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「転生したらVの世界に」 第1話:彼女

 とどろき霊亜れいあ

 一風変わった俺の名前は、ごく普通の親が名付けた。
 両親が普通だからこそ、子どもには特別であってほしいと思ったのかもしれない。

 そんな親の期待には応えられず、俺はごく普通の平凡な高校生になった。

 しかし、今はごく普通の平凡な高校生とはかけ離れていた。

 17歳。高校1年生。休学中。去年の夏休みから引きこもり、そのまま夏休みが明けた後も学校に行かなかった。そうして俺は家に引きこもり、ただ時間が過ぎ去ってゆく日々を過ごしていた。

 そんな俺の日々はふたつのルーティンがあった。

 昼夜逆転している俺は、夜7時に起床し、部屋の前にある夕飯を食べた後、ゲームをする。

 いわゆるFPS。一人称視点の銃撃戦だ。

 もともと俺と彼女が好きだったゲームで、よく一緒にプレイしていた。

 俺は彼女との繋がりを消したくない気持ちで、そのゲームをずっとプレイしている。

 エンジョイ勢だった俺でも、1年間毎日10時間以上プレイしたら、いつの間にかトップレベルになっていた。時々、SNSでスカウトもされるが、俺はその誘いを断っていた。

 飽くまで俺にとってこのゲームは彼女との繋がりを実感するためのツールに過ぎない。

 もうひとつのルーティンは動画配信の視聴だ。

 世界で一番有名な動画投稿プラットフォーム『ウィーハウス』。ウィーハウスは多種多様な動画が投稿されている。その中でも俺が見ているのはバーチャルライバーの動画配信だ。

 バーチャルライバ―とは、実写の人間とは違い、アニメのキャラクターが動いている。俺も仕組みを詳しく知らないが、きっと、最新鋭の技術を使ってそのキャラクターを動かしているのだろう。

 ただ気まぐれにウィーハウスを開いて、俺がやっているゲームの実況動画でも観ようと思っていたところ、衝撃が走った。

 バーチャルライバー。通称、Vライバーの『琴ノ葉ことのはきらり』。

 俺がやっているゲームをプレイしていた。
 たしかにプレイは上手いが、実力で魅せるタイプのレベルではない。

 俺が気になったのは、琴ノ葉きらりの声だった。

 きらりの声は俺の彼女にそっくりだった。声だけではなく、話し方もそっくりだった。

 俺はきらりを彼女と重ね合わせ、その配信を見入っていた。

 毎日、何らかの配信をしているきらりの常連視聴者になった。

 毎日、21時に定時配信をしており、そこから24時までの3時間、俺はきらりの配信を見る日々を送っている。

 きらりの一喜一憂を見ると、彼女のことを思い出す。その配信を見ている時だけ、俺は心から笑うことができた。

 その時だけが唯一、生きている実感を得られた。

 19時に起きて、夕飯を食べる。その後、21時から配信を観て、配信が終わった後、朝の10時までゲームをする。

 それが俺の日常だった。

 今日も今日とて、俺は19時に起きて、夕飯を食べた。

 30分ほどかけて食べた後、俺はSNSアプリ、AZアズを開いた。AZでは主にメッセージを投稿するアプリケーションだ。外界に興味のない俺がそのアプリを持っているのには理由がある。

 きらりのメッセージ投稿をチェックしているのだ。

 きらりは毎日、20時頃に今日の配信内容をメッセージで投稿する。

 今日の配信はなんだろうか。

 ベッドで横になり、アプリを開く。
 すぐにきらりのページへと飛ぶ。そこにはきらりのメッセージがあった。

『今日はお休みします! また明日!』

 俺はスマホの電源を落とし、枕元に置いた。

「はぁ」

 ついため息が漏れた。

 きらりは毎日配信者だった。休むことがあるなんて思わなかった。俺の唯一の生きがい。それが失われた気がして、生きている実感を失った。

 そういえば……。
 俺はスマホを手に取り、日付を確認した。

 7月23日。

 今日は、俺の彼女の命日だ。

 忘れもしない事故の光景。
 その前に見せる笑顔。
 思い出したくなくても、思い出してしまう。

 なんで今日に限って、きらりの配信が休みなんだよ。

 ゲームをする気にもなれない。
 今日は寝ようか。

 そう思っていても、つい先ほど覚醒した俺に眠気はない。

 身体を起こし、天井を見上げた。真っ暗な部屋には何もない。見えない。

 この1日をどう過ごそうか。
 何かしないと落ち着かない。

「……そうだ」

 俺は自室の扉を開け、そのまま家を出た。

 久しぶりに履いた靴はあまりなじまず、鬱陶しかった。
 真夏の夜にも関わらず湿った空気が全身を包み、不快感に苛まれる。

 わざわざ嫌な思いをしてまで家から出たのは理由がある。

 俺は10分ほど歩いて、目的地に着いた。

 そこは墓地。俺の彼女の墓がある場所だ。
 暗闇の中、俺は彼女の墓の前へと立ち止まった。

 鈴木天すずきそら

 俺の幼馴染みで、彼女。

 亡くなってしまった今では彼女と言っていいかわからない。
 でも、俺の中で天はいつだって心の中にいる。

 これからも、ずっと。

「ずっと……」

 意識せず、口から声が漏れた。

「ずっと、一緒に、いたかった」

 立っていられず、俺は膝をついた。そして、墓に手を添える。

「天。俺はどうしたらいいんだ」

 このまま学校に行かず、働かず、生きる希望を見出だせないまま生きてゆくのか。

 それならいっそのこと、死んだ方がマシなんじゃないか。

 そう思う日々だった。
 でも、死ぬことができなかった。

 天が俺の死を望んでいないことがわかる。天はいつだって俺の幸せを願ってくれていた。きっと、俺が幸せな人生を歩むことを望んでいるだろう。

 でも、そう思われても、俺は一生幸せになれない。

 天がいない世界なんて、偽物だ。要らない。

 ただでさえ夜で視界が悪い中、涙でさらに見えなくなった。

 何度流しても。止まらない涙。
 何度後悔しても、変えられない過去。
 変えようとも思えない、今。

 何度も天の名前を呼び、墓の前で涙を流した。

 そこで爆音が鳴り響いた。

 袖で涙を拭き、何事かと音のした方向を見ると、そこには綺麗な花火が打ちあがっていた。

 去年は幸せに感じていた花火だが、今ではその花火を素直に美しいと思えない。

 それでも、俺は花火へと引き寄せられた。

 墓地の出口までゆくと、花火が近く感じられた。

 散ってゆく花火が、明るい笑顔を振りまく天に重なった。

 花火に手を伸ばす。しかし当然届かない。打ちあがる花火はどんどんと散ってゆく。

 俺は何とか掴み取ろうと前に歩き、手を伸ばす。

 その瞬間だった。

 花火よりも大きな音が横から聞こえた。

 黒い車が猛スピードで俺に向かってきていた。

 時がゆっくりと進む。
 そこで俺は悟った。

 俺はやっと、天と同じ場所にいけるのだと。

 車は急ブレーキをかけるが、間に合わない。

 身体に衝撃が走り、脳が揺れる。

 最後に見た景色は、天と一緒に眺めた打ち上げ花火だった。


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