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「How much are you?」 第24話:アイドル

「なんだって!」

 九条が驚きを隠せず、席から立つ。
「ですから、成海瑠美菜も一緒にステージに立たせると言っているのです」

 仁は毅然とした態度で言い放つ。
「やはり貴様は成海瑠美菜の肩を持つのか。知っているだろう。今の成海瑠美菜じゃアイドルとしての価値がない」
「ええ、でもそれは単体での話です」
「なに?」

 九条は席に座り、眉間に皺を寄せる。

「姉妹で売り出しましょう。社長」
「何を馬鹿なことを言っているんだ。成海瑠美菜は例の計画があってこその価値がある」

 例の計画。
 それは、聖城の言う天国への母のために輝くアイドル。
 それこそ馬鹿馬鹿しい計画だと仁は鼻で笑う。

「そんなことはありません。視点を変えましょう」
「視点だと?」
「いっそのこと、成海瑠美菜の事情を観衆に知らせるのです。病気の母のためにアイドルになる。それも悪くないのでは?」
「…………」

 九条は手を組み、考える。

「納得、できませんか」
「それでは、弱い」
「では、こうしましょう」

 仁は新たな資料を鞄から取り出す。

「なんだそれは」
「事務所の財務資料です」
「なにっ!? どこでそれを」
「それは言えません」

 本当は他行の知り合いから事情を話し、財務資料を受け取った。
 九条のアイドル事務所のメインバンクはその他行にある。
 仁の務める丸壱銀行にはその資料がない。

 法的にはグレー、というかブラックだが、そんなのは仁の知ったことではなかった。

 仁は金を手に入れるためには手段を選ぶ。基本的・・・には。
 例外はある。

 それが、桐生仁のやり方だった。

「なかなか、財務状況が厳しいようで」
「……そんなの、関係ないことだろ」
「いえ、大きく関係あります。成海胡桃を私が担当する以上、そこに所属している事務所についても知らなければなりません」
「こんなこと許されると思うか」
「取引をしましょう」
「なに」
「財務状況を改善するために、我が丸壱銀行が九条アイドル事務所に尽力いたしましょう」
「それは、どういう意味だ?」
「メインバンクから先日、融資を断られたと風のうわさでお聞きしました」
「貴様……」

 九条の顔が怒りで赤くなる。
 仁は融資の謝絶のうわさなんて聞いていない。

 ブラフだ。

 会社の財務資料を見て、賭けで言っただけだ。

 だが、ビンゴだ。

「ですから、その融資をウチの方でやらせていただければと」
「なんだと」

 九条は自分の会社がどれだけ厳しいかをわかっている。
 その中で、融資の提案をされることは予想していなかった。

「そこでお願いがあります。条件として、成海瑠美菜をアイドルとして事務所で雇い、胡桃と共に売り出してください」
「……貴様、若造のくせに俺にそんな提案をしやがるのか」
「成海瑠美菜と胡桃のユニットを組ませていただければ、そこで掛かる費用もこちらで用意します。そして、今の自転車操業の事務所の分も回収できるかと」

 自転車操業。
 借金を返すために借金をし、なんとか会社を維持すること。
 それを仁は財務資料を見て、感づいた。
 いやむしろ、そこに気づかなればバンカーではない。

「その条件を飲めば、本当に融資が通るのか。その確証はあるのか」
「尽力致します。お願い致します」

 仁はソファから立ち上がり、頭を深々と下げる。

「……くっ、わかった。その条件に乗ろう」

 九条は顔を歪ませながら言う。

「ありがとうございます。それでは早速、胡桃と瑠美菜のユニットについて話しあいましょう」

 仁は用意していた資料を鞄から取り出す。
 その様子を見て、九条は舌打ちをする。

「生意気なガキめ」

   ×    ×

 ライブ前の数日に戻る。

「えっ」
「だから、お前がアイドルになるんだよ」
「でも、私、オーディション落ちちゃったし……」
「そんなことはどうでもいい」
「どうでもいいって……」

 瑠美菜は目を細める。

「そのぐらい、俺がどうにかするからどうでもいいってことだ」
「どういうこと?」
「お前を事務所のアイドルにした」
「えっ! どうやって!?」

 瑠美菜は目を見開き、驚く。

 仁はため息をつく。

「色々だ。そのぐらいバンカーには余裕なんだよ」
「……」

 瑠美菜は押し黙ってしまう。

「お前は、アイドルだ」
「私が、アイドル……」
「実感はないだろうがな、嫌でも実感してもらう。数日後、胡桃のライブがショッピングモールで行われる。そこにお前も出るんだ」
「え、いきなりそんな!」
「やるんだ。それがお前にできることだ。なんでもやるんだろ?」
「でも、踊りとか歌とか全然練習してないし」
「音源や踊りの動画はお前の講師に渡してある。後は気合いでどうにかしろ」
「気合いって……」

 瑠美菜は戸惑うものの、少しずつ嬉しさがでてきた。

「本当に、私がアイドルになれるの?」
「そうだ。俺ができるのはここまでだ。お前が、お前自身を本物のアイドルにしろ」
「……そっか、そうだよね。頑張らなきゃ! 頑張れば、お母さんを救えるんだよね?」
「確証はない。お前の頑張り次第だ」
「わかった! 頑張る!」

 瑠美菜は両手でガッツボーズをとる。
 そう、確証はない。

 胡桃と瑠美菜のふたりで売り出しても、個人株の価値はふたりで1000万にたどり着くのは、正直、厳しい。
 でも、それが、それだけが唯一瑠美菜の夢を叶える方法だった。

「ああ、頑張れよ」

 そして、仁は瑠美菜を送り出す。


 ――私がアイドルなんだ。


 まだ実感はわかないけど、そうなんだ。
 頑張らなきゃ。

 仁に衝撃な事実を言われた帰り道、瑠美菜は喜びとプレッシャーの両方が織り交ざっていた。

 私が頑張れば、お母さんを救える。
 でももし、失敗すれば、救えない。

「……やってやる」

 瑠美菜は胡桃に連絡する。

 そして決めた。
 ふたりの輝きを届ける。

 ルミナス。

 ふたりのユニット名だ。


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