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「赤い糸を盗る」 第17話:届かない

 時は少し遡る。
 9月1日。

 始業式が行われた日は午前中に学校が終わった。
 特に用事もない子猫は帰宅の用意をし、帰途に就こうとした。するとスマホにメッセージが来た。

『今日、ふたりだけでいられないかな』

 子猫はメッセージを見て、沈んだ表情をする。

『なにか、あったんですか?』
『ちょっとね、話したいことがあるんだ』
『わかりました。先輩の家でいいですか』
『うん、いつもごめんね』

 子猫はメッセージアプリを閉じ、家とは違う方向に自転車を漕ぐ。


「座って」
「はい」

 狐人に促され、子猫は狐人のベッドに腰を掛ける。

「ここではは敬語はやめてって」
「う、うん」

 子猫は顔を赤くし、俯く。そんな様子を見て、狐人は子猫の頭を撫でる。

「今日は来てくれてありがとう」
「ううん、先輩。どうしたの? また、何か嫌なことがあったの?」
「うん、ちょっとね。だから、一緒にいたくて。急にごめんね」

 狐人は俯きがちに苦笑いをする。

「いいよ、わかった」

 子猫は狐人の手を取り、自分の膝に手を置く。

子猫・・に言わなくちゃいけないことがあるんだ」
「なに?」

 子猫は心配そうに首を傾げる。

「虎太郎の運命の相手が見つかった」

「え」

 子猫は目を見開き驚く。

「でも大丈夫だよ。虎太郎とその人は結ばれない」
「……どうしてそう言い切れるの?」
「僕がいるから」
「……先輩が?」

「僕がその運命を断ち切ってみせるよ。そうすれば、虎太郎はその運命の相手とは結ばれない」

「どうやってやるの?」
「お願いがあるんだ」

 狐人は真剣な表情を子猫に向ける。

「お願い?」
「虎太郎のネックレスを僕に渡してほしいんだ」
「それって……」
「虎太郎のもとにネックレスがあれば、運命の相手はそれに気づく。そうなれば、虎太郎と運命の相手は結ばれる」
「でも! どうやって渡せばいいの? お兄ちゃんはずっとネックレスを付けてるんだよ」

「寝ているときに取ればいい」

「でも……」

「子猫はこのままでいいの?」

「え」

「虎太郎が運命の相手と結ばれたら、キミの気持ちはどうなってしまうんだい?」

「……あたしの、気持ち」
「僕としては、このまま子猫とずっと一緒にいられたらいいなとは思うんだけどね」
「…………」

「でも僕はキミのことが好きだ。できる限り、キミの願いを叶えてあげたい」

「先輩」

 子猫は狐人を見つめる。

「やってくれるかな? 虎太郎のネックレスを、僕に渡してもらえるかな? それか、このままずっと僕と一緒にいてくれる?」

「……ネックレス、渡すよ」

「うん」
「……ごめんね」
「いいよ。僕は子猫が幸せになれば、それでいいから」

 狐人は優しく微笑みかける。

「嫌なことって、そのこと?」
「うん、子猫が遠くに行ってしまうような気がしてね」
「……あたしは、どこにもいかないよ」
「本当?」
「……うん」
「ありがとう。子猫、僕はキミが好きだ。どこにもいかないでほしい」

 狐人は子猫を抱きしめる。
 子猫も抱き返す。

 子猫は罪悪感でいたたまれなかった。自分をこれだけ想ってくれている人の気持ちを完全に受け入れてあげられないことに。

「ここに、いるよ」

 子猫は囁いた。

 狐人は自分をこれだけ想ってくれいている。そして、自分のために狐人自身の気持ちを犠牲にしてまで、自分のために動いてくれる。

 子猫の気持ちを完全に理解し、受け入れてくれる。こんな風に自分を受け入れてくれる人は子猫にとって初めてだった。

 子猫と狐人が出逢ったのは子猫が中学2年生の頃、狐人が3年生の頃だった。

 虎太郎が部活動を引退し、受験勉強をするためよく子猫と虎太郎の家に狐人が来ていた。

 最初は虎太郎とふたりだけの空間を邪魔されたくないと邪険に扱ったが、それでも狐人はいつも優しく、そして、自分の本当の気持ちを知ってくれた。

 そして、相談に乗ってくれた。

 子猫の、自分の気持ちを虎太郎に伝えられないことを狐人に話した。

 そして、狐人から虎太郎の運命の相手について知らされた。

 自分の気持ちが絶対に届かない、実らないことを知った子猫は絶望した。そのときだった。


『僕は、キミのことが好きだ。僕に対して分け隔てなく接してくれて、優しくしてくれて、受け入れてくれるキミが、好きだ』


 狐人は子猫に告白をした。子猫は困惑した。

『わかってる。子猫ちゃんは虎太郎のことを想っていること。でも、それでも僕はキミのことが好きなんだ。僕の気持ちが届かないってことはわかっている』
『それは……』

 狐人の気持ちがわかってしまった。届かない想いがどれだけ切ないか、どれだけつらいか。子猫自身がそうだったから狐人の気持ちがわかる。

 今、自分がその想いを切り捨てることが、どれだけ狐人にとってつらいことか、自分が狐人と同じ気持ちだからこそわかった。

 それでも、ちゃんと狐人にはその気持ちに応えられないと子猫は言おうとした。そのときだった。


『虎太郎に想いを告げるまで、キミの傍にいさせてほしい』


 その真剣な表情を、真剣な想いを、理解できるその想いを拒絶できなかった。

 そうして今もずっと、子猫は虎太郎に想いを告げることができず、狐人とは関係が続いている。

 9月1日。
 子猫は狐人に寄り添った。

 そして23時。子猫から狐人にメッセージが送られてきた。

『ネックレス、明日渡すね』
『うん、ありがとう。つらい役目を負わせてしまってごめんね』


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