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「ろりーたふぁんたじー」 第20話:風の地

「あらサティ、そんなにぐったりしてどうしたのかしら」
「……なんでもないよ」

 ついに船は風の地に到着した。船着き場を降り、砂浜に立つ。砂浜の先には高い木々が連なっている。空には多くの鳥が翼を羽ばたかせ飛んでいる。鳥だけじゃない。

「おお! ありゃ気球じゃねえか!」

 カエンが空に浮いている乗り物を見て嬉しそうにしている。

「気球? カエンはあの乗り物を知ってるの?」
「知ってるぞ! あれは火の地と風の地で作ってる乗り物なんだ。あれで人を運ぶんだ!」
「へえ、そんなものがあるんだ」

 乗り物と聞くだけで少し苦手意識が芽生えるが、でも良いものを見ることができた。

 今はあんな交通手段があるんだなあ。

「気球から見る景色もとても良いのだけれど、今回はもっと特別な体験をさせてあげるわ」
「特別ってなに!?」

 ヒイラが食いつく。

「大鳥の背中に乗るのよ」
「タイチョウ?」

 ヒイラが首をかしげる。

「ええ、妖鳥で最も大きい種族の鳥よ。今日はそれに乗ってもらうわ。その前に少し風の地を紹介するわね」
「やった! レッツゴー!」

 ヒイラが腕を上げ、みんなも手を上げ私たちは風の地へと足を踏み入れた。


「おお! これが卵か! でっけえな!」

 風の地に入って少し林の中を進むと、フウラは木を登り、私たちもそれに付いて行った。

 そしてそこには大きな巣があり、そこに大きな卵があった。カエンはその卵を持ち上げた。

「落とすんじゃないわよ」
「大丈夫だ! お!?」

 フウラがカエンに注意をし、それを笑顔で返したカエンが突然声を上げた。
 そして少しして卵にひびが入り、卵が割れた。

「え、大丈夫?」

 私は戸惑うことしかできない。

「孵化したみたいだわ。カエン、あなたは体があたたかいからそれで孵ったようね」

 カエンが卵を巣に置くと、私たちと同じくらいの大きな白いひな鳥が卵から出てきた。

 人型ではなく、見た目はそのまま鳥だった。

「おー!」

 みんなは感心の声を上げる。そしてカエンがひな鳥に近づく。

「よしよし、生まれてきてえらいな!」

 ひな鳥の頭を撫でる。ひな鳥は嬉しそうにカエンに顔を向ける。
 なんだかカエンが母親のように見える。不思議な一面だ。

 そこでちょうどひな鳥の母だと思われる高い木と同じほどの大きな白い妖鳥が巣にやってきた。この妖鳥も人型ではなく、見た目は大きな鳥だ。

「孵ったわ」

 フウラがその大きな妖鳥に事情を話す。妖鳥は大層喜び、カエンを褒めていた。
 そして、この大きな妖鳥が今回、私たちを乗せてくれるみたいだ。

 私は少し気圧されながら大きな妖鳥に挨拶をする。

「こんにちは。魔の地から来たサティと申します。今日はよろしくお願いします」
「あら、あなたが大魔王サタン様のご令嬢ね。こちらこそ、わざわざ遠いところまでお越しいただきありがとうございます。楽しんでいってくださいね」

 大きな妖鳥は微笑み言う。

 そこから少しの間、ひな鳥の世話をしたのち、私たちは砂浜にある飛行場へと向かった。

 大きな妖鳥の背中には6人が入れるほどの大きなかごがあり、私たちはそれに乗った。

 妖鳥が翼を羽ばたかせる。周りの砂浜が風によって散る。ゆっくりと妖鳥は前に進み、空に浮かんでゆく。高く、高く昇ってゆく。

「うおー! 飛んでるぜー!」

 カエンがかごから身を乗り出し、景色を眺める。けっこうな高さだ。風の地が一望でき、青い空と海が見える。

 海は水平線を描き、境界線に向かうようにして飛んでゆく。

「風が気持ちいいね」

 私は髪を押さえて言う。

「ね! それにすごく高い!」

 ヒイラがひえ~と言いながら下にある海を眺める。

「落ちたらどうなるんだろうねぇ」

 サンネは耳を折りたたみながらヒイラとともに下を眺める。

「こ、怖いこと言わないでくださぁい。うぅ、高くて怖いです……」
「大丈夫リンコ?」

 リンコはかごの中でしゃがんでしまっている。たしかにここから落ちたと考えたら足がすくむ。

「大丈夫よリンコ。落ちても私がいるわ。せっかくの機会なのだから景色を楽しみなさい」

 フウラがリンコの肩に手を置く。

「そ、そう言われてもぉ」
「リンコ、良い考えがあるよ」
「サティさん……。良い案ってなんですか?」
「ダークシャドウ」

 私は魔術を展開させる。私の影はリンコのもとへと伸び、リンコの顔を包む。

「え、ひえ!?」
「これで周りの景色は見えない。ね? 怖くないでしょ?」
「あ、これならたしかに怖くない……って! 余計怖いですよぉ!」
「あれ? そういうもの?」

 私は影を解く。

「はぁ、でも、サティさんのおかげで少し緊張が取れました」
「よかった」
「ほらリンコ。海じゃなくて自然を見てみなさい。普段、この高さで植物を観察することないでしょう」
「は、はいぃ」

 リンコは怯えながらもフウラの説明を聞き、少しずつ恐怖を克服していっている。

「そういやさ」
「どうしたのカエン?」

 カエンが元気なトーンから真面目なトーンで口を開いた。

「卵とか赤ちゃんってどっから生まれるんだ?」

 カエンが首をかしげる。

「ふっ、あなたバカね。そんなことも知らないの?」

 フウラがカエンを見て、嘲笑する。

「あ!? そういうフウラは知ってんのかよ」
「コウノトリが運んでくるのよ」
「あ? じゃあオレも鳥に運んできてもらったのか?」
「そういうことよ。すべての生き物がこの風の地によって生まれているの。感謝しなさい。あなたの命は風の地があってこそ存在するのよ」
「…………」

 ……本気で言っているのだろうか。まあ、フウラもまだまだ子どもだから真実を知っているわけがないか。

「私は神様が作ってるって聞いたことがあるよ?」

 ヒイラが言う。そうだよね。ヒイラも子どもだから真実は知らないか。

「子どもは畑から生まれてくるんですよ」

 今度はリンコが言う。

「畑から生まれるのは植物だけでしょう」
「でもそう聞いたんですよ!」
「竹から生まれてくるんじゃないのぉ?」

 サンネは首をかしげて言う。

「ふっ、みんなまだまだ子どもだね」

 しょうがない。ここはお姉さんとしてみんなに教えてあげよう。

「なによ? サティは何を知っているの」

 フウラが私を睨んでくる。
 私は微笑し、せっかくだからポーズを決めてみた。

「子どもはね、大悪魔アスタロスによってプレゼントされるんだよ」
「アスタロス?」

 みんなは要領を得ないようで首をかしげている。やっぱりみんなにはまだ早かったか。
 でもこれは確かな真実だ。
 だってお母様が言っていたんだもん。

「あなたはそのアスタロスとやらに会ったことがあるの?」

 フウラが私に問いかける。

「……いや、ないけど」

 見たことはない。だから実際に存在するかもわからないけど……。

「それに、その理屈だと人類もその悪魔によって生まれることになるわよ。今ならともかく昔、その悪魔が人類を繁栄させるとは思えないわ」

 ……た、たしかに。でも――

「あ、アスタロスはきっと平等な悪魔なんだよ!」
「平等にプレゼントして、魔族と人類が争っていたのね! へえ! 良い勉強になったわ!」

 フウラが顎に手の甲を当て、高笑いする。

「んんん~~~~っ!」

 顔が赤くなり、頬が膨らむ。
 何も言い返せない! 私が間違っているの!?

「よくわかんねえけど、種族によって生まれかたは違うってことか?」

 カエンがみんなの案を聞き、そう結論を出す。

「そ、そういうことだね! いやあ、本当、生命の神秘って不思議だね!」

 私はとにかくカエンの案に賛同した。

「ま、そういうことにしてあげるわ」

 フウラは呆れたように言う。

 絶対、アスタロスはいるもん! お母様がそう言ってたんだもん!
 今度アスタロスに会わせてもらうもんね! フウラのバーカ! バーカ!


「あ、そうだフウラぁ」

 しばらく空に飛んで私の顔が冷めた辺りで突然、サンネがフウラに話しかけた。

「なにかしら?」
「これ、頼まれてたものぉ」

 サンネはそう言って懐から青いネックレスを取り出した。

「なにそれ? きれいだね」

 私は興味を抱き、その青いネックレスを見つめる。

「こ、これはなんでもないわ! 感謝するわサンネ」
「感謝ならサティにしなよぉ」
「え、私?」
「な、何を言っているのかしら!?」

 フウラが顔を赤くしている。この青いネックレスと私に何か関係があるのだろうか。
 サンネはふにゃりと笑みを浮かべ口を開く。

「それは前にサティが掘り出した青の鉱石から作ったネックレスなんだよぉ」
「あ、そうなんだ」
「さ、サンネ! 余計なことを言わないで!」

 フウラが慌て、取り乱している。

「本当に売らないで大切にしてくれているんだね」

 私はつい嬉しく笑みがこぼれる。

「……べ、べつにそんなのじゃないわ。サンネがどうしてもというから仕方がなく作らせてあげただけよ」
「フウラは素直じゃねえなあ!」

 カエンが笑いながらフウラの肩に腕をまわす。

「もしかしてフウラちゃん照れてるの?」

 ヒイラも面白がっている。

「……フウラさん、かわいいです」

 リンコも笑みを浮かべている。

「みんなうるさいわね! 違うったら違うんだから!」

 そうフウラは言って、青いネックレスを首にかける。

「せっかくだからねぇ、みんなの分のネックレスも作ってみたんだぁ」

 サンネが懐から5つのネックレスを取り出す。

 オレンジ、赤、緑、茶、青。
 オレンジのネックレスはヒイラに、赤のネックレスはカエンに、緑のネックレスをリンコに渡し、茶色のネックスレスをサンネは自分でつける。

 そしてさきほどフウラに渡したものと同じ青いネックレスを私に渡してくれる。

「私は青?」
「そぉう。フウラとおそろい。同じ青い鉱石から作ったんだ」
「そうなんだ」
「フウラとサティがおそろいの方がいいかなぁと思ってぇ」
「べつにおそろいにしてと頼んだわけじゃないわ!」
「えへへぇ、サンネが自分でやったことだよぉ」

 フウラが顔を赤くし、抗議する。その様子を見てサンネは微笑む。
 私は青いネックレスを首にかける。

「ありがとうフウラ」
「……べつに、礼を言われる筋合いはないわ。というか、むしろ、その……」
「うん?」

 フウラは俯いてしまう。しかし少しして顔を上げる。耳まで真っ赤になっている。

「あなたのおかげよ。……ほら、きれいでしょう?」

 フウラはそう言って私に近づき、ふたつの青いネックレスを合わせて見せてくれる。

「うん、すごくきれい。おそろいもいいね」
「……そ、そうでしょう? ふぅ! ほんと、空がきれいだわ!」

 フウラは私のもとを離れて、空を眺める。カエンが私に近づいてくる。

「あいつがあそこまで素直なのはサティだけだぜ。きっとすげえサティのこと好きなんだ」
「フウラが、私のことを?」
「ああ! これからもあいつのことをよろしく頼むぜ! いや、オレたちみんなサティのこと好きだからよ!」
「そうだよサティちゃん! みんな友だち! みんな大好き!」

 ヒイラは私に抱きつきそう言ってくれる。

 私は空を見ているフウラを見やる。フウラはちらとこちらを向き、笑みを向けてくれた。

 フウラはたまに私に意地悪なことを言うけど、ちゃんと好きでいてくれているんだ。

 よかった。
 私も笑みがこぼれた。


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