見出し画像

「ろりーたふぁんたじー」 第10話:林の国

 今日は学校が休みだ。学校がない日は戦闘訓練と勉強、昼寝をしていたが今日は違った。

 今日は用事があった。

「おはよう、リンコ」
「あ、サティさん。おはようございます」

 今私がいる場所は林の地。森の前にリンコは立っていた。

 屋台の体験学習のお礼がしたいとのことでリンコに招かれたのだ。どうやら、今は森で様々な種類の山菜が採れるらしい。

 その採取で好きなものを持ち帰ってもいいと言われた。最初は恐縮して断ろうと思ったが、これがリンコなりの優しさだと気づき、このお誘いに乗った。

 林の地には今まで行ったことがなかったので興味もあった。

「サティちゃん、楽しみだね!」
「うおー! 木がいっぱいだ! 先がなんも見えねえ!」
「燃やせば見えるんじゃないかしら」
「久しぶりに来たぁ」

 ヒイラが私に呼びかけ、カエン、フウラ、サンネがそれぞれ感想を言っている。

 今日も相変わらずみんなと一緒だ。屋台の体験学習が終わった後、学校で私とリンコが話しているところをカエンが興味津々に話に入ってきて、そこからみんなで行くことになった。

 リンコは嫌がらず、むしろなぜか恐縮していた。

「楽しみだね。サンネは来たことあるの?」

 私はサンネに尋ねる。

「うん、山の地と林の地は近くて、前はよく遊びに来てたんだ~」
「そうなんだ」

 たしかにリンコは人見知りにも関わらず、サンネとじゃんけんをしたりしていた。もともと仲が良かったんだ。

「み、みなさん。今日は来てくれてありがとうございます。楽しんでもらえると……いいんですが」

 リンコが尻すぼみに言う。

「大丈夫だよリンコ。みんなと一緒にいればきっと楽しいよ」
「は、はいぃ」

 尚も委縮しているリンコはそれでも、みんなに山菜採りの準備を始める。

 軍手と背中に背負うかごを受け取った。

「あれ? あれ?」
「どうしたのヒイラ?」

 私が準備を整えた後、ヒイラが何か戸惑っている。

「上手くかご背負えなくて」

 そう言ってヒイラは頑張ってかごを背負うとしているが、すでに背中に背負っている剣が邪魔で上手くかごを背負えないでいた。

「剣置いてくればよかったのに……」
「ダメだよ! 勇者は常に勇者の剣を持っていないと! それが勇者のつとめだから!」
「そういうものなの……?」

 戦闘するわけでもないのに持っている必要があるのだろうか。というかそもそも、その剣、偽物だし。

「そういうものだよ! お風呂以外はずっとそばに置いてるんだから」
「お! 風呂の話か?」

 カエンが話に食いついてきた。

「カエンはお風呂が好きなの?」

 私は首をかしげる。

「好きもなにも風呂は火の地で作ってるものだからな! 今度、来いよ! とびっきりの風呂に連れてってやるからよ!」

 とびっきりのお風呂とはなんだろうか。

「あなたの地のお風呂は熱すぎるのよ」
「ああ!? それはフウラの根性がないだけだろ!?」
「フウラはそのお風呂に入ったことあるの?」
「ええ。火の地と風の地は貿易が盛んだから。行くこともあったのよ」

 そっか。もともとカエンとフウラも仲が良かったんだ。

「うんしょっと、なんとかできた」

 ヒイラが時間をかけてやっとかごを背負うことができたみたいだ。リンコがその様子を見て口を開く。

「そ、それでは行きましょう」

 6人でおー! 掛け声をし森に入ってゆく。


「うおっ! なんだ!? 小せえなんかが飛んでるぞ!」

 森に入ってすぐ、カエンの前に小さな光が横切った。

「あ、その方は林の地の門番の方です。こんにちは」

 小さな光は人型になり、小さな体で羽をはばたかせている。

「こんにちはリンコ様。今日はお友だちとご一緒ですか?」

 小さな人型、おそらくエルフの種族の一種だ。こんな小さなエルフもいるんだ。

「はい、山菜採りをみんなとしようと思って」

 リンコはいつものおどおどした感じではなく、普通に話している。

「そうですか。それでは、みなさんお楽しみください」

 小さなエルフは私たちに頭を下げ、再び光となりどこかに去って行った。

「すごいわね。あんな小さなエルフもいるのね」
「はい。むしろ、林の地では小さな方が多いんですよ」
「みんな小っちゃくてかわいいよねぇ。あ! おいしそうなもの発見!」

 サンネが木のもとでしゃがみ、キノコを見つめている。

 私はそのキノコに近づく。キノコはあまり好きじゃない。

「これ、食べられるの?」
「食べられますよ。採っていきましょう」

 リンコは笑顔で言う。いつもよりも少し楽し気だ。

「お! 木の上になんかあるぞ!」

 今度はカエンが声を出し、木の枝に付いている木の実を指さす。

「あれも食べることができますよ」
「よし! じゃあ採るぞ! サティ! ヒイラ! サンネ!」
「なに?」
「どうしたの?」
「なぁにぃ?」

 カエンが私たちに声をかける。

「肩車だ! オレを乗せろおおお!」
「えぇ……」
「楽しそう!」
「食べ物のためなら!」

 私は露骨に嫌アピールをしたものの、カエンは取り合わず、ヒイラとサンネは楽し気だ。
 仕方なく私は協力することにした。

 まずは私の上にサンネを乗せる。次にヒイラを乗せる。そしてヒイラの上にカエンが乗る。

「うぅ……重いよー」

 ヒイラが体を震わせながら言う。

「ヒイラ! 根性だ! よし、あともうちょっと!」

 カエンが木の実に手を伸ばす。あと少しだ。私はなんとかバランスを保つ。

「美味しそうね」

 カエンが木の実を取ろうとしたところ、フウラが空を飛び楽々と木の実を手に取った。

「あ! フウラずりいぞ! それはオレのだぞ!」
「ちょ、カエン!」

 カエンがフウラから木の実を奪おうと必死に体を動かす。バランスが崩れる。

「もう無理ー!」

 ヒイラが限界に達したこともあり、肩車は崩れた。私もバランスを崩し、倒れる。

「いってえ! おいコラ! フウラ! よこせよ!」
「欲しいのなら自力で取ってみなさい。ほら! ほら!」
「待てぇー」

 カエンとサンネはすぐに立ち上がり、空中を自在に飛んでいるフウラを追いかける。

「はぁ」
「いったたぁ」
「おふたりとも大丈夫ですか!?」

 体を起こしたところリンコが慌てて私たちに近づく。

「私は大丈夫だよ。ヒイラは大丈夫?」
「ちょっとすりむいちゃった」

 ヒイラの膝を見ると少し怪我をしてしまったみたいだ。

「あ、待ってください。今治癒します」

 リンコはそう言ってヒイラの膝の前に手を出し、光を発する。すると、傷は一瞬でなくなった。

「おー」

 私は傷を癒す魔術が使えないから、思わず感心してしまった。

「ど、どうですかヒイラさん?」
「すごい! 全然痛くない! なにそれ!? 魔法!?」
「あ、えと、エルフに使える魔術です」
「教えて教えて教えて!」
「ヒイラ、言ったでしょ。今のはエルフ特有の魔術なんだよ」

 私はヒイラの手を取り、立ち上がらせる。

「えー、じゃあ私にはできないの?」
「ううん、勇者の使う魔法に回復術はあるみたいだよ」
「そうなの!? いいなあ! サティちゃん教えて!」
「もう少し特訓してからね」

 ものすごく近い距離で目を輝かせているヒイラの頭に手を置き言う。

「おふたりはどうして訓練を行っているんですか?」
「立派な勇者になるため!」
「世界征服のため」
「せ、世界征服ですか!?」
「冗談だよ」
「え……?」

 リンコが涙目で私を見る。

「ごめんね。リンコの反応が面白そうでついからかっちゃった。私は世界征服なんて目指してないよ」
「そうだよ。サティちゃんは優しいからそんなことしないよ」

 私とヒイラはリンコに笑顔を向ける。

「じょ、冗談に聞こえませんよぉ!」

 リンコは私に向かってぽこぽこと手を当ててくる。

「ごめんごめん。でもね、みんなに付いてきてもらいたいと思ってる。それで、世界を守っていきたいと思っているんだ」

 それが大魔王サタン様、お父様の望んでいること。それが、私に求められている大魔王の形なんだ。

「……私は、サティさんには付いていきません」

 リンコは俯きながら言う。

「えっ、そんな」
「だって怖いんですもん」
「こ、怖くなんてないよ! いや、たしかにお母様は怖いけど……」

 お母様の恐ろしさを受け継いでしまったのだろうか。

「ふふっ、冗談です」

 リンコは顔を上げ、笑顔で言う。

「サティさんが優しいことは、私知ってます。だからきっと、サティさんなら世界を守ることができると思います。私もこの林の地を守りたいです。友だちを守りたいです。
 そのお手伝いができるなら、私、サティさんに付いていきたいです」
「リンコ」
「私にも大切なものを守ることができますか?」

 不安そうにリンコは私を見つめる。

「みんなでなら、できるよ」
「サティさんがそう言ってくれるなら、できそうな、気がします」
「それじゃあみんなで頑張ろう!」

 ヒイラが手の甲を差し出す。私はその手の上に手の甲を乗せる。

「ほら、リンコ」
「は、はい」

 リンコも恐る恐る手を差し出し、手の甲を乗せる。
「おー!」と掛け声をする。
 そうして3人で笑いあった。

 その後、山菜採りを続け、いっぱい採れた植物で料理を振舞ってくれることになった。
 大きな木造の家で6人が集まる。木でできた机と椅子に6人が座る。

「どうせなら鍋を作りましょう」

 リンコは笑顔で言う。

「鍋?」

 私は首をかしげ、リンコに問う。

「はい。大きな器に食材を煮込み、みんなで食べるものです」

 そう言って、リンコは鍋に大量の植物を入れてかき混ぜる。

「へえ、そんなものがあるんだ」

 うちではみんなで一緒に食べるという風習はない。というか、お父様と一緒の器で食べるなんて絶対にしたくない。

 しばらくリンコは鍋を煮込み、木でできた小さな器に食材をとりわけ、私たちの前に差し出す。中には多くの植物が入っており、キノコもある。

 私は目の前にあるフォークを掴み、キノコを刺す。

「はい、ヒイラ。キノコあげる」
「え、いいの!?」
「これも勇者としての特訓だよ。栄養のある食べ物を食べるのも体力づくりには必須だからね」
「そう言って、あなたがキノコを食べられないだけじゃないの?」

 フウラが笑みを浮かべて私に言う。

「なんだよー、嫌いならオレに寄越せよ!」
「サンネも食べたぁい」
「……サティさん、キノコ、嫌いなんですか?」

 リンコが物寂し気な目線を私に向ける。どこか瞳が潤んでいる気がする。

「そ、そんなことないよリンコ! た、食べられる……」
「よかったです。それじゃあ、お召し上がりください。まだまだいっぱいあるので」
「う、うん。それじゃあ、いただきます……」

 私はフォークに刺さったキノコを口の前まで運ぶ。

「頑張ってサティちゃん!」

 隣でヒイラが応援してくれている。
 ここで食べなきゃリンコが悲しむ。なんとしても食べないと。

 普段、うちでキノコが出てきたときは魔術でこっそり消しているのだが、ここまで見られていると魔術も使えない。私は意を決する。

 うぅ、臭い……。
 口に入れる前からキノコ特有の独特な匂いが鼻に通る。
 でも、食べないと!

 パクッ。

「うあっ」

 吐き出してしまった。

「サティちゃん!?」
「おいおいおいサティ! 大丈夫か!?」
「やっぱり苦手なんじゃない」
「ああもったいなぁい。サンネが食べるぅ」

 サンネが吐き出したキノコを取り、口に運ぶ。

 えぇ……よく食べられるな。
 いや、それどころじゃない!

「ご、ごめんリンコ! 嫌いとかじゃないんだ! 今日は調子が悪くって」
「仕方がないですよ。好き嫌いは誰にでもありますから」

 リンコは優しい笑みを浮かべ、ハンカチを私に渡してくれる。

「……ごめんねリンコ」
「いいんですよ。好きなものを食べてください」
「……ありがとう」

 私はハンカチで汚れてしまった周りを拭き、器に入っている食材に手を付ける。
 やっぱり他の物は食べられる。美味しい。

「サティちゃんにも苦手なものってあるんだね」
「意外だな!」
「大魔王の娘たる者が恥ずかしくないのかしら?」
「こんなに美味しいのにぃ」

 みんながそれぞれ私に言う。
 特にフウラの言葉はカチンときた。

「食べられるもん!」

 私は器に入っている他のキノコをフォークに刺す。

「サティさん、無理しないでください!」

 リンコが慌てた様子で手を振る。

「食べられるもん! 大魔王だもん!」

 私はキノコを口に運ぶ。

「うっ」

 またもや吐き出してしまった。

「負けず嫌いも大概ね」

 フウラは呆れた風にため息をついていた。
 結局、私はキノコを食べられず他のみんなが食べてくれた。


「ふぅ、腹いっぱいだ!」
「サンネはまだまだ食べられるよぉ」
「すごいなサンネ!」

 鍋はカエンとサンネが大量に食べて、私、ヒイラ、フウラ、リンコはそこそこに食べ空になった。私はじゅうぶんお腹いっぱいだ。

 若干今でもキノコの匂いがする中、私は気持ち悪くなり、机のそばにあるソファで寝転がっていた。

 食休みをしていると、ひとりの女性が私たちのもとにやってきた。私は立ち上がり、その女性を見やる。

「あらあら、みなさんご一緒で。ようこそ、林の地へ」
「あ? 誰だ?」
「普通に考えればわかるでしょう。敵よ」
「いやフウラ、普通に考えてリンコのお母さんでしょ」

 戦闘態勢に入るフウラの肩を私は掴む。

「リンコのお母さん、久しぶりだぁ」

 サンネが嬉しそうに声を上げる。

「お母さん! みんながいるときは出てこないでって言ったでしょ!」

 リンコが顔を真っ赤にして、お母さんを押す。

「いいじゃない。みなさん、これからもリンコをよろしくお願いします」

 リンコのお母さんはぺこりと頭を下げる。

「もうお母さん! 出ていって!」

 リンコはいつものおどおどした態度とは違い、敬語もない。当たり前と言えば当たり前か。
 私はリンコのお母さんの前に立ち、頭を下げる。

「サティと申します。いつもリンコにお世話になってます」
「あらあら、あなたがサティさん。リンコから聞きました。リンコに優しくしてくださったみたいで。この子、本当に楽しそうにサティさんのお話をしていたんですよ」
「そんなこと言わないでいいよ!」
「そ、そうなんだ……」

 私がいないところで私の話がされていることにドキドキしたが、楽しそうに話してくれているならよかった。

「これからもよろしくお願いしますね。サティさん、みなさん」

 再びリンコのお母さんはぺこりと頭を下げる。

「もう!」

 リンコは顔を真っ赤にしたまま、お母さんを部屋から追い出した。

 そっか。リンコは楽しそうに私の話をしてくれたんだ。少しは、信頼してくれたのかな。仲良く、なれているのかな。

「えへへ」

 私は笑みがこぼれた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?