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「赤い糸を盗る」 第11話:事件
「ふぅ」
「今日は昨日と違って調子がいいね。何か良いことでもあった?」
放課後。サッカー部の部活動中。練習試合で虎太郎はいつも以上に活躍していた。それを見ていた凪砂に明るい調子で声を掛けられた。
「ま、そうっすね。例の転校生と少しは仲良くなれたんで」
「……そっか。よかったね」
凪砂は薄く微笑む。
「無視から嫌われるぐらいには成長しました」
「それって成長っていうの?」
「無関心と嫌いは全然違うじゃないっすか」
「……そうだね。全然違う。無関心は残酷だよね」
「残酷って。そこまで思ってないすけど」
「…………」
凪砂は無表情で何も言わない。しかし虎太郎の胸元を見やり、一瞬、目を見開く。
「先輩? どうかしたんすか?」
「あ、ううん。なんでもないよ。あ、お客さんだよ。常連さん」
「うん? ああ、萌黄っすね。行ってきます」
「……うん、行ってらっしゃい」
虎太郎は嬉しそうに笑い、凪砂は手を振る。
「本当に、残酷だよ」
虎太郎がいなくなった後、凪砂は呟く。
少なくとも虎太郎に凪砂の想いは伝わっていない。伝えられないのだ。
伝えてしまったら今の関係が終わってしまう。
部活の先輩と後輩。
今の関係を凪砂は気に入っていた。
もし凪砂が告白し、玉砕してしまったらもう二度とこのサッカー場には来られなくなるだろう。
凪砂はそれを一番、恐れていた。
たとえ、虎太郎が自分に無関心でも、それでも仕方がないと凪砂は思っていた。
自分は生徒会長、萌黄リサのように真っ直ぐ自分の好意を向けることができなかった。
そんな勇気のない自分を呪う一方で、そうして今の関係性を保ち続けている自分を良しと考える自分もいた。
そんな自分を賢いとも思っていた。
もしかしたら、いつか自分の想いが伝わるかもしれない。
そんな淡い期待を、凪砂は抱くことしかできなかった。
「よ」
「お疲れさま」
虎太郎はリサに手を上げ、声を掛けた。いつもならそうしたらリサも元気よく手を上げ返すのだが、今日はいつもと少し雰囲気が違っていた。
虎太郎はその違和感に気づかなかった。
「さんきゅ。今日は生徒会の仕事ないのか?」
「全部、黒崎くんに押し付けてきた」
「……本当にあいつかわいそうだな」
「リサがいたって特に何もできないもん。ほんと、黒崎くんは働き蟻だよ」
「蟻扱いは酷いな。ま、蟻も働くやつと働かないやつがいるみたいだもんな」
虎太郎は苦笑しながら言う。
「リサはこう見えて働き蟻だも~ん」
「そうは見えねえけどな」
「ひど~い! サッカー部の部費下げちゃおっかな~」
リサが頬を膨らませる。
「勘弁してくれ。こう見えてカツカツなんだよ」
「そんなに~? サッカー部は実績あるから部活動の中でもけっこう部費割いてるんだけどな~。……何か部活と違うところで使ってたりしてない~?」
「そんなことするか。オレはこう見えて超真面目だからな」
「自分がどう見えてるか自覚あるんだね~」
「チャラいだの、不純異性交遊しまくりだの陰で言われまくってんのは知ってっからな」
虎太郎は何と無しに笑う。
「今度の全校集会で、虎太郎くんはそんな人じゃありませ~んって言ってあげようか?」
「やめてくれ。余計悪化しそう」
「リサはちゃんと知ってるよ。虎太郎くんが真面目さんでちょっと人以上に頑張り屋さんなこと」
「……ははっ、さんきゅな」
「だからね」
リサは虎太郎に飛びつく。
「っ! ど、どうした」
さすがの虎太郎も動揺する。
「頑張ってね。リサの王子様」
「頑張りますよ。恥ずかしいし、陰口が悪化するから離れてくれ」
リサは離れる。
「ひど~い。こんな美少女に抱きつかれる人なんて虎太郎くんぐらいなんだからね」
「自分がどう見えてるか自覚があんだな」
「まあね。どっかの謙遜黒崎くんとは違うんだよ~」
「はっ、あいつはな。お前、あいつの近くにいるんだから、あいつに自信持たせてやれよ」
「無理だよ~。それに、黒崎くんの自信の無さは虎太郎くんも原因なんだからね~」
「は? どゆこと?」
虎太郎は首を傾げる。
「わからないんだ。まあ、いっか。うん。できるだけ黒崎くんに自信持ってもらうようリサも努力するよ。そうだな~、全校生徒の前で演説してもらおうかな~」
「そういうのはやめてやれ。あいつ、生徒会演説でも冷や汗垂らしまくってたからな」
虎太郎は夏休み前に行われた生徒会長選挙を思い出す。生徒会長に立候補していたのはリサだけで、狐人を含め、生徒会役員立候補者は他の役職を希望していたから実質、形だけの生徒会長選挙演説だった。
そんな形だけの生徒会演説でも狐人は脚を震わせ、声を震わせ、冷や汗だらだらで噛みまくり、演説をしていた。
うん、やっぱりあいつに生徒会長は荷が重すぎるなと虎太郎は心の中で笑う。
「そっか~。じゃあ、どうやって自信持たせてあげたらいいかな~」
「褒めてやれよ。それだけでもあいつ喜ぶから」
「ほんと、黒崎くんのことわかってあげてるんだね。でも、全部はわかってない」
「ま、そりゃそうだろ。……あいつだってオレのこと全部わかってるわけじゃないだろうしな。とにかく、オレたちで精いっぱいあいつを応援してやろうぜ」
「リサと虎太郎くんで黒崎くんに自信を持たせてあげよう!」
リサは笑顔で言う。
「そうだな」
きっと狐人は芽衣と結ばれれば今よりももう少し自信を持てるだろうと虎太郎は思う。だからこそ、狐人の背中を押してやらないといけない。
今の自分は狐人のおかげで成り立っているのだから。
「じゃあ部活頑張ってね!」
「おう、今日は応援してくれねえのか?」
「今日は野暮用があってね~。そういう訳だからまたね!」
「おう、またな!」
そう言ってリサは足早にサッカー場を後にした。
さてと、色々と頑張りますか、と虎太郎は笑みを浮かべた。
× ×
着信音が鳴った。
ソファで眠っていた狐人は着信音で起こされ、電話に出る。
「もしもし」
『狐人! 今どこにいる?』
「うん? 生徒会室だけど」
狐人は生徒会室にある時計を見やる。18時半。
『そうか! まだ学校にいたか。ちょっと協力してくれ!』
「どうしたの?」
『ネックレスがなくなった!』
「なんだって」
狐人はソファから起き上がる。
『部活中に落としたんだと思う! すまん! 探すの手伝ってくれ!』
「わかった。すぐ行く」
通話を切り、狐人は走り出した。
狐人がサッカー場に着いた頃、サッカー場で虎太郎が四つん這いになり、必死になって探していた。
他のサッカー部員はもう帰って誰もいなかった。
狐人は虎太郎に駆け寄る。
「虎太郎!」
「ああ、狐人! マジでやばいんだ! あれだけは! あれだけは失くしちゃいけねえんだ!」
虎太郎にしては珍しく狼狽していた。
「いつまで付けてたとかわかる?」
「わかんね。ずっと付けてっから。部活する前なのか後なのかもわかんねえ! でも多分、落とすとしたらめっちゃ動いてる部活中だと思うんだよ」
「そうだね。もう暗い。他の部員には協力してもらわなかったの?」
「オレの都合だからな。みんな帰らせた」
「いつなくなったって気付いたの?」
「部活が一段落して部室棟のシャワーを浴びてたときだ」
「ということはやっぱり部活中の可能性が高いね。わかった。僕はどこから探したらいい?」
「オレは左のゴールから探してっから、狐人は右のゴール辺りから探してくれ!」
「わかった!」
そうして1時間ほど虎太郎と狐人はサッカー場でネックレスを探し続けた。
それでも見つからなかったため、念のため落とし物として回収されていないか職員室に向かい、尋ねたもののネックレスはなかった。
「くそっ!」
「…………」
職員室を出て、虎太郎は叫ぶ。
「あれだけは……、あれだけは……」
「きっと見つかるよ」
「…………」
虎太郎は何も言わない。俯き、顔を歪ませている。
「とにかく今日はもう帰ろう。サッカー場に落としてるとは限らない。明日また一緒に探すから」
「…………ああ」
声にならないほどの返事をする。
そうして虎太郎と狐人は帰宅した。
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