「転生したらVの世界に」 第2話:Vライバー
走馬灯が流れゆく中、俺は意識を取り戻した。
横になっていることは分かる。でも、ここは墓地の前の車道じゃない。
だとしたら病院?
いや、それとも違う気がする。
俺は上半身を起こした。
辺りを見渡すと、そこは俺の自室だった。
「……なんだよ」
さっきまでのは夢だったのか。
嫌な夢を見たもんだ。まさか天の命日に自分が同じように車に轢かれて死ぬ夢なんて。
でも、俺は車に轢かれる瞬間、心の中の闇が晴れた気がした。
やっと地獄から解放されると思った。でも、どうやら違う。単なる夢だったようだ。
俺は手元にあるスマホを確認する。
7月23日。20時半。
今日は寝坊をした。21時からきらりの配信があるはずだから早く夕飯を済ませないと。
俺がそのままベッドから出ようとした瞬間だった。
目の前にディスプレイが現れた。
『ようこそ。バーチャルライフの世界へ』
驚きで声も出なかった。
スマホの画面を見ている訳じゃない。視界に、勝手にディスプレイが表示されている。
訳が分からないまま硬直しているとディスプレイの表示画面が切り替わった。
『名前を入力してください』
「は?」
ディスプレイにキーボードが表示される。
そうかわかった。また夢だ。天の命日だから変な夢を見ているんだ。きっと寝つきが悪いのだろう。くだらない夢に付き合う気はない。
俺はベッドで横になり、布団を被り、目を瞑った。
しかし、そこでさらに驚いた。
目を閉じても、ディスプレイが見えたままだった。
「質の悪い夢だな……」
夢から覚めないのであれば仕方がない。どうせ今日は天の命日だ。まともに何かできる精神状態じゃない。しょうもない夢の中にいた方がまだ楽だ。
俺はディスプレイ画面にうつるキーボードに手を添える。
カタカナで『レイア』と打ち、エンターキーを押す。
すると、新たに画面が表示される。文字を読むのも鬱陶しい。俺は適当にエンターキーを押し続けた。すると、ディスプレイの画面は消えた。
まだこの夢は覚めないか。
何もする気も起きない俺はただベッドの上で横になり、真っ暗な天井を見上げた。
眠くない。腹も減ってない。何もする気が起きない。
現実でも地獄なのに、夢の中でも地獄なのかよ。
まあそれも仕方がないかと納得させる。天を守れなかった天罰なのだろう。
ゆっくりと目を瞑る。
そこでまたディスプレイが現れた。
暇つぶしにでもなるか。
俺はディスプレイに書かれた文章に目を通した。
『警告。あと一週間以内にフォロワー数が10人に到達しなかった場合、あなたは消滅します』
こわ。なにこれ。
俺はキーボードのエンターキーを押し、ディスプレイの表示を消す。
消滅? 何を言っているんだ。消滅させてくれるならいっそのことそうしてほしいぐらいだ。そう思っていたものの、死ではなく『消滅』というのが恐ろしく感じ、俺はベッドから起き上がった。
「天」
消滅したらどうなるんだ。俺は天を認識することもできなくなってしまうのではないか。それは嫌だ。
天。俺の心の中からいなくならないでくれ。
冷や汗をかいてきた。
早くこの夢から覚めたい。
俺は頬を思い切り叩いた。しかし、夢が覚めることはない。
そこで再び、ディスプレイが表示された。
『これは夢ではありません。バーチャルライフの世界です』
俺はディスプレイから逃げるようにしてベッドから起き上がり、部屋を出ようとドアノブに手をかけ、扉を開く。
「……なんだよ、これ」
自室を出たらそこはまるで宇宙のようだった。
真っ暗な空間の中に英語が書かれている。
「HTML? なんて読むんだ……」
そこでまた目の前にディスプレイが表示された。
『エラー』
訳が分からないまま俺は扉を閉じてディスプレイを見つめる。
『警告。あと一週間以内にフォロワー数が10人に到達しなかった場合、あなたは消滅します』
先ほどと同じメッセージが表示される。
俺は枕元に置いたスマホを手に取り、検索する。
バーチャルライフ。消滅。というキーワードを入力し、検索する。
しかし、俺が期待するような検索結果は出てこない。
『バーチャルライフの世界へようこそ』
「もういいって!」
『これは夢ではありません』
「じゃあ、なんだって言うんだよ!」
俺は誰と話しているんだ。とうとう気が狂ってしまったのか。
『あなたは、バーチャルライバーです』
「は?」
素っ頓狂な声が出た。
『バーチャルライバーとして現世の人間を楽しませるエンターテイナーです』
ますます意味がわからない。
俺がVライバー? 俺はただの引きこもりだ。それ以上でもそれ以下でもない。
戸惑っている中、ディスプレイの画面が切り替わった。
「うわ!」
突然、知らない顔が出てきて俺は後ろへと吹っ飛んだ。画面に映る人間も驚いているようで、口を開け呆然としている。
『これはレイアさん。あなたです』
ディスプレイにメッセージが映る。
そのメッセージを一瞥し、画面に映る人物に話しかける。
「あんた、誰だ?」
画面に映る人物はまったく俺と同じ口の動きをして俺を真っ直ぐ見つめる。
再びメッセージが表示される。
『あなたです』
「……俺?」
顔に手を当てると、目の前にいる人物も同じように顔に手をやっていた。
目の前にいる人物は俺とはかけ離れた見た目をしていた。
銀髪を真ん中で分け、瞳は金色。
画面に映る俺? をよく眺める。俺が顔を動かすと同様に動く。
そうだ。鏡があった。
俺はベッドの傍にある姿見を見る。
そこにはやはり、ディスプレイに映る姿があった。
気づかなかったが、黒いワイシャツに赤いネクタイ。黒よりも薄い黒のズボンを履いている。
これが、俺……。
夢、じゃない……?
『これは夢ではありません』
「わかったよ。俺の脳内と会話すんな」
一旦、状況を整理しよう。
これは夢ではない。
俺は今、Vライバーでフォロワー数を増やすことを強制されている。
もしノルマを達成できなかったら消滅する。
どうしてそもそもこんなことになっているんだ。
思い出す。俺に何があった。
昨日も特に変哲の無い1日を過ごした。いつも通り19時に起きて、朝10時に寝た。
その後はなんだ。天の命日である7月23日に目を覚まし、夕飯を済ませて、そして天の墓へと向かった。そこで俺は車に――
「……もしかして、俺は、生まれ変わったのか?」
『先ほど説明したとおりです』
やべえ。たぶん俺がすっ飛ばしたメッセージだ。
「ここは、天国なのか?」
『違います。バーチャルライフの世界です』
「そのバーチャルライフ? ってのは何なんだよ?」
『ウィーハウスで動画投稿等を行うバーチャルライバーの世界です』
「は? Vライバーは中の人がいて――」
『エラー。何を仰っているか理解できません』
「最後まで言ってないよ? 何? そこ触れちゃいけないところだった?」
『バーチャルライバーはこのバーチャルライフの世界で動画投稿等を行うライバーの総称です』
「いやだから、それって設定で現実世界に中の人が――」
『エラー。何を仰っているか理解できません』
「オーケー分かった。触れちゃいけないところなんだな」
状況をいまいち理解できないが、おそらく――
俺は死んで転生した。
夢でないのであれば、消去法的にそうなる。
まだ夢であることは否定できないが、何度もそれを否定され、俺自身、覚醒している自覚がある。
俺は、このよく分からない世界に生きている。
「はあ、もういいや」
理解するのは諦めた。俺はベッドで横になる。
ディスプレイが表示される。
「もうい――」
俺が愚痴を漏らそうと思ったが、画面に表示されているメッセージを見て硬直した。
『この世界には、琴ノ葉きらりが存在します』
「……きらりが、いる、だと?」
『人気ライバー、琴ノ葉きらりはこのバーチャルライフの住人です』
俺は勢いよく起き上がった。
「会えないか!?」
『レイアさん。あなたが人気なればあるいは』
俺が人気になる。そうだ。フォロワーがどうとか。エンターテイナーがどうとか言っていた。
俺はこのおかしな世界でVライバーになった。
そして、この世界に琴ノ葉きらりも存在する。
「どうしたら俺は人気になる!?」
『それはあなた自身が考えることです。まずはチュートリアルから説明します』
俺はメッセージを読み進める。
まずはウィーハウスでチャンネルを作り、そこでVライバーとして活動し、動画や配信を視聴してもらい、フォロワー数を増やすというものらしい。
俺はパソコンを起動させ、さっそくウィーハウスのチャンネル登録をした。
フォロワー数0。
当たり前の数字だが、その数字を見て眉をしかめた。
ウィーハウスの検索欄に『琴ノ葉きらり』と入力し、ページに飛ぶ。
チャンネル登録者数10万人。
俺の10万倍……。いや、0だから倍じゃないか。やばい。勉強しなすぎて算数もできなくなっている。
『こちらは支給品です』
メッセージを進めると、パソコンの前にカメラとマイクが現れた。
これで動画投稿をしろってことか。
動画を投稿し、フォロワー数を増やして人気になれば琴ノ葉きらりに会えるかもしれない。
最も天に近い存在に会える。
0と10万では大きな差がある。でも、花火に手が届くよりも可能性がある。
なんとかして、手を伸ばして掴んでみせる。
いまいち自分の状況を理解していないが、今はそれどころじゃなくなった。盲目に、自分の未来を見据えて生きている。
きらりは天の代わりにはならない。でも、俺が天を感じられる唯一の存在なんだ。
やってやる。
10万人? そんなの俺がプレイしているゲームの人口よりも少ない。
「配信の仕方を教えてくれ」
『承知しました。ソフトをインストールします』
とにかくまずは動画配信だ。俺は素人だから動画を作ったところで編集技術がない。だとすればもう、俺にできるのは生配信だけだ。
自慢じゃないが、俺はゲームが得意だ。
俺が普段プレイしているゲーム『ALT』。通称、アルト。
俺はこのアルトの世界では名が知れている。
そんな俺が生配信をすればおそらくすぐに10万人は到達するはずだ。
俺はディスプレイに映る画面を見ながら作業を進めてゆき、配信準備を始めた。
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