁に胡桃の連絡先を教える。

「すまない、助かった」

 仁はどこか嬉しげだった。
 瑠美菜は肩を落とした。

 もう、仁との契約は終わりなのだと悟った。

「ねえ、桐生くん」
「なんだ」

 不愛想に仁が応答する。

「もう聞いてるかもしれないけど、私、他の人に支援してもらうことになったから」
「なんだと」
「聖城さんって人に支援してもらうことになったから」

 瑠美菜は淡々と事実を伝える。

「聖城……だと?」
「うん、それじゃ」

 瑠美菜はそう告げ、席を立ちあがり足早に教室を後にする。

「おい! ちょっ――」

 仁が呼び止める前に瑠美菜は教室を出てしまう。

「ちっ」

 仁は舌打ちをする。
 これは、一旦相談した方がよさそうだな。

   ×    ×

「あ~やられちゃったか」

 霞はソファで寝転びながら腕を頭の後ろで組む。

「予想外でした。ここで聖城が成海に接触するとは思わなかった」

 仁は悔しそうに歯噛みする。

「でも、撮影していたときはキミとの関係は良好だったんでしょ?」
「ええ、だからその日の帰りに何らかの形で聖城は成海に接触したんでしょう。そして、その瞬間で成海を懐柔した」
「やっぱり聖城くんは侮れないね」
「ええ、油断していました」

 霞は目を瞑り、考える。

「多分だけど、瑠美菜ちゃんのお母さんに関わることを言って懐柔したんだろうね」
「成海は焦っています。一日でも早くアイドルになり、母の治療費を稼ごうとしています。それを利用したんでしょう」
「でも、その瑠美菜ちゃんの目的を達成する方法があるのかな?」
「霞さん、言っていたでしょう。聖城には多くのコネがある。おそらくそれをちらつかせた」
「でも、それは一時的なしのぎに過ぎない。アイドルとしての期待値がなければたとえアイドルになっても意味がない。個人株で稼ぐならそれ相応の価値をアイドルになる前に用意をしなければならない」

 仁は顎に手をやり、思考する。

「有名プロデューサーの元で注目のアイドルとして押し出す、とか?」
「実力がまだまだの瑠美菜ちゃんにそんなやり方できるかな~」
「聖城の力はそこにあるんでしょう。俺たちがまだ見逃している成海の才能があるとしか考えられない」
「私たちが見逃している才能?」

 霞は復唱する。

「ええ、何らかの期待値がなければ聖城はここまで動かない」
「そうね。……その件に関してはずっと気になってたことがある」
「なんですか」
「瑠美菜ちゃんはキミと同じ瞭綜学園の高等部にいるんだよね」
「はい。同じクラスだと最近知りました」
「本当に周りに興味がないね……」

 霞は呆れ、肩を落とす。

「それで、成海が俺と同じクラスメイトであることがどうしたんですか」
「キミの通う学校、そしてキミは特別推薦枠で入った特別推薦コースのクラスにいる。そして、瑠美菜ちゃんもね」
「っ!」

 仁は目を見開いた。
 どうして気が付かなかったんだ。重要な情報だろう。

「瑠美菜ちゃんには特別な才能がない。そんな瑠美菜ちゃんがどうしてキミと同じ特別推薦コースにいるんだろうと思ってたんだ」

 霞は真っ直ぐ仁を見つめる。

「……たしかに、成海には特別な才能はない。それなのに、特別推薦コースにいるのは――」
「瑠美菜ちゃんは入学時点で今のアイドル志望を知られており、学園は瑠美菜ちゃんがアイドルになることを前提に特別推薦コースに入れた。私はそう思う」
「だとしたら、瞭綜学園にも誰かの息がかかっている……」
「そしてそれは聖城くんだと考えられる。彼の母校は瞭綜学園。高等部を卒業とともにエスカレート方式で瞭綜大学に進学、そして同時に丸壱銀行に入行している。瞭綜学園のメインバンクは丸壱銀行。そこからも聖城くんが瞭綜学園の取り組みに関わっている可能性が高い」

「でもそれって、成海が瞭綜学園に入る頃にはすでに聖城の計画が始まっていたということになりませんか」

「そういうことだね。つまり、その時点で聖城くんは瑠美菜ちゃんをターゲットにしていた。そして、瑠美菜ちゃんをアイドルにできると確信をしている」
「でも、あいつはオーディションを受けても一度も通ってないと言っていました。そんな成海をどうやって確実にアイドルにすることができるんですか」
「今、瑠美菜ちゃんはあるオーディションで選考が通っているんだよね」
「はい」

 霞は目を瞑り、腕を組む。

「だとしたら、そのオーディションを通したアイドル事務所にも聖城くんの息がかかっているとみて間違いないね」
「そういうことになりますよね。ただ、成海は今までもオーディションを受けていたと言っていました。そして一度も通らないと。推測ですが、今受けているアイドル事務所のオーディションも、この1年間の中で受けたんじゃないですか。
 聖城の息がかかっている、成海を歓迎しているアイドル事務所がある。しかし、落とした可能性がある。それが今になって選考を通過している。飽くまで仮定の話にはなりますが、どうして事務所は一度成海を落としたんだ……」

 仁は思考する。

 成海には目で見える特別な才能はない。しかし、隠された才能がある。だから、瞭綜学園の特別推薦コースにいる。学園側も、アイドルになる確実性が無ければ成海を特別推薦コースには入れない。

 ということは、学園側も納得するような隠された才能が成海にはあるということだ。

 しかし、その才能があるにも関わらず、ここ1年の間、どのアイドル事務所のオーディションも通っていない。

 それは、学園側も織り込み済みだということだ。学園側としては1日でも早く才能を開花させたいと思っているはずだ。しかし、学園側も待っている。

 なぜそこまでして成海の才能の開花を待っているのか。

「学園側が瑠美菜ちゃんのオーディションそのものに絡んでいる可能性が高いね。そして、瑠美菜ちゃんがアイドルとして活躍するのを確実に思っているにも関わらず、オーディションでは落としている。矛盾してるわね」
「成海が大器晩成型だと学園側が思っているのでしょうか」
「そんな子他にいくらでもいるでしょ。もっと他に理由があるはず。学園側はここ1年間で瑠美菜ちゃんがアイドルとして活躍することができなかったことを予測してたかな」

 予測してたか。その謎は簡単に解ける。

「特別推薦コースにはクラス変更のシステムがあります。1年間の間でなんの成果もあげられなかった生徒は一般コースのクラスに落とされます。しかし、成海は今でも特別推薦コースにいる。つまり、学園側はここ1年間で成海がアイドルとして活躍しないことも予測していたでしょう」
「うーん、そっか。つまり、1年待ってでも瑠美菜ちゃんを特別推薦コースに置いておくメリットが学園側にある。そのメリットとは何か」

「待っていても尚、成海がもたらす学園の利益があるということでしょう」

「そういうことだね。学園は何を待っているのかな……。瑠美菜ちゃんが主人公補正で覚醒すること、かしら」

 霞は眉を顰め、真面目に言う。

「急にふざけないでください」
「いやふざけてないよ。それぐらい、非現実的なことが現実で起こることを聖城くんと学園は確信している」
「……覚醒。何が起こるんだ。俺が成海に接触したことでしょうか」
「聖城くんはキミに手を引けと言ったんでしょ。その可能性はないんじゃないかな」

「それが聖城の嘘だとしたら?」

「嘘だとしたらか~。でもたしかに、キミが瑠美菜ちゃんに関わり始めてからオーディションが通った。でもその推理はやっぱり厳しいよ。仮にキミとの関わりを予測していたとしたらキミが瞭綜学園に入ることも学園と聖城くんは確信していたことになるよ。そこまでは確信できないんじゃないかな。だって、仁くんは自分の意思で瞭綜学園に入ったんでしょ?」

「そ、そうですね。俺と成海は同じタイミングで入学した。俺と成海を会わせることはさすがに確信を持てないはずですね」

「話がややこしくなってきたー。結局、瑠美菜ちゃんの隠された才能が何かがわからなきゃ何もわからないよ」
「でも今の話で、成海の才能が基礎能力でもなく、しかし必然性のある才能だということはわかりましたよ」

「必然性か~。あっ」

 霞が何かを思い出すかのように口を開く。

「関係ないかもしれないけど、新しい情報が手に入ったよ」
「なんですか?」
「瑠美菜ちゃんのお母さんの件。どうやら、かなり危篤のようだよ。そして手術代も1000万ほどかかる」
「……1000万」

 そうだったのか。
 成美が焦る気持ちもわかる。

「もし、聖城がそれらを全部解決し、瑠美菜の希望を叶えさせられるなら――」
「なに」

「俺にできることは、ないのかもしれない……」

 仁は歯ぎしりをしながら、言う。

「急にらしくないね~。どしたの? 聖城くんを相手にしてびびっちゃたの?」
「そういうわけじゃないです。ただ、俺には思いつかないんです。あいつの隠された才能も、あいつの希望をすべて叶えさせる方法も」
「う~ん、確かに難しいね」
「それに、俺は成海の妹、くるみちゃ――胡桃の担当もしている。この状況でどちらも支援するのは正直難しい。より確実にアイドルにさせるとしたら胡桃の方が確率は高い」

 瑠美菜と胡桃の関係はすでに霞に説明している。同じオーディションを受けていることも霞の情報により確信を得たものになった。

「でも、胡桃ちゃんをキミの元にやったのは聖城くんだよね。そこに何か意味があると思う」
「……成海から俺の手を引かせるためでしょう」

「どうして?」

「どうしてって……。そんなの俺にはわかりませんよ」
「聖城くんの行動原理は、より強い夢と希望を輝かせること。つまり、よりアイドルに近い胡桃ちゃんより、瑠美菜ちゃんの方がそれを達成できる」
「その理由を知るまで、この件はどうしようもない……」
「そうだね。できる限りで私が調べてみるよ」
「お願いします」

 仁は深々と頭を下げる。
 仁は考えていた。

 ネガティブになっているわけではない。

 焦る瑠美菜の気持ちを理解したからだ。
 危篤の母を救う方法が自分には思いつかない。

 それを、聖城が思いついているなら、それは、自分が担当するよりも聖城の方が向いているということだ。

 それは、敗北に等しい。

 それが悔しかった。

 瑠美菜は仁を頼りにし、アイドルとしての頑張りを見せ、撮影までした。

 本気でアイドルになりたいという瑠美菜の気持ちに仁は心を動かされた。
 らしくないと自分でもわかっている。

 でも、成海と夢を追うことで、真のバンカーが何かを理解できると思った。

 それは、幻想なのかもしれない。

 俺は、金を稼げればいいんだ。

 仁は思考を止め、胡桃に連絡を取った。


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