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「赤い糸を盗る」 第9話:ナイスアシスト

 9月2日。

 昼。4時間目の体育。体育館。今日はA組とB組の2クラス合同で男子はバスケットボール、女子はバレーボールをしていた。

「狐人!」
「オッケ!」

 狐人は走ってきた虎太郎にボールをパスする。虎太郎はボールを取り、そのままレイアップシュートをしてゴールにボールを入れる。歓声が鳴る。

 その歓声にはリサの声が混ざっていた。

 ちなみに体育館は奥と手前にそれぞれ男子と女子で別れており、奥が男子側、手前が女子で、女子はバレーボールをしている。している、のだが、

「虎太郎く~ん! かっこいい~!」

 リサはそんなことお構いなしに虎太郎の試合を見ていた。しかもリサだけではなく多くの女子生徒が試合を見ていた。

 バレーボールをしているのはごく一部の生徒だけで、その生徒たちはただただ真面目にバレーボールに取り組んでいる。

「虎太郎」
「狐人! おっとと、なんだよ」

 ふたりでハイタッチをする。そしてそのまま狐人は虎太郎の手を掴む。

「恰好つけさせてくれないか?」
「どうした急に? あ~、桜な」

 狐人は視線を横に移す。リサの隣には芽衣がにこにこと楽しそうにこちらを見ている。

「かっこいいところを見せたい! さっきから僕がアシストになってるから虎太郎がアシストして!」
「いやだってなんかお前、司令塔みたいな立場になってるじゃん。なに? 立場変わってほしいのか?」
「うん!」
「しゃあねえな。とりあえずディフェンスすっぞ」
「了解」

 狐人は闘志を目に燃やし、敵チームを見やる。そのやる気のまま狐人は駆け出し、相手のパスを阻止し、ボールを奪う。

「狐人!」
「オッケ!」

 フリーになっている虎太郎に狐人はボールをパスする。そしてそのまま虎太郎は再びレイアップシュートでゴールにボールを入れる。

 歓声が鳴る。

「虎太郎!」
「おお、狐人。ナイスディフェンス&パス」

 虎太郎は笑ってハイタッチを狐人に向ける。

「違あああう! 僕にゴールを決めさせてと言っているんだ!」
「いやだって今のが最善手だっただろ」
「たしかにそうだけど! わかった! もう僕ゴール下にいるから! ディフェンスしないから! そっちでディフェンスをして僕にボールを渡して!」
「もう自棄だな。わあったよ。その代わりちゃんとゴール決めてかっけえとこ見せろよな」
「もちろん!」

 敵チームの生徒がボールをバウンドさせる。狐人は敵陣のコートに立ち、ディフェンスを放棄しひとりで鎮座している。

 5対4の状況でも虎太郎がなんとか敵からボールを奪う。

「狐人!」
「うん!」

 虎太郎が自陣から思い切りボールを投げる。

 ボールは物凄い勢いで狐人に飛んでくる。狐人の運動神経は決して悪くない。むしろ良いほうだ。しかし、その能力を凌駕するほどの勢いの良いボールが飛んできた。

「ちょっ!」

 狐人が両手と胸でキャッチしようする。

「ぶはぁ!」

 顔面でボールを受け止めてしまった。そのまま狐人は吹っ飛び倒れる。

「狐人! 大丈夫か!? って、鼻血出てんじゃねえか」
「虎太郎、この野郎! ちゃんとパスしろよぉ!」

 狐人は鼻血などお構いなしに立ち上がる。

「大丈夫?」
「え、あ、」

 狐人が隣を向くと、心配げに狐人を見つめる芽衣がおり、ポケットティッシュを渡してきた。

 狐人はティッシュを受け取り、鼻を押さえる。

「念のため保健室行こう?」
「あ、えと、う、うん」

 芽衣は狐人の手を取り、歩き出した。狐人は何が何だかわからない様子で顔を真っ赤にしたまま連れられる。狐人は虎太郎に顔を向ける。

 虎太郎は親指を立てていた。

「オレ、ナイスアシスト!」

――くそっ、まあ、今回は許してやろう!
 そのまま狐人は芽衣に連れられ体育館を出た。

 バレーボールを真面目に取り組んでいる生徒のひとり、竜美がそれを見やる。

「本当にあんなのが私の役に立つのかしら……」

 竜美はため息をついた。


「大丈夫?」
「あ、うん。そこまでひどくないから」

 保健室。ちょうど保健室の先生がおらず、芽衣が鼻につける小さな湿布を作り、狐人に貼った。

「すごかったね」
「え、なにが?」
「バスケ。ふたりとも上手くてすごいな。わたしは全然運動できないから羨ましいよ」
「いや、僕は全然。シュート決めてたのはほとんど虎太郎だったし」
「でもほとんど良いところに黒崎くんがパスしてたでしょ?」
「え、そ、そうかな」
「ちゃんと黒崎くんを見てるのです」

 芽衣は腕を組み、鼻をふふんと鳴らす。

「……次は、もっとかっこいいところ見せられたらいいな」
「十分かっこいいよ」
「え」

 芽衣が微笑む。

「みんな魚金くんばかりに目が行ってるみたいだけど、黒崎くんも運動神経抜群で、見ててかっこいいよ」

「ぼ、ぼ、僕は――」

「だから、もっと黒崎くんは自分に自信を持っていいと思うよ」
「……自信?」
「なんだか黒崎くんって何でもできるのになんか自信なさげというか、一歩引いてるよね。大和なでしこみたい」
「なにそれ」

 つい狐人も笑みがこぼれる。

「奥ゆかしいというか、ま、そういうところ良いと思うけどね」
「~~~~っ!」

 狐人は何も言えず、顔を真っ赤にすることしかできなかった。

「黒崎くんは、好きな人とかっていないの?」
「え、きゅ、急だね」
「気になってさ。まさか本当に魚金くんのことが好きなわけじゃないでしょ?」
「あいつはハエ」

 芽衣は笑う。

「言い過ぎ。で、実際どうなの? わたし的には転校生ちゃんに一目惚れしてそうな感じだったけど」
「ああ、銀杏さんね。全然そういうのじゃないよ」
「そうなんだ。でも、魚金くん言ってたから気になっちゃって。黒崎くんは魚金くんとはべつに好きな人がいるって」
「あのさ、虎太郎が好きなの前提なのはなんとかならない?」
「事実は事実なのです。それで、実際どうなの?」

 ニヤニヤとしながら芽衣は狐人を見つめる。

「……そ、そういう桜さんはどうなの?」
「え~わたし~? わたしのことはどうでもよくない?」
「ど、どうでもよくないよ!」
「おお、びっくり。そんなに気になる?」

 狐人の少し大きな声に芽衣が驚く。

「ご、ごめん。でもやっぱりほら、僕だけ聞かれるのはその、フェアじゃないでしょ?」
「うむ、たしかに。それじゃあさ、じゃんけんしようよ」
「じゃんけん?」
「うん。負けた方が恋愛事情を話す。それでどう?」
「わ、わかった」

 もしこれで勝てば芽衣の恋愛事情を知れるかもしれないと狐人は右手に力を込める。

「それじゃあ、いくよ。じゃんけんぽん」
「ぽん」

 芽衣はパーを出し、狐人はグーを出した。
 狐人の視界は白黒の世界に変わった。

 終わった。

「あ、わたしの勝ち~。それじゃあ、遠慮なく」
「えっ」

 芽衣は狐人の耳元に近寄り、囁く。

(誰が好きなの?)

 あまりの過激な行動に狐人の脳がオーバーヒートする。

「ぼ、ぼ、ぼ! 僕は好きな人がいるけど、言えない! そ、その、事情があって!」
「事情? わたしに知られちゃまずいの?」
「う、うん」

 さすがにこの場で狐人が芽衣に告白することはできなかった。

「なーんだ、つまんないのー」

 芽衣は口を尖らせる。

「ご、ごめん」
「謝らなくていいよ。事情があるなら仕方がないのです。でも、その事情って一体なんなんだろう」
「そ、それは……」

 じゃんけんで負けた建前何か言わなければならないと狐人は思ってしまった。

「それは?」
「ちゃんと、した感じで、知ってほしいから」
「えーどういうこと? 彼女ができたら自慢してくれるみたいな感じ? 感じ悪~い」

 芽衣は悪戯な笑みを浮かべる。

「さ! 桜さんは好きな人いないの!?」

 狐人は前かがみになり問う。

「え~、じゃんけんで勝ったのに言わないといけないの?」
「あ、ごめん。やっぱ、気になっちゃって」
「気になるんだ?」
「そ、そりゃ、ほぼ毎日話してて、なんか、その、彼氏とかいたら問題あるかなと思って」
「じゃあ衝撃の事実です」
「え」

 芽衣は片目を瞑り、人差し指を立てる。
 どんな答えが返ってくるのだろうかと狐人は構える。

「わたしには実は彼氏が――」
「か、彼氏が……」
「いませーん! 衝撃だった?」
「ああ、そっか」

 狐人は心の底から安堵して、適当な返ししかできなかった。

「えー、まったく驚きがないっていうのも失礼だなー」
「ごめん! そういう意味じゃないんだ! なんか、その、桜さんは高嶺の花みたいな感じだから、彼氏がいるとか想像できなくて」

 というよりは、いてほしくなかったというのが狐人の本音だ。

「わたしが高嶺の花って。高嶺の花なのはむしろ魚金くんと黒崎くんでしょ?」
「ぼ、僕も?」
「うん。見た目もかっこいいし、文武両道で、性格も柔らかくて優しい。ほら、高嶺の花でしょ?」
「僕は全然見た目、良くないよ……」

 そう言って狐人は前髪に触れる。

「その髪、気にしてるの?」
「う、うん。この髪、っていうのうは実際のところ言い訳なんだけど、その、僕は、昔から振られてばかりだから」
「へえー、黒崎くんってけっこう恋多き乙女なんだね」
「乙女じゃないけどね?」
「でもそっかー。黒崎くんに告白される子は羨ましいなー」
「え」
「こんなに優しい人と付き合ったら幸せだと思うけどなー。なんかちゃんと、いつまでも優しくしてくれそう」
「う、うん。優しくする。絶対に!」

 だから付き合ってください! なんて言えたら、今の自分にはなっていないんだろうなと狐人は憂う。

「それじゃあきっと、傍にいてくれる子は幸せだね」
「幸せに、したい」
「ほんと、そこまで想ってくれるなんて、その人が羨ましいなー」
「……もし、そういう感じの彼氏だったら、その、重いかな」
「全然そんなことないよ! 嬉しくて、とても幸せだと思うよ」
「そ、そっかな」

 自分の気持ちが重くなくちゃんと受け止めてくれるのだと思うとつい、狐人は嬉しくなってしまった。

 ちょうどそのタイミングで鐘が鳴った。

「あ、授業終わっちゃったね。このまま教室に戻ろうか」
「うん。あ、治療、ありがとう」
「治療ってほどじゃないけどね。それじゃ、これから一緒にご飯だよ~。なんだか今日はいっぱい話せるね」
「う、うん!」

 狐人は舞い上がったまま芽衣と保健室を後にした。


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