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「赤い糸を盗る」 第5話:桜咲く想い

 狐人は生徒会の雑用を終え、朝のホームルーム前の5分前に教室に着く。

「おはよう、黒崎くん」
「お、おはよう桜さん」

 狐人が教室に入った瞬間、女子生徒が狐人に挨拶をする。

 女子生徒、桜芽衣。狐人の想い人だ。

「あれ、今日は魚金くんと一緒じゃないんだね」
「うん。虎太郎は朝練、僕は生徒会の雑用があったからね」
「朝から大変だね。お疲れさま」
「う、うん。ありがとう」

 芽衣は狐人に笑顔を向ける。

 芽衣の笑顔は見る度に狐人の心拍数が上がる。狐人は後ずさりしてしまう。

「うん? 黒崎くんどうしたの?」
「ああ、いや」

 芽衣は首を傾げる。

 首を傾げると彼女の茶色のセミロングの髪が揺れ、片方の髪が唇に当たる。

 薄い桜色の唇はリップをしていないにも関わらず潤いがあり、大人の雰囲気を醸し出す。
 
 二重瞼のもとにはブラウンの瞳があり、その瞳には一切の闇や敵意なんてものは感じられず、純粋さが瞳だけでわかるほど可愛らしく綺麗だ。

 右耳の上あたりには桜のピン止めをしており、尚、彼女の純粋さを感じる。

「なんだか会うの久しぶりだねー」
「そ、そうだね。桜さんは夏休み何してたの?」
「特にこれといったことはしてないかなー。宿題やったり、友だちとショッピングに行ったり、後はゆっくり昼寝とかかなー。黒崎くんは?」
「僕は家でゆっくりすることが多かったな」

「魚金くんと遊んだりしなかったの?」

「少しは遊んだよ。でも虎太郎は部活で忙しかったからね。僕は僕でべつに遊んでたりしてたかな」
「なんか意外。ずっと一緒にいるイメージだったから」

 芽衣はあどけなく笑う。その笑いに一切悪意がないのがわかる。

「そんなに一緒にいるイメージあるかな」

 狐人も笑みを返す。

「あります。わたしの予想だとですねー、実はあまり人前では言いづらい関係なんじゃないかなと思っております」
「やめて? それよく言われるけど絶対それだけは嫌だからやめて?」
「冗談だよ。お、噂をしたら」

 芽衣が狐人の後ろを見る。

「おっす。狐人、桜」

 虎太郎が制服姿で教室に入る。部室で体操着から制服に着替えたようだ。

「肩を貸すのです」
「え」

 芽衣が狐人の肩を持ち、屈ませる。その瞬間、花のような香りがして狐人はドキッとする。

(少なくとも魚金くんは黒崎くんに気があるよ)
(な、なんで?)

 芽衣のこそこそ話にさえ狐人は心が沸騰しそうになる。顔は真っ赤だ。

(だってわたしよりも先に黒崎くんに挨拶したんだよ?)
(うーん、それは特に意識してないんじゃないかな)
(無意識レベルなのです。無意識レベルで少なくともわたしよりも黒崎くんの方が好きだということだよ)
(えー、嫌だなあ)

「何だよふたりでこそこそ話して。なんだふたりデキてんのか?」

 虎太郎はニヤニヤしながら言う。

「……はぁ、それはこっちの台詞だよ魚金くん。自分の気持ちに正直になりなよ」
「うん? 何のことだ?」

 虎太郎は首を傾げる。

「桜さん、さすがにそれはないからこれ以上はやめてよ。僕はこんなアホ馬鹿鈍感天然女たらしのことは好きじゃないから」
「よくわからんが、狐人がオレの悪口を言っていることだけはわかるな」
「これも愛だよ、魚金くん」

 芽衣は目を瞑り手を組む。

「そうか。オレも愛してるぜ、狐人」
「きゃっ」

 芽衣は歓喜の声を上げる。

「虎太郎、この世から消えてくれ」
「残酷な振り方をしてくれるな。それに桜、狐人にはちゃんとオレ以外にも好きなやつがいるんだよ」
「オレ以外『にも』ってやめて? というか虎太郎! 何言ってんの!?」
「べつにそれぐらい言っていいだろ」
「へえ、黒崎くんって魚金くんの他に好きな人いるんだー。誰だろ?」

 芽衣が小悪魔のようなイタズラな笑みを浮かべる。

「僕が虎太郎のことを好きだという前提で話を進めないでほしいんだけど、というか、その、僕には、好きな人なんて……」
「いないのか?」

 虎太郎が意地悪な質問をする。

「僕には、誰かを好きになる資格なんてないし……」
「資格? 黒崎くんの好きな人って自動車か何かなの?」
「いや、そうじゃなくて。その、僕じゃ釣り合わないから……」
「えー、そんな人いるの? 身長高くて文武両道。これで釣り合わない人とかっているのかな」

「桜は狐人のことどう思う? 異性として」

「なっ、何を聞いているんだよ!」

 うーん、と芽衣は首を傾げ考える。

「なんだかそう考えると、わたしじゃあ釣り合わないって感じかな。素敵だと思うけどね」
「…………」

 狐人は口をぽかんと開け、目を見開く。

「だってよ狐人。よかったじゃねえか」

 相変わらずニヤニヤと笑いながら虎太郎は言う。

 その言葉を聞き、芽衣は恥ずかし気に笑う。

「あれ、もしかしてわたし今変なこと言っちゃった? 黒崎くんごめんね。気にしないで」

 そう芽衣は言い残し、席に戻って行ってしまった。

 狐人の顔は真っ赤のまま担任の先生が入って、注意されるまでその場で固まっていた。


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