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「How much are you?」 第19話:朗報と悲報

「仁くん、朗報と悲報があるよ。どっちを先に聞く?」

 霞は珍しく、ソファではなく、白いテーブルの上で手を組み座っていた。
 仁は向かいに座り、いつにも増して真面目な霞の態度に不信がった。

「じゃあ、朗報の方から」

 仁も手を組み、尋ねる。

「胡桃ちゃんのアイドル内定が決まってるみたいだよ。よかったねロリコン」

 霞が歯を見せ、笑う。

「それはよかった。最後の要ります?」
「それじゃあ、次は悲報」

 霞は仁の抗議を無視し、ため息を吐く。

「瑠美菜ちゃんの落選がほぼ決まっている」

「……なんだって?」
「落とされる理由は不明。実力は最近上げてきて、面接も良好。しかし、落選が濃厚」

 よくそんな情報を掴んだなと思ったが、今はそれどころではない。

「それは、本当のことなんですか?」
「ええ、本当よ」

 霞は仁を真っ直ぐ見つめる。

「そんな……理由が不明っていうのはどういうことなんですか?」
「私にもわからない。ただ、推測するに誰かの息がかかってる」
「誰かの息?」
「誰かの思惑により、落とされるってことだよ」
「一体、誰がそんなことを……」

 仁は手を額に当て、眉間に皺を寄せる。

「それは、大方予想がつく」
「誰ですか」
「聖城くんよ。彼以外考えられない」
「そんな。あいつの目的は成海をアイドルにするはずじゃ――」
「そのはず……だったと思うんだけど。何か裏があるみたいね」
「裏か……」

 聖城が成海を落とす理由。

 一体なんだ?
 たしかに成海はアイドルとしての素質はいまいちだ。
 それでも、バイタリティー、実力、共に上げてきた。
 それは聖城もわかっているはずだ。
 芸能界にコネがあるなら、尚更、成海を合格できるはずだ。
 でも、それをしない。
 成海に時間がないことは聖城もわかっているはずだ。
 それでも、成海を落とす理由……。

「とにかく、その事務所に聞いてみるしかないですね」
「素直に話すとは思えないけどね」
「それでも、確かめなければならない」
「……わかった。それじゃあ事務所の住所を教えるよ」
「ありがとうございます」

    ×    ×

 翌日、例の事務所に仁はやってきた。
 事務所は白とピンクの塗装がされた5階建てのビルだった。

 素直に話を聞いてもらえるとは思えない。
 何か策はないか。

 仁は事務所の入り口に入る。
 事務所の一階のロビーには受付がある。

 仁は受付の女性に話しかける。

「こんにちは。丸壱銀行の桐生と申します。本日は同銀行の聖城の代わりに参りました。ご担当者様はいらっしゃいますか?」

 仁はいつもより丁寧に話す。

「少々お待ちください。確認いたします」

 そう言って、受付の女性は電話の内線を掛ける。
 少し待つと、女性は仁に話しかける。

「桐生様。お待たせいたしました。ご案内致します」
「はい、お願いします」

 聖城に先手は打たれていなかったか。

 もし、俺を警戒していたとしたら門前払いもできたはずだ。

 それがこんなに簡単に入れるとは仁も予想していなかった。
 仁は受付の女性に首から掛けられるゲスト札を渡され、ビルの5階に案内された。

 エレベーターを上がると、大きな木の扉がそびえたっていた。
 仁は三度、ノックをする。
 中から返事が聞こえてから入る。

「失礼致します」
「やあ、キミが桐生くんか」

 小太りの男性が仁を迎える。

「まあ、適当に掛けてくれ」
「はい、失礼します」

 仁は黒い一人掛けのソファに座る。

「私はこの事務所の代表取締役社長をやらせてもらっている九条くじょうという」

 九条は仁の反対側の二人掛けの黒いソファに腰掛ける。

「私は、丸壱銀行の桐生と申します。突然参りまして申し訳ありません」

 仁は深々とお辞儀をする

「いい。気にすることはない。聖城くんからキミが来ることは聞いていた」
「……聖城が?」

 仁は頭を上げ、目を見開く。

「ああ。成海瑠美菜の件で来るとな。あの手この手で事務所にたどり着くだろうから,いっそのことすぐに対応して帰らせろと言われている」
「…………」

 やはり、先手を打たれていたか。

 しかし、九条に会えたのはでかい。
 成海が落とされる理由の一端は見えるかもしれない。

「仰る通り、成海瑠美菜の件で参りました」
「事務所の事情だ。内情は話せないよ」

 九条は目を細め、手を組む。

「事務所の事情で成海を落とすということですね」
「…………」

 九条は眉間に皺を寄せる。

「そういうことじゃない。オーディションの内容については話せないと言っているんだ」
「聖城には話しているようですが」
「彼にはこのオーディションの補佐をしてもらっている。銀行の融資に関わるからな」
「個人株のことですね。でしたら、私にも関係あると思いますが」

 仁は依然として態度を緩めない。

「キミは成海瑠美菜の担当じゃない。それに、聖城くんからキミは要注意人物だと言われている。そんな人間に事務所の内情を話すわけないだろう」
「ずいぶんと、聖城を信頼しているみたいですね」

 九条は鼻で笑う。

「若いだろうに、大したものだよ。ああいうのをカリスマというんだろうね。ぜひ、ウチに欲しい人材だよ」

「器に収まる人材だといいですが」

「なんだと」

 九条は仁を睨む。

「聖城は信頼に値しない人間だということです。聖城ではなく、私を信頼してください」
「それは無理だ」
「なぜ」
「彼が膨大な利益を我が事務所に与えてくれるからだ」
「膨大な利益?」

 仁は眉間に皺を寄せ、眼鏡をくいと上げる。

「そうだ。それが彼を信頼する理由さ。キミに成海瑠美菜を輝かせることができるのかね」

 成海を輝かせる……。

 仁は心中で考える。

 事務所は成海を利用しようとしている。
 単に、事務所で必要がないから切るというわけではないということだ。
 良いことを知れた。
 今回のオーディションで成海を落とすことによって、成海がアイドルとして輝く、ということだ。意味がわからないが、そういうことだ。

「社長、口を滑らしましたね」
「……なに?」
「成海を事務所で利用する。私はそれが知りたかったんです」
「…………」

 九条は仁を目の敵のように睨みつける。
 ここでさらに仁はかまをかけ、仕掛ける。

「例の件がばれたら、この事務所も危ういのではないのでしょうか」
「貴様……どこまで知っている」

 九条は額に汗をかく。

「すべて存じております。これは社長のために申し上げているのです。今回の計画はあまりに危険です。ここで手を引いた方がよろしいかと」

 仁は淡々と告げる。

「……誰にもばれやしない」
「私が公表することもできますが」

 仁が言うと、九条はニッと笑う。

「貴様、かまをかけたな」
「…………」
「いいだろう。話してやろう。今回の件の内容については何も言えないが、この件で得た利益はお前のものになる。それは聖城くんと話し合って決めたことだ」
「なに?」
「だから、聖城くんの手柄ではなくキミの手柄にしてやろうと言っているんだよ。金の亡者くん」

 どういうことだ?
 例の件の中身について話さないというのは意味がわかるが、俺に利益をもたらす意味がわからない。

 計画の中身を知られたときに仁が口外しないようにするためか。

 くそっ。

 仁は心の中で舌打ちをする。

 聖城のやつ、どれだけ先を読んでいやがる。

 仁は考え、ここは一旦退くことにした。

「とにかく、これ以上話し合っても無駄のようですね。ここらでお暇します」
「ああ、そうしてくれ。もし、例の件が上手くいったら旨い酒でも交わそうじゃないか。いや、キミは未成年だったね。ハハッ、これは失礼」
「…………失礼します」

 仁は冷静を装う。

 あのタヌキ、いつか覚えていろ。

 仁は眉間を抑え、事務所を後にした。


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