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「ろりーたふぁんたじー」 第9話:屋台体験

「今日は体験学習をしたいと思います!」

 学校で勉強を始めて数日が経ったある日、先生は朝一番で笑顔を振りまきそう言った。

「体験学習、ですか?」

 今までは教室で勉強をするか、体育といって外で遊ぶようなことをしていたのだが、今日はいつもとは違うことをするみたいだ。

「はい! みなさんには屋台で働いてもらいます」

 屋台。学校に来る前の道中に見る、商売をしているお店のことだ。

「どうして屋台の体験学習なんてするんですか?」
「今の世の中ではお買い物によって世界がまわっています。そしてお買い物に必要なお金が存在します。みなさんにはそのお金に触れてもらい、今の世の中を知ってもらいます」
「なるほど」

 私が生まれる前の魔界ではお金という概念が存在していなかった。成果に見合った報酬を食料や領地、建築物を与えるという形で流通を行ってきた。しかし今の国、魔界ではお金が流通の手段、道具になっている。

 私たちが今後、後継者として政治を行ってゆく上でお金の仕組みを知るのは必要不可欠だ。屋台の体験学習によってお金の動きを知るというのは良い勉強かもしれない。

「屋台ってなにすんだ?」
「力づくでお金を取ることよ」
「いっぱいご飯食べられるのかなぁ」
「……色んな人と触れ合うってことですよね。私にできる気がしません……」

 カエン、フウラ、サンネ、リンコがそれぞれ考えを言う。

 この4人が住む風林火山の地は国においても重要な貿易地になっている。つまり、多くのお金が動いているということだ。これは後継者育成にとって良い経験になるだろう。

「サティちゃん、楽しみだね!」

 隣の席に座るヒイラが私に笑みを向ける。

「うん。でも、リンコの言う通り色んな種族を相手にするんだよね。人間とも。私にできるかな」
「サティちゃんは優しいからきっとできるよ!」
「売買に優しさは関係あるのかな……」

「実は関係あるんですよ」

 先生が言う。

「どういうことですか?」
「同じ物を売っていたとしても、優しい人が売っている物の方が買いたいと思いませんか?」

 たしかにそうだ。敵意を持っている人類よりも、友好的な人類の方が信頼できる。

「物の売買は信用に基づいた制度なんですね」
「相変わらずサティは難しい言葉ばっか使うな」
「覚えたての言葉を使いたいお年頃なのよ」

 年下のフウラの言葉にカチンときたが、ここは黙っておこう。優しさが大切なんだ……。

「それではさっそく行きましょうか!」

 先生の号令を機に、みんな移動し始めた。


「うぅ……怖くて何もできません」

 リンコが屋台の裏で座り込んでいる。

「そ、そうだね」

 学校の前にある屋台にそれぞれ2人1組になり、3つの屋台にわかれた。

 私のペアはリンコ。人見知りなリンコと、未だに人類に対して不信感を抱いている私にとってお客さんと触れ合うという行為は難しかった。

 他のペア。カエンとヒイラの様子を見る。

「らっしゃーい! 良いもん売ってるぞ!」
「いらっしゃいませー! よってらっしゃい見てらっしゃい!」

 ふたりは屋台の下で元気に接客をしている。そのふたりの前には客が何人も来ている。

 もうひとつのペア。サンネとフウラの様子を見る。

「う~ん、おいひい」
「たしかに美味しいわね」

 ふたりとも屋台の食べ物を食べている。いいのだろうか。しかしなぜかふたりの屋台の前にも客は来ている。どういう仕組みなんだろう。

「ほらふたりとも! 他の子たち見習って元気にやってくれよ!」

 私たちの屋台の店主、人間のおじさんが私たちに言う。

「……リンコ、頑張ってみよう」
「は、はいぃ」

 私は、委縮し座り込んでいるリンコの手を取り、屋台のもとへとふたりで立つ。

「い、いらっしゃいませ……」
「…………ませ」

 誰も客は来ない。

「元気ねえな! もっと声張って!」

 おじさんが私たちに大声で言い放つ。

「おじさん」

 私はおじさんに話しかける。

「ん? どうした?」
「どうして大声を出すとお客さんが来るんですか?」
「そりゃあ、声出さなきゃ誰も振り向いてくれないからだよ。どんなに良いもん売ってても誰も見てくんなきゃ買ってくれねえ。だからまずは注目されるのが大切なんだ」
「なるほど」

 だから大声を出しているヒイラとカエンのもとには多くの客が集まっているのか。

「じゃあどうして店の食べ物を食べている子たちのもとにも客が来るんですか?」

 フウラとサンネを見ると、売り物の食べ物を食べながら接客している。

「そりゃあ、旨そうに食ってたら、そんな旨いもんが売ってんのかと注目されるだろ?」
「なるほど」

 そうやって注目を浴びる方法もあるのか。天然なサンネとフウラはたぶん、意識してやっているわけではないだろうけど、ふたりの個性を活かした手法だ。

 じゃあ私とリンコにできる手法ってなんなんだろう。きっと先生はわざと消極的な私とリンコをペアにさせた。きっと、私たちなりのやり方があるはずなんだ。

 私たちはとてもじゃないが、ヒイラやカエンのように大声を張る度胸はない。かといって店の食べ物を食べようなんてそんな大胆なこともできない。

 じゃあ、私たちにできることは――

「リンコ、良い案が思いついたよ」
「な、なんですかぁ」
「お店にあるりんごを手に取って」
「は、はい」

 リンコは私の言う通り、屋台のもとにあるりんごを手に取った。

「魔術でりんごを増やしたりはできる?」
「で、できます、けど」
「それをやってみて」
「はい」

 リンコはりんごを両手に持ち、光らせる。そしてまったく同じりんごを生成する。リンコの両手にはふたつのりんごがある。

 さすがは林の国の後継者だ。すごい能力。

「面白そうなことしてるじゃない」

 道を歩いている人間のおばさんが私たちの屋台の前で立ち止まり、興味を持った目で私たちを見る。うん、良い調子だ。

「ダークカット」

 私は手を前に差し出し、魔術を発動させる。リンコが両手で持っている林檎の皮を闇のカッターで剥き、そして食べやすい大きさに切り刻む。

「う、うわぁ」

 リンコは驚きの声を上げる。しかし驚きの声を上げたのはリンコだけではなかった。

「すごいわねぇ。まるでマジックね。ひとついただいてもいいかしら?」
「はい、どうぞ。リンコ、1個渡して」
「……ど、どうぞ」

 おばさんは切り分けられた林檎のひとつを手に取り、食べる。

「美味しいわぁ。それじゃあこの林檎、2個買おうかしら」
「あ、ありがとうございます」

 私は焦りながらも、屋台に置いてあるふたつの林檎を袋に入れ、おばさんに渡す。

「ありがとねぇ。それじゃ20ゴールドね」

 おばさんは財布から金貨2枚を取り出し、それを私は受け取る。

「ありがとうございました」
「……ました」

 私とリンコはふたりでおばさんに頭を下げる。
 しばらく頭を下げたところで屋台の店主が私たちの肩を叩いた。

「やればできるじゃねえか! その調子で頑張ってくれよ!」
「はい」
「は、はいぃ」

 そうだ。私たちには私たちのやり方がある。

 商売にも色々なやり方があるんだ。興味深い。こうしてお金が動いているんだ。
 私は手に持っている金貨2枚を見て、笑みがこぼれる。

「見てよリンコ、私たちの力で手に入れたお金だよ」
「や、やりましたね」

 リンコもはじめて、屋台に来てから笑顔を見せた。

「じゃあこの調子で私たちなりに頑張ってみようか」
「はい。その……ありがとうございます」
「え、なにが?」
「こんなわたしのためにここまでしてくれて」

 リンコは俯いている。

「こんな、なんて言わないでよ。リンコは立派な魔族だよ。もっと自信を持って」

 リンコが顔を上げる。

「……サティさんは、優しいですね」
「そ、そんなことないよ」
「いえ、優しいです。こんなわたしを褒めてくれるなんて」
「また、こんな、って言った」
「す、すみません!」
「そういう謙虚なところはリンコにしかない長所だよ。とても素敵だと思う」
「あ、ありがとうございます!」

 リンコがぺこぺこと頭を下げる。

「頭も下げないでよ。私たち、友だち……なんだから」

 慣れない言葉を言って少し顔があったかくなる。

「……友だち」
「友だちだから、一緒に頑張ろう?」

 私は努めて笑顔をリンコに向ける。

「はい!」

 リンコは笑顔で返事をしてくれた。私はそれを見て、自然と笑顔になれた。
 それから私たちは魔術を使った、私たちなりのやり方で何個か商品を買ってもらった。
 他のペアに比べたら少ない金額だったけど、それでも私とリンコは喜び、ふたりで褒め合った。

 自分たちで頑張ってお金を稼ぐのってこんなに楽しいものなんだなって思えた。

 そして、友だちと一緒に頑張ること自体が、お金以上に大切なことだと学べた。

 今日のことも、お母様とお父様に自慢してみよう。
 きっと、褒めてくれるだろうな。
 
 屋台の体験学習は終わり、屋台のもとでリンコとともにご飯を食べ、今日の授業は終わった。


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