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「ろりーたふぁんたじー」 第21話:お祭り

「お母様、今日はどちらへ?」
「サティの喜ぶ場所よ」

 夕刻。学校が終わった後、お母様は私を連れ人類の地へとやってきた。

 人類の地は平和の地と似ており、白を基調とした家々が連なり、灰色のレンガで道が舗装されている。

 それにしても、人間が多い。平和の地で見るような屋台が何個も建っており、人で賑わっている。

「お母様。人類の地はいつもこんなに賑わっているのですか?」
「今日はお祭りなのよ」
「お祭り?」

 お母様は私に向かって微笑む。

「簡単に言うとそうね、人類が信仰している神に感謝をする行事みたいなものよ」
「神……」

 ヒイラが子どもを作っているものだと言っていた。魔族では存在しないが、人類において神は存在するものなのだろう。

「さあ、着いたわよ」
「ここは?」

 他の建物とそう変わらない白い壁をした2階建ての一軒家だ。こんな平凡な家に何の用だろう。

 私が首をかしげていると突然、家の扉が開かれた。

「やあサリィ! 待ってたわ!」

 元気な女性が出てきた。オレンジの長髪をしており、どこかヒイラに似ている。

「ごきげんようレイラ。ほら、サティ。ヒイラさんの母、レイラよ」
「あ、ごきげんよう。いつもお世話になっています。サティです」

 私は頭を下げる。やっぱりヒイラのお母さんだったんだ。

「ホント、話に聞いている通りしっかりした子! ヒイラも見習ってほしい!」
「いえ、私は全然」

 元気溌剌な話し方もやはりヒイラに似ている。

「今日はこれを届けに来たの。よかったら召し上がって」

 そう言ってお母様は手に影を作り、そこから重箱を生成しレイラに渡した。

「あら! ありがとう! サリィの作るご飯は美味しいのよね。あ、ほら家に上がって」
「お邪魔するわ」
「お邪魔します」

 お母様と私はレイラに案内され、家に入る。エントランスには奥と右手に扉がふたつあり、左には2階へ行くための階段がある。

 レイラは奥の扉を開く。そこはリビングだった。

 リビングに入って右奥にも部屋があり、左にはキッチンがある。そして入って奥には木製の机と椅子がある。

 その椅子にはオレンジの着物を着たヒイラが座っていた。

「あ! サティちゃん! どうしてここにいるの!?」

 ヒイラは勢いよく立ち上がり私に近づいてくる。

「お母様と一緒にお届け物をね。ヒイラはその恰好どうしたの?」

 随分と派手な格好だ。全体的にオレンジの生地に桜の花が描かれている。

「これはねー、今からお祭りに行くからだよ! あ、もしかしてお母さん! サティちゃんと一緒に行かせてくれるために待たせてたの?」
「え、そうなの?」

 私はお母様から何も聞かされていない。

「そうよ! どうせ行くなら友だちと一緒に行った方が楽しいでしょう?」
「やった! 行こうサティちゃん!」
「で、でも今日はお母様のお遣いに付き添って来ただけだから」
「行ってきていいのよ。そのために今日あなたをここに連れてきたのだから」
「そ、そうなんですか」

 人間のお祭りというやつを体験し学ばせるためだろうか。

「楽しんでらっしゃい」

 お母様は微笑み、そして魔術を展開する。お母様の影が私を包む。

「これは?」

 影がなくなると私はいつの間にか着物を着ていた。
 全体が黒で、薄紫色の花や蝶の模様が描かれたものだ。

「せっかくならお祭りらしい恰好がいいでしょう? 似合っているわよ」
「うん! サティちゃんらしいかっこかわいい感じだね!」

 ヒイラが目を輝かせてそう言ってくれる。

「……ん、私はべつにいつも通りでいいんですが」
「まあまあそう言わずに! ふたりとも横に並んで!」

 レイラが楽しそうに言う。私たちがふたりで並ぶとレイラはカメラで写真を撮る。

「あ、勝手に」

 私が手を前に出したころには時すでに遅し。

「後で私にもくれるかしら」
「もちろん!」

 お母様とレイラが笑顔でカメラを見ている。

「お母さんたちはどうするの?」

 ヒイラが口を開く。

「私たちはこれからママ会よ!」
「そうなんですか。ちなみにヒーロさんは今何をしているんですか?」

 前に学校で手合わせしてもらったこともあり、せっかく来たのなら挨拶をしていきたい。

「ああ、夫なら仕事よ」
「え、もう夕方なのに?」
「あの人は常に働かなければならない生き物なのよ」

 生き物って……。

「サティちゃんのお父さんは今何してるの?」

 ヒイラがお母様に疑問を投げかける。

「サタン様も仕事よ。あれも働かなければ何の価値もない存在なのよ」

 あれって……。

 さすがに私もお父様とヒーロに同情する。一応あのふたり、世界を変えた偉大な存在なんだよね……?

「とにかく! 私たちのことは気にしないでふたりで楽しんできて!」

 レイラが満面の笑みでそう言う。まあ、そこまで言われたら行くしかない。

「じゃあ行こ! サティちゃん!」
「う、うん」

 こうして私たちはお祭りに行くことになった。


「サティちゃん! わたあめあるよ! わたあめ!」

 かたんかたんと下駄を鳴らし、ヒイラと私は屋台に駆け寄る。

「うわ、すごい。なにこれ」

 屋台のひとつに『わたあめ』と書かれた看板がある。そのもとには黒い円盤があり、そこで箸のようなものをくるくると回すことによって白い雲のようなものができている。何かの魔法だろうか。

「わたあめひとつください!」
「あいよ!」

 ヒイラが元気よく店主に言うと、もくもくの雲がヒイラに渡された。渡された雲をヒイラは食べている。

「それ、食べ物なの?」
「そうだよ! ほら、サティちゃんも食べてみて!」
「いただきます」

 ヒイラが手に持っているわたあめに口を付ける。

「甘くておいしい」
「だよね!」

 砂糖でできているお菓子のようだ。とてもおいしい。私も買おうかな。

「あっ……」

 買おうかと思ったが店主は当然、人間だ。話しかけられない。

「サティちゃん、一緒に食べようよ」

 ヒイラは口にわたあめを詰め込みながら言う。

「いいの?」
「ふたりで食べるために買ったんだもん! ほら! あーん」
「あ、む。おいひい」
「ふたりで食べるとおいしいね!」
「そうだね。って! なに!?」

 ふたり笑顔でわたあめを食べていると突然、地上から空へと何かが打ち放たれ、少しして爆発し、火花を散らせた。

「ああ、あれは花火だよ。きれいだよねえ」
「こんなときに敵の襲来?」
「違うよ。あれはああいうお楽しみなんだよ」

 ヒイラが笑いながら言う。

「びっくりした」
「サティちゃん見たことないんだね。ほら、また上がったよ。きれいだね!」

 再び地上から何かが放たれ、空中で爆発する。すごい音だ。でもヒイラの言う通り、輝く花のようで美しい。

 うわあ、とふたり感動の声を上げながら花火を見ているとふと、私たちのそばに人が来た。

「あれ? ヒイラじゃない?」
「ホントだ。ヒイラ~、久しぶり~」
「あ、ふたりとも久しぶり!」
「?」

 ふたりの女の子がヒイラに話しかけた。知り合いだろうか。
 ヒイラはふたりの女の子に近づき楽しそうに話している。

「サティちゃん! こっち来て!」
「え、うん」

 私はヒイラの横に立つ。

「この子はサティちゃん。今の学校でできた友だちなんだ! それで、この子たちは前に私がいた学校の友だち!」
「……ご、ごきげんよう」

 ふたりの女の子に頭を下げる。そっか。友だち、だったんだ。

「よろしくー」
「はろ~」

 ふたりの女の子は私に臆することなく普通に挨拶を返してきた。

「いやー最近どうよヒイラ」
「毎日が楽しいよ!」
「ヒイラは変わらないね~」
「これでも強くなったんだよ!」
「…………」

 ヒイラとヒイラの友だちが楽しそうに話している。私は会話の輪に入れない。
 ちゃんと話さないと。私だってやれば人間と話せるんだから。

「ヒイラはポンコツだからなー」
「ポンコツじゃないよ!」
「元気いっぱいでいいよね~」
「それだけが唯一の取り柄だからね!」

「……っ」

 口は開いた。でも口から何か言葉を発することができなかった。

 言うんだ。何を言うんだ。
 ヒイラはおっちょこちょいだけど一生懸命頑張る優しい子だよねって、ただそれだけ言えばいいだけなのに。

「今度またウチの家に遊びに来てよね」
「うん! 行く!」

 ヒイラの友だちのひとりが言い、ヒイラは大きく頷く。

「わたしの家にも来てね~」
「もちろん!」

 友だちに向けるヒイラの笑顔を見たら勝手に体が動いた。

「んっ」

 言葉は出なかった。

「あっ、どうしたのサティちゃん?」

 私は無意識のうちにヒイラの腕を掴み、引き寄せていた。
 ヒイラが私の名前を呼ぶが、顔を向けられない。

「お、そっか。邪魔しちゃって悪いね!」
「またねヒイラ~」

 ふたりの女の子は特に気分を害したわけではないみたく、ヒイラに手を振っていた。

 カラン、カラン、カラン、カラン。私とヒイラの下駄の音だけが聞こえる。

 私は無言でひたすらヒイラの友だちから引き離すようにヒイラの手を引っ張った。

「どうしたのサティちゃん?」

 声を掛けられ、私は立ち止まった。
 正気に戻った。私、何しているんだろう。

「……ごめん」

 私はヒイラの手を離す。
 しかし、ヒイラが私の手を取った。

「大好きだよ、サティちゃん」
「え」

 私が顔を上げるとヒイラは笑っていた。

「みんな友だち。でもね、サティちゃんはもっと友だち!」
「……どういうこと?」
「私は友だちのことが大好き。でもね、サティちゃんは友だちの中でも大大大好き!」
「……ん」

 ついヒイラから目を逸らしてしまう。

「サティちゃんは私のことどう思ってる?」
「……それは」

 私はヒイラとヒイラの友だちが楽しそうに話しているのを見て焦った。何を焦ったのかわからない。でも、私は結局、ヒイラの友だちと話すのではなく、ヒイラの手を取った。

 それはどうしてか。

「……私も好き。たぶん、友だちの中でも大好き」

 きっとそうだ。
 思っていたよりも私はヒイラのことが好きなのかもしれない。

 初めての友だちで、かけがえのない存在。だから、そんなヒイラが他の子に取られてしまうと思って私は焦ったんだ。

 私にとってヒイラは大切な存在だから、取られるのが嫌なんだ。
 それくらい、友だちとして好きなんだ。

 恥ずかしいけど、私はヒイラに目を向けた。
 ヒイラは笑っていた。

「よかった!」
「……いいの?」
「当たり前だよ! サティちゃんは私が大好きなのは嫌?」
「嫌、じゃない。……嬉しい」
「だから私も嬉しいよ!」

 ヒイラが私の手をぎゅーっと握ってくれる。

「……私の家にも来て」
「え?」
「さっき友だちと話してた。家に遊びに行くって。だから、ヒイラも私の家に来て」
「いいの!?」
「うん。だってそれが友だちなんでしょ?」
「うん! うん! ありがとう! 絶対行くね!」

 えへへとヒイラは嬉しそうに笑ってくれている。

「……待ってる」

 こうしてヒイラが私の家に来ることになった。

 その約束をした後も、私はヒイラと手を繋いで色んな屋台をまわって一緒に花火もたくさん見た。


 偶然、勇者ヒーロにも出会い、色んな屋台の食べ物をごちそうしてもらった。


 友だちと一緒になにかするって楽しいな。

「ふふっ」

 今度は家に遊びに来てくれるんだ。お母様にはとっておきの料理を作ってもらおう。

 お父様にできることは何もないだろうけど、それでもいいや。

 色んな楽しいことを考えていると、ずっと笑っていられた。


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