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第1話 社会性欠乏障害 「小説:オタク病」

 薬局の椅子に座り、薬が処方されるのを待つ間、俺はライトノベル『ボクの前ではみんな好き好き大好きっ子』を読むため大きなリュックから本を取り出し、開く。

前回読んだ続きから読み始めるため栞のあるページを開く。栞は書店特典で封入されていたポストカードを使っており、前面にはヒロインの全裸姿が描かれている。

「クドオさん、お待たせしました」

 俺の前にひとり女の客がおり、その女が薬剤師に呼ばれる。

「それでは、前回に引き続き『アルフォイデ』ですね。お変わりありませんか?」
「はい」

 ふと視線が上がった。黒縁の眼鏡をくいと上げる。
『アルフォイデ』。俺と同じ薬だ。ある状態・・のための、珍しい処方薬だ。

 自分以外にも服用している人間がいることに驚きを覚えた。
 会計を済ませた女は外に出てゆく。
 
 黒く艶のある長髪を揺らし、ドアへと向かう。

 前髪がかかる瞳は黒く大きな綺麗だが、どこを見ているかわからない。光のない目をしていた。白いヘッドフォンを掛け、周りの音を遮断している。単純に音楽が好きというよりは外界と自分を隔てているためのものに見える。

 身長は俺と同じ160センチほど。女子の平均身長より少し高く、脚が長い。細身の体で虚ろ気な瞳もあってかどことなくは儚げな印象がある。
 反面、他人を寄せ付けない堂々とした立ち振る舞い。社交的な印象は受けない。しかし、美しく可憐な姿は浮世離れしていた。

 ……どこかでみたことがあるような気がする。

 リアルの人間に興味がない俺でもどこか記憶の琴線に触れた。

 それにしても、あんな女も俺と同じ状態・・なんだな。

 一瞬、親近感を覚えたが、それでもリアルの女に興味を持たない俺はすぐにその女の記憶を外に追いやった。

猪尾いのおさん、お待たせしました」

『ボクの前ではみんな好き好き大好きっ子』を10ページほど読んでいると、薬剤師に呼ばれた。俺は本を閉じ、リュックにしまう。

猪尾宅也いのおたくやさん。お待たせしました。薬剤師の後藤です。えー、前回と同じ『アルフォイデ』ですね。その後の経過はいかがですか?」
「はあ、べつに」

 俺は素っ気なく答える。いくら薬を服用したって俺の愛は変わらない。

 薬で愛の形は変わらない。
 俺の状態は変わらない。

 俺は何度聞いたかわからない説明を受け、会計を済ませる。薬の入った袋、領収書、お薬手帳を受け取る。

 はあ、やっと終わった。
 なぜ俺がこんなことを定期的にしなければならないんだと呆れる。

 でも仕方がない。
 俺の状態は現代では病気扱いされている。


『社会性欠乏障碍(しゃかいせいけつぼうしょうがい)』


 ふざけた病気名だ。ちまたでは『オタク病』なんて言われている。

 俺は決して今の自分を、今の気持ち、今の状態を病気だとは思っていない。
 しかし、受診は義務付けられている。こんなことしても無駄なのに。

 国も形式上やるしかないのだろう。

 さあ、面倒なことも終わったことだし帰ってアニメ観るか。
 表情が少し明るくなったまま、帰途に就いた。



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