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「How much are you?」 第10話:母のため

 夢を見た。
 幼い頃の記憶だった。

 幼い仁は母に問いかける。

「お父さんはいつ帰ってくるの?」

 不安そうに母を見つめる。
 母は困った表情をし、仁に微笑みかける。

「きっと明日は帰ってくるわ」

 それを聞くのは何度目だろうか。
 仁は悲しみ、憂う。

「また、帰ってこないんだよね」
「…………」

 仁の問いに母は黙ってしまう。

 父は若くして、丸壱銀行の取締役をしていた。
 毎日の多忙な業務に、業務後の接待に毎日追われていた。
 出張も多く、日本中を飛び回っていた。

 そんな父が家に帰ってくることは少なかった。

 当時の仁はそんな父が嫌いだった。

 休日であるはずの土日でさえ、多忙を理由に家には帰ってこなかった。仁はてっきり父は浮気をしているのではないかと疑うほどだった。

 でも、違った。
 父は本当に忙しかったのだ。
 父の周りにはいつも多くの人がいた。

 たまに家に帰ってきても、知らない大人が来てずっと話をしていた。
 休日に遊んでもらった記憶がない。

 そして、一度も遊んでもらうことなく父は丸壱銀行の頭取になり、仁は最年少バンカーになっていた。

 どうしてバンカーになったか。
 仁は復讐がしたかった。

 父を陥れることが復讐じゃない。

 母と自分を見捨てた父を超えるバンカーになることが仁の使命感だった。
 誰に言われたわけではないが、仁はそう決意した。

 そう決意したのは、仁が小学生の頃だった。

 父の周りにはいつも人がいる。
 そして、その多くの人は父の金に近づいているということがわかった。
 
 だから仁は悟った。
 金を持っている人間が偉いのだと。
 
 だから自分も、金を得たら偉い人間になるのだと確信した。

 そう思ってから仁はひたすら勉強をした。

 学校の勉強はもちろん、バンカーとして必要な財務や税務、法務、そしてファイナンシャルプランについて完璧に勉強した。

 それを認められ、仁は若くしてバンカーになることができた。
 今の時代、若くして才能を持つ人間は個人株が発行され、その期待される個人株に関する仕事をすることが許されている。

 何も仁だけが特別というわけではなかった。

 高校生アイドル、高校生歌手、高校生スポーツ選手は以前からいたが、今では高校生警察官、高校生カウンセラー、そして高校生サラリーマン。

 仁は高校生サラリーマンで、バンカーとしては初の高校生だった。

 最初は父のコネだと周りからは言われた。
 そう言われることは想定済みだった。
 だが、仁はそれを利用した。

 疎まれることも多かったが、自分に寄ってくる人間も多くいた。
 その人間を利用し、成績を収めた。

 中には自分を利用しようとした者をかえって利用し、利益を得たこともある。

 それでも自分は間違っていないと信じていた。

 なぜなら、自分は偉い人間だから。
 富を築いた人間が正しいのだから。

 高校生では到底築けない地位と富を得た仁は一人暮らしを始めた。

 父の帰ってこない家にいるのが嫌だった。
 父を待ち続ける母を見るのがつらかった。

 そんな父の築いた家は、偽物の家族に思えた。

 そんな場所にいたくなかった。
 自分だけの世界にいたかった。

 自分の世界にいる仁はますます仕事に打ち込んだ。

 そしてわかったことがある。
 大人は金で動くということを。
 やはり、自分は正しかったのだと仁は確信した。

 大人は金で動き、金のためだったらなんでもするということに気が付いた。

 金のために、まだ幼い仁に首を垂れる大人が何人もいた。
 仁はそれを見て、悲しみを覚えた。

 自分が見たかった世界はこんな世界だったのかと。
 本当は信じたかったのだ。

 世の中、金がすべてじゃない。
 金よりももっと大切なことがあると、信じたかった。

 でも、その幻想は打ち砕かれた。
 結局、金がすべてだった。

 それに気づいてから、仁は金を稼ぐためだけに生きている。
 金を稼ぐことが生きているということだと知ったから。

 そんな仁は最近注目されているPB(パーソナルバンカー)になった。

 PBは将来期待される人間は出品し、その期待値が投資者によって変動する。
 期待値が低いときに投資すれば、期待値が上がったときに売ると利益になる。もともと、株式会社が発行していた株と同じ仕組みだ。
 個人を対象に株を発行するようになった。

 世の中では賛否両論あった。

 才能を開花させるために必要な制度だと言う人間もいれば、人間を株のように扱うのは非人道的だと言う人間もいる。

 しかし、仁にとって、それが正しいか間違っているかなんてどうでもよかった。

 ただ、稼げればいい。

 個人株の取引は金になる。

 出品する手数料や投資者の投資手数料、期待値が上がれば、投資したバンカーも評価され、資金が数%入る。多くの才能のある人間を出品すれば、より多くの富を築ける。

 仁は今までよりもさらに富を築き上げた。
 だが、富を築いても、心は乾いたままだった。

 その理由はわからない。

 きっとまだ、父親を越える富と地位を築いていないからだと仁は考えていた。

 仁は毎日、疲労と眠気と戦いながら仕事をし、勉強に励んでいる。
 そうすればいつか、父を越えられると信じて。

 ――きっと、それが母のためだと信じて。


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