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「赤い糸を盗る」 エピローグ

9月9日。朝7時20分。
今日は雲一つない晴天だった。

「ふぅ」

 狐人はベッドで寝転がる。

 狐人は昨日返ってきた直後、自室に付けられている盗撮、盗聴器をすべて外し壊した。

 まったく、いつの間にこんなに付けたのだろうか。というか、どうやって付けたのだろうかと狐人は呆れる。

 呆れたまま、芽衣に認識されないように虎太郎と竜美の運命のネックレスを捨てた。
 狐人はメッセージアプリを開き、芽衣と竜美にメッセージを送る。

『絶対に許さない』

 うん、上出来だ、と狐人は感心する。

 これで芽衣は狐人を刺したのは竜美だと思う。

 一方、竜美は狐人を刺したのは芽衣だと思う。


 狐人は子猫、リサ、凪砂にメッセージを送る。


『また学校で再会するまで、危険だから病院には来ないで』


 メッセージアプリの履歴を確認する。履歴には――

『警告です。これ以上、黒崎狐人に近づく者は殺します』

 という文章はない。誰にも脅しをしていない。

 子猫、リサ、凪砂、竜美。全員と関係を清算しないと芽衣は納得しない。

しかし、狐人は清算するつもりはない。これからも関係を続けてゆくつもりだ。

 子猫、リサ、凪砂、竜美、芽衣。

 たった5人。これぐらいなら狐人にとってはコントロールできる範疇だった。だから昨日、芽衣にはメッセージを送ったと嘘を付いた。

 嘘だ。

 狐人は中学の頃、逆恨みで刺されたりなんてしていない。

 嘘だ。

 中学の頃、本気で自分を想っていてくれた人間になんて刺されていない。


 狐人は他人に・・・刺されてなんかいない。


 自分で刺したのだ。


 虎太郎は逆恨みで狐人が刺されたと思っており、そのことに罪悪感を抱いているが、そんなの的外れだった。

 芽衣に『絶対に許さない』というメッセージを送る。まるで狐人のスマホを使って竜美が送ったかのように。

 そうすれば芽衣は勘違いをする。

 竜美と虎太郎の運命を邪魔し、騙したことを竜美が恨んで狐人を刺したと。

そうなればネックレスのことなんてどうでもよくなる。

 狐人が刺されている時点で竜美が虎太郎を想っていると芽衣は錯覚するはずだから。

 それによって、狐人と竜美の関係が消えたと芽衣に思わせられる。


 同様にして竜美に『絶対に許さない』というメッセージを送る。


 まるで狐人のスマホを使って芽衣が送ったかのように。

 そうすれば竜美も勘違いをする。


 中学の頃同様、逆恨みで芽衣が狐人を刺したと。

 そうなれば芽衣は虎太郎に気があると竜美は錯覚するはずだから。

 それによって、狐人と芽衣の関係がないと思わせられる。

 これだと芽衣、竜美が互いに手を出す可能性もある。だが――

『ま、大丈夫だから。心配しないで。もし僕に何かあってもその人に手を出しちゃダメだよ。一緒にいられなくなっちゃうから』

 これは竜美との約束。

 もともといざとなったときに依存関係を断ち切るための伏線にしておいたがちょうどよかった。

『そのネックレスをふたりに返す。それでチャラ。まあ桜さんの言う通り、銀杏さんには恨まれて、もしかしたら中学のときみたいにまた刺されるかもしれないけど。
 ま、僕に何かあっても手を出しちゃダメだよ。それじゃあキミを庇った意味がなくなっちゃうからね』

 これは芽衣との約束。

 狐人は信じている。

 愛し合っている仲ならきっと、だからこそこの約束は守るはずだと。ともに一緒にいたいと想うからこそこの約束は破られないと。

条 件は整った。

手を伸ばすとふと、黒雨が止み、太陽の光が差し込んだ。そこには黒い過去だけじゃない。

 輝いた過去があった。輝いたべつの今があった。

 虎太郎と竜美がふたりで笑いあい、狐人は芽衣の深い愛情に辟易としながらも嬉しく、愛し合っていた。

 狐人は虎太郎と馬鹿なことをやり、先生に怒られて、ふたりで責任を擦り付け合って、芽衣に止められていた。竜美はそれを見て微笑む。


「僕の愛は絶対に間違っていない」


 ベッドの上に涙が落ちる。


 思い出す。

 虎太郎の架け橋になる人生を。


それが今では架け橋じゃない。子猫、リサ、凪砂、竜美、芽衣。こんな素敵な女の子たちに囲まれている人生。これこそが、幸せというやつなんだよと狐人は自分に言う。

 狐人は噛みしめる。

 家の前にはさきほど呼んでおいた救急車が到着した。

 みんなの笑顔を思い出し、目を瞑る。


 そして狐人はナイフを持ち――


「――――みんな、愛してるよ」



 己へと振るう。





 朦朧とした意識の中、スマホの通知音が鳴った。

 画面を見ると――――




『『『『『すべてわかってる』』』』』


 子猫、リサ、凪砂、竜美、芽衣。

 5人からのメッセージだった。




 黒雨から守ってくれる数々の手は狐人から離れ、狐人は黒い深海の中へと沈んでいった。

 たったひとり、黒に侵食されてゆく。

 狐人の目の前は真っ暗に、真っ黒に染まっていった――――。



 そうして世界は、黒になった。


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