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「赤い糸を盗る」 第6話:再会

 始業式はつつがなく終え、2時間目のホームルームになった。そして――

「あっ! あの女!」
「…………」

 転校生が2年A組にやってきた。

 長い黒髪に生気のない瞳。今朝、虎太郎が自転車で轢きそうになった女の子だった。

 教室に入り、先生が自己紹介をさせようと思ったタイミングで虎太郎は立ち上がり、その女の子を指さした。

 何事かとクラスメイトが虎太郎に視線を寄越すものの虎太郎は気にせず、女の子を指し続ける。

 転校生の女の子は無言、無表情で虎太郎を見つめる。

「オレの心配してくれなかったやつ!」
「あれは虎太郎が勝手にひとりで事故ってただけでしょ」

 虎太郎の隣の席に座る狐人が呆れながら言う。

「…………」

 女子生徒は生気のない目で虎太郎を見据える。

「なんだ知り合いか? とにかく、自己紹介してくれ」

 担任の先生が女子生徒に振る。

「……銀杏竜美いちょうたつみです。よろしくお願いします」

 そう竜美は言って、軽く頭を下げる。

「それじゃあ銀杏は、奥の空いている席に座ってくれ」
「はい」

 竜美は小さな声で返答し、教室の奥まで歩む。窓ガラスに近い一番左端の席だった。

 ちなみにその隣は虎太郎の席、そしてその右の席には狐人の席がある。

「なあ、お前やっぱ転校生だったのか。オレの名前は魚金虎太郎。よろしくな」

 虎太郎はさっそく花咲くような笑顔を竜美に向ける。出たよ天然女たらし、と狐人はため息をつく。

「…………」

 竜美は一瞬、虎太郎を見据えるものの、何の返答もなくただ前を向いた。

「ちょ、無視かよ……」

 さすがの虎太郎もいきなりの無視で戸惑う。

 おお、虎太郎の天然女たらしが効かない。これはなかなか手強そうだと狐人は感心する。

 それから担任の話が少しあり、ホームルームが終わり、始業式初日はお開きとなった。

 当然、必然、竜美の周りには好奇心をむき出しにした女子生徒が集まる。

「ねえ、銀杏さんってどこから来たの?」
「銀杏さん、綺麗だよね。どんな化粧水使ってるの?」
「何か趣味ってある? あ、よかったら連絡先交換しない?」

 質問攻めだ。しかし、竜美は臆することなく、ただ少し頭を下げ席を立つ。そしてそのまま教室を後にする。


「銀杏」

「……?」

 竜美が教室を出た直後、虎太郎が廊下に出て竜美に声を掛ける。狐人と芽衣はその様子を見る。

「何か悩み事でもあんのか? オレにできることがあるならなんでもするぞ?」
「……べつに」

 そこで竜美は虎太郎に対してはじめて声を発した。しかしその一言を放ち、そのまま歩き出す。

「魚金くんが他の女の子にあそこまで気に掛けるなんて珍しいね」
「そうだね」

 芽衣が顎に手をやり首を傾げ、狐人が首肯する。

「あれでしょ? 魚金くんには運命の子がいる」
「うん、その子以外には興味を示さない。まあ決して他の女の子をないがしろにすることはしないけどね」

 芽衣も虎太郎の恋愛事情を知っていた。芽衣も年頃だ。漫画みたいな恋愛事情に興味を持っていた。

「もしかして、あの子が魚金くんの運命の相手だったりして。よくあるじゃん? 運命の子とぶつかって、転校生と恋愛に発展するやつ」

「ベタだよね。でも、僕も少し気になるな」

「へえ、もしかして黒崎くんの好きな人って銀杏さんのこと?」
「虎太郎が今朝言ってたことと矛盾するでしょ」
「一目惚れとか?」
「僕は外見よりも中身派だから」

 そう言って狐人は早足で竜美に近づく。

「あ、黒崎くん?」
「狐人?」

 芽衣と虎太郎の言葉も無視し、狐人は前を歩き、竜美に近づく。

 そして狐人は竜美の肩を掴む。いや、胸倉を掴む勢いで振りむかせる。

「っ!」
「…………」

 驚いた様子で竜美は振り返る。狐人は無言。

「…………なに」

 さすがの竜美もいきなり勢いよく振り返らされ怒りを露にする。

「僕の名前は黒崎狐人。出席番号9番。よろしくね」

 狐人は笑って言う。尚も肩を強く掴む。

「…………クロサキ、さん、離して」

「ああ、よく間違えられるんだけど、僕の苗字はクロサキじゃなくてクロザキだから。まあ、どっちでもいいけどね。僕の存在なんてちっぽけなものだから」

「…………だから、何?」

 竜美は眉間に皺を寄せる。狐人は竜美の耳元に顔を寄せる。

「―――――」
「っ!?」

 竜美にしか聞こえない声で狐人は囁く。すると、竜美は目を見開く。そして狐人の手を払い、着崩れた制服をなおす。

「……それは、本当?」
「うん、だから僕に協力してほしいんだ。僕には好きな人がいてさ。その子と結ばれるお手伝いをしてほしいんだ」

 狐人が芽衣と近づくためには虎太郎を頼りない。自分で攻めないとと狐人は踏んだ。そのために竜美が都合良いと判断した。

「何をすればいいの?」
「普段から僕たちと一緒に行動してほしいんだ」
「僕たちって?」
「ほら、あそこにいるでしょ? さっきキミに話しかけた魚金虎太郎、そしてその奥にいる桜芽衣さん。この4人で一緒にいてほしいんだ」
「……それで本当に――」

 狐人にしか聞こえないほど小さな声で問う。

「うん、約束するよ。じゃあ、ほら、ふたりとも来て」

 狐人は虎太郎と芽衣を呼び寄せる。虎太郎と芽衣が狐人のもとに寄る。

「何の話してんだ? つか、狐人やりすぎじゃね? どうしたんだよ急に」
「う、うん。どうしたの?」

 虎太郎と芽衣は不審がり、狐人に問う。

「僕の大切な親友、虎太郎を無視したのが気に食わなくてね」
「…………」

 竜美は眉間に皺を寄せ、狐人を睨む。

「紹介するよ。この無駄に背が高いのが、魚金虎太郎。サッカー部部長。そしてこの子が桜芽衣さん。桜さん、この子は銀杏竜美さん。これから4人で仲良く一緒いようってことを話していたんだ」
「無駄に背が高いってなんだ」
「そうなんだ。でも急にどうして?」
「僕も青春を謳歌するチャンスが欲しくてね」
「?」

 芽衣は要領を得ないといった様子で首を傾げる。

 普段、芽衣は昼休み、女子の友だちと一緒に昼食を摂っている。でも、この機会に狐人は昼食を芽衣とともにする、そう画策した。

「なんだか他人事に思えなくてさ。このままだと銀杏さんは教室で孤立しちゃうんじゃないかなと思って。だから、4人でこれから一緒にいられたらいいなって……。虎太郎、桜さん、いいかな? ……その、明日から一緒に昼食を一緒に食べられたらと思って。い、嫌ならいいんだ!」

 狐人は顔を赤くしながら言う。

「オレは構わねえよ。つーかもともと狐人と一緒に飯食ってたしな」

 虎太郎は笑みを浮かべ言う。狐人としては虎太郎はべつにどうでもいい。問題は芽衣だった。

 狐人は固唾を呑む。

「うん、わたしもいいよ。なんだか面白い予感がするからねー」

 芽衣はにやにやと笑みを浮かべる。
――何か勘違いしているような気がする。

 しかし、上手くいった。

 狐人は嬉しさを叫びだしたい気持ちを抑える。

「それじゃあ友だちのしるしとしてさ、み、みんなで連絡先を交換しない?」

 狐人は芽衣の連絡先を知らなかった。これを機に連絡先を交換できると思った。

「うん、いいよー」

 狐人は有頂天だった。

「それじゃあ、銀杏さん。みんなと連絡先交換しようか」

 狐人は冷静を保ちながら竜美に声を掛ける。

「…………」

 竜美は変わらず狐人を睨んでいるが、ため息をつき、スマホを取り出す。
 そして、4人はコミュニケーションアプリで連絡先を交換する。

「うはぁ~」
「狐人、よくわからんけどよかったな」

 狐人が露骨に喜んでいるのを、虎太郎は肘をつき言う。

「うん!」
「それじゃ」

 連絡先を交換してすぐ竜美は振り返る。

「ああ、それじゃあまた明日昼休みに集まろうね」

 去る竜美に狐人は声を張り言う。竜美は何の反応もせずに去ってゆく。

「やるね~、青少年」
「お前も成長したな~」

 竜美が去った後、狐人は芽衣と虎太郎に肘をつかれる。

「僕もこのままじゃいけないと思ってさ」
「いや~まさか本当に黒崎くんの想い人が銀杏さんだと思わなかったよ」

 手を顎にやり、芽衣はニヤケ顔を狐人に向ける。

「そ、そんなんじゃないって!」
「またまた~、どう見てもアプローチじゃないかい。わたし、応援するよっ」
「本当にそうじゃないんだけどなー……」
「でもどうやって銀杏のやつを説得したんだ? オレなんて完全に無視されたのに」

 虎太郎が狐人に問う。

「誰だって教室で孤立するのは嫌でしょ? だから仲良くなれる友だちを紹介するって言っただけだよ」
「ふーん、そんな理由か。なんか思ってたイメージと違うな」

 虎太郎のイメージとしてはクラスでひとりでいようが何とも思わないタイプだと思っていた。しかし、人の心を読み取る狐人の言うことなら本当なんだなと感心した。

「まあ、そういう訳だから……、桜さんもお昼一緒にできるかな?」
「もちろん、いいよ。たしかに転校生だと孤立しちゃうもんね」

 芽衣は優しい微笑みを狐人に向ける。

「~~~~っ!」

 その優しい微笑み狐人は真っ直ぐ受け、手を口元にやり照れる。

「ふっ、そんじゃまたお昼な。行こうぜ狐人。またな、桜」
「うん、それじゃまた明日。部活と生徒会頑張ってね」
「おう」
「う、うん」

 芽衣は手を振る。それに虎太郎と狐人は頷く。
 そうして虎太郎と狐人のふたりは廊下を歩く。

「いやー、やっぱお前頭いいな」
「うん? 何が?」

 虎太郎の言葉を聞きながら、狐人はスマホを開き、メッセージアプリを開く。

「銀杏と仲良くなるとか言って、本当は桜と仲良くなる口実だろ?」
「ばれたか」

 狐人は苦笑する。

「さすがに露骨だっつの。でもよかったじゃねえか。オレの力なくよくやったもんだ」
「ああ、うん。最初から虎太郎には期待してないからね」
「ひどくないか!? いやまあたしかにあんな作戦、オレにはおもいつかなかったけどさ!」
「それに……僕だけのためじゃないからね」
「え? なんか言ったか?」

 狐人の独り言を虎太郎は聞き取れなかった。

「なんでもないよ。それじゃあ部活頑張ってね」
「狐人も生徒会頑張れよ~」
「うん」

 そうして虎太郎と狐人は別れる。

 
 狐人は生徒会室に向かい、生徒会の雑用をすぐさま片付ける。

「はあ」

 大きなため息をつく。

「これが運命ってやつか。本当にあるものなんだね」

 狐人は竜美を勢いよく振り向かせたときに竜美の胸元を見た。

 そこには――

 欠けたハートのネックレスがあった。


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