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「How much are you?」 第26話:奇跡

 一週間後。
 仁は自宅でパソコンと睨みあっていた。
 その後、ふたりの個人株は900万まで上がっていた。
 残りのタイムリミットは――――

1分。
50秒。
40秒。
30秒。
 
「………………足りなかった。俺には、何もできなかった。救えなかった」

 残り100万。あともう少しだったのに。

 パソコンの画面を何度見ても900万という数字は変わらない。変わったとしても誤差だ。

 変わらない。
 結局、俺は人の夢を叶える手伝いができなかった。

 あいつの夢は潰えてしまった。俺の無力さで、夢は潰え、あいつの大切な存在を守りきることができなかった。

 俺は、何のためにバンカーをやってきたんだ。

「くそがあああ!」

 仁は部屋でひとり、叫ぶことしかできなかった。

「あいつは誰よりも頑張ってきただろ! どうして誰よりも頑張ってきた人間が報われないんだよ!」

 最初は単なる金目的で近づかれたと思っていた。
 しかし、あいつには誰よりも強い思いを持って、勇気を振り絞って俺に近づいてきた。

 不器用で才能はないけれど、毎日路上ライブをして、母のために、そして自分の夢を叶えるために必死になって努力してきた。

 選考のためにあいつと俺で観覧車に乗った。そこで改めてあいつの強い思いを実感させられた。

 俺は柄にもなく、他人を応援したいと思った。俺なりに本気で取り組み、そしてあいつなりに全力ですべてをやってきた。諦めず、無茶をしてきた。

 それにも関わらず、どうして現実はかくも残酷なんだろうか。

 自分よりもくるみちゃんの方が才能があると自覚していた。それでも自分で夢を叶えるために腐らず、全力で走った。

 上手くいくと思った。でも結局待っていたのは残酷な現実でしかなかった。

 あんな……あんなくだらない計画のせいですべてが失われる。あいつの思いも、あいつの大切な存在も。

 諦めず、強い希望と夢があるなら乗り越えられるはずだった。
 それでも、どうしても現実を変えることはできなかった。

 仁は下唇を強く噛む。鉄の匂いがした。

 仁は机に拳を振るう。おいていた眼鏡に拳が当たり、レンズは割れる。手から血が出ている。

 手に痛みなんてない。あるのは心の痛みだけだ。

 どうしようもない、小さな星の光がただただ遠くに離れてゆき、真っ暗な闇しかない。

 いくら手を伸ばしても、小さな星の光には届かない。
 どれだけ伸ばしても、眼前にあるのは闇だけ。

 伸ばす! 伸ばす! ただただひたすら光があった方へと手を伸ばす。

「頼む! 頼むよ!」

 この夢を叶えさせるのが、俺のバンカーとしてやりたかったことのすべてなんだ。

 これが俺が本当にやりたかったことなんだ! これが俺の心の底にあるバンカーとしての意地なんだ!

 親父とかどうでもいい。金なんてどうでもいい!
 ただ、あいつの夢が叶えばそれだけでいいんだ!
 何でもいい! 奇跡が起こってくれよ!
 俺とあいつのすべてをかけてやってきたんだ!

 10秒。
 9秒。
 8秒。
 7秒。
 6秒。
 5秒。

「あ、ああっ」

 時は進む。

 4秒。
 3秒。
 2秒。
 1秒。


「奇跡、起これよおおおおお!」


 0。

「………………………………終わった」

 唇から出る血も、手から流れる血も、ただ残酷に時を感じさせる砂時計の砂のようだった。
 時が進まなければ、あと少しでも待ってくれれば、叶ったかもしれないのに。

「くそっ!」

 再び、拳を振るう。パソコンの液晶画面に血が飛び散る。
 血塗られた画面を見つめる。
 

 1000万。


「………………え」

 仁はYシャツの袖でパソコンの液晶画面を拭う。


 総株資産『1000万円』


 どうなってんだ?
 強くパソコンを叩いて壊れてしまったのか……?

 仁が戸惑う中、スマホが鳴り出した。
 非通知と映されている。
 仁は恐る恐るスマホに手を伸ばし、電話を取る。


『やあ』


「?」

 どこかで聞いたことがあるような声だった。
 しかし、判別できない。

『もう忘れてしまったのかい? 悲しいな。僕だよ。聖城だ』
「っ! 聖城!? どうして俺の電話番号をっ」
『そんなことはどうでもいいことだよ。それより、見せてもらったよ。キミ達の夢の輝きを』
「なんのことだ?」
『まさか、成海瑠美菜をそのままアイドルにし、成海胡桃とユニットを組ませるなんてね。しかもユニット名はルミナス。うん、僕好みだ』
「お前の計画通りにはさせたくなかったんでな。だが結局…………」

『キミは何か勘違いをしてないかい?』

「なんだと」
『たしかに僕の計画はとん挫した。でもね、それでもいいんだ。僕は人の夢の輝きを見られれば、あの人に見せられれば、それでいいんだ』
「何を訳の分からないことを言っている」

 相変わらずつかめないやつだと仁は眉間に皺を寄せる。

『結局、900万止まりだったね』
「…………満足か?」
『目の前にパソコンがあるんだろう? よく見なよ』
「っ!」

 仁は勢いよくパソコンの画面を見やる。


総株資産『1000万円』


さきほど見た光景だ。
幻覚、じゃない?

『それは、僕からのプレゼントだよ』
「なに?」
『夢の輝きを見せてもらったお礼だよ。キミは僕を敵だと思っているみたいだけど、そんなことはどうでもいいんだ。本当に嬉しいよ! キミ達は僕の想像を越え、奇跡をおこしてみせた』
「? まさかっ!」
『お礼に100万は安すぎたかい?』
「お前が入金したのか?」
『そうだけど?』

 聖城は飄々と答えてみせる。

「お前は一体、何がしたいんだ?」
『何度も言っているだろう。夢の輝きがみたい。今回は成海姉妹の奇跡を見せてもらった。ありがとう』
「お前に礼を言われる筋合いはない」
『ははっ、まあいいさ。僕はキミにさらに興味を持った。だから、今後も夢の輝きを見せてもらうよ。そのためには、僕はキミの敵にも味方にもなるよ。それじゃ――』
「おい! まだ話は――」

 仁が電話口に叫ぶものの、通話は終了していた。
 
 聖城真白。
 結局、意味のわからない人間だった。

 それでも1000万は達成された。
 あいつは本当に、何がしたかったんだ。

 何度もパソコンの画面を見る。幻覚じゃない。1000万に到達している。

 届いた。届いたんだ。
 あいつの夢が叶うんだ。

「っ、はは、」

 仁はソファに倒れ込み、泥のように眠った。


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