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「転生したらVの世界に」 第7話:才能

 スタジオは広く、教室一つ分の大きさがあった。手前にはドラマで使われているような三脚付きのカメラが置いてあり、部屋の奥には大きなグリーンバックがある。

 今から撮影をするのか。緊張する。噛まないか心配だ。何度もカットを繰り返したら全員に迷惑がかかる。上手くやらないと。

 それはヒョウカも同じように思っているのか、台本に目を通し、内容を呟いている。

 代表がカメラの準備をし終えた後、俺たちに声を掛ける。

「アンタたち。準備はいい?」

 俺とヒョウカは頷く。

「まずはどっちから行く?」

 代表が俺たちに尋ねる。緊張しいのヒョウカが先にやると申し出るとは思えない。

 ここは俺から――

「私がやります」

 ヒョウカが手を挙げた。

「お前、大丈夫なのか?」

 俺が心配の声をヒョウカに掛けると、ヒョウカは自信に満ちた表情を俺に見せた。

「やっと私、Vライバーになるんだって自覚した。やっと、憧れの存在になれる。やる気に満ち溢れてる」

 俺はそんないきいきとしたヒョウカを見て嬉しくなった。

「頑張ってこい」

 俺が拳を突き出すと、ヒョウカは一瞬固まり、そして手の平、パーを出してきた。

「私の勝ち。あなたには負けないわ」
「はいはい」

 俺が拳を降ろすとヒョウカは台本を机に置き、カメラの前に立った。

「じゃあカメラ回すわよ。ヒョウカちゃん。好きなタイミングで始めてちょうだい」
「はい」

 ヒョウカはカメラに背を向ける。
 そして、代表が録画ボタンを押す。

 スタジオに沈黙が訪れる。
 何秒経っただろうか。その静寂を長く感じる。
 でもそれは単なる沈黙ではなかった。

 ひとつの世界が出来上がっている。

 頭の中で情景が浮かんできた。

 学校の屋上。薄暗い雲からは雪がこんこと降る。次第に雪は積もり、辺りは雪景色へと変わってゆく。

 太陽は完全に沈み、夜の雪世界へと変わってゆく。遠くの方でちかちかと街頭が光を現す。

 その小さな灯りに雪は照らされ、そして地面へと積もる。暗闇の中、儚げに消えゆく雪を眺めるひとりの少女。

 その雪のように自分もいつかは消えてしまうのだろうか。私は雪のようにいつかは溶けてなくなってしまう。

 そんな切ない思いを抱きながら、ずっと雪が降り続ければいいのに。

 そう願いながら手の平を出して、雪を手に取ろうとする。

 しかし、雪は手の平に落ちるとすぐに溶けてなくなる。雪を感じる手の平は冷え、自分が温かさを持つ人間だと自覚する。

 いっそのこと、私自身が雪になれたらいいのに。眩しすぎる太陽を冷ますかのように、みんなの心を落ち着かせる。そんな存在でありたい。

 あなたの雪になりたい。

 手を降ろしたヒョウカはゆっくりと振り返る。

「やっと、会えた」

 消えてしまいそうな薄い微笑みが浮かぶ。

「見つけてくれてありがとう。ずっと、待ってた」

 ヒョウカは手を前に出す。

「私はヒョウカ。雪の妖精。冬の空に舞う雪の結晶から生まれた存在」

 手を胸にやり、目を瞑る。

「溶けて消える前に、私を捕まえて」

 ヒョウカは再び後ろを向き、そして歩き去ってゆく。

 まるで雪のように溶けて消え、儚く画面からいなくなった。
 代表がカメラの録画ボタンを止める。

「ヒョウカちゃん。アンタ、最高よ」

 代表が拍手し、サイトウ先輩が続いて拍手する。

 俺は、呆然と立ち尽くした。
 感じたのはひとつ。

 格が違う。

 何が一緒に張り合ってゆく存在だよ。
 何が、頑張ってこい、だよ。
 俺とはレベルが違うじゃねえか。

 ヒョウカは本物のVライバーだ。

 俺が並び立てる存在じゃない。

 俺はその場にいることもできず、スタジオから出た。
 スタジオから出て、廊下の壁によりかかった。立っている力もなく、流れるようにして床に座り込み、そのまま膝に顔を埋めた。

 勝てない。負ける。そう確信した。自分がVライバーだということすら恥ずかしく感じてきた。所詮、俺はVライバーごっこで、偽物のライバーなんだ。人を魅了する才能なんてない。ちっぽけな存在だ。

 俺はとことん、情けない存在だ。

「レイアちゃん」

 顔を上げると、代表が立っていた。そして、地べたにも関わらず床に座った。

「……代表。俺、無理です」

 自嘲気味に笑った。泣きそうだったから、変な笑い方になっていただろう。

「ヒョウカちゃんは天才よ」
「はい」

 そんなの言われなくても分かっている。あんなの見せられたら誰もがそう思うだろう。

「レイアちゃんは才能ってなんだと思う?」
「生まれ持った素質なんじゃないすか」
「そういうのもあるかもしれない。勉強できる子や、スポーツ選手、そういうのは生まれ持った素質もある」
「……俺には、ライバーとしての才能はないっすよ」
「それは違うわ」
「……え」

 代表に顔を向けると、真剣な表情をしていた。

「ライバーの才能は、強いコンプレックスから生まれるものだとアタシは思ってる」

「コンプレックス、ですか?」

 よく意味が分からなかった。

「人気なライバーは、全員がそうって訳じゃないけれど、みんな何かしらコンプレックスを抱えているものよ。自分が何者であるか分からない。何者でもないんじゃないか。世界に馴染めず、誰からも否定されているんじゃないか。誰も自分を認めてくれる人なんていないんじゃないか、そう思っているライバーが多いのよ。全員が立派な人間って訳じゃないの」

 代表は続ける。

「ヒョウカちゃんは、誰よりも強いコンプレックスを持ってる。自分が何者でもないから、何者かでありたいという強い意思を持ってる。たしかに、アンタにそれは無いかもしれない」
「……はは」

 乾いた笑いが漏れた。
 そんなはっきり言わなくてもいいじゃないか。

「でも、レイアちゃん。アンタにはたったひとりでも、アンタを認めてくれた人がいるでしょ?」
「そんなの、いないっすよ」
「アンタを愛した、彼女がいるでしょ」

 目を見開いた。
 彼女。

 大した人間じゃない俺をこの世界でただひとり、俺を認めてくれた人がいる。

 天。

「アンタにとって彼女がすべてじゃないの? 彼女が認めたアンタは、認めてくれた彼女を否定するの?」

 天だけが俺を認めてくれた。俺は俺の存在を肯定できない。自分の弱さばかりを見て、自信なんてちっともない。それでも、そんな俺を受け入れて、認めてくれた人がいる。

「アンタを愛した彼女を信じなさい」
「……天を、信じる」
「彼女に届けたい思いを信じて、戦いなさい」

 俺が天に届けたい思い。
 そんなのたったひとつ。単純だ。

 愛してる。
 それだけだ。

 その思いを失くしたくなくて、俺は生きている。

 届かないけど、俺はその思いがいつか届けたいと思って生き続けている。
 俺はこの思いを決して消さない。

 俺が生きている限り、天は心の中で生きているから。

「……すか?」
「うん? なに?」

 俺の小さな呟きは代表には届かなかったようで、聞き返される。
 俺は意思を込めて伝える。

「届けたい気持ちの対象が、たったひとりでもいいっすか」

 ライバーとしては間違っているかもしれない。ひとりでも多くの人間に認められるライバーが本物だ。たったひとりのために活動をするなんて、活動者として間違っているって分かっている。

 大勢の人に認められなくちゃならない。

 そんなの分かっている。
 でも、俺は不特定多数の人間に認められたい訳じゃない。
 たったひとり、天が認めてくれるだけでいい。

 俺の言葉を聞いた代表は俺の手を取り、力強く俺を立ち上がらせる。

「届けなさい。たったひとりでもいい。当たり前なこと言わせないでちょうだい」

 満面の笑みで言う代表を見て、俺も笑みが零れた。

「レイアちゃん。いけるわね?」
「おす」

 代表は俺の背中を強く叩く。
 俺はその勢いのままスタジオに入る。

 そして、台本を見直す。

 俺には多くの人を魅了する才能なんてない。
 でも、俺にはたったひとり、信じている人がいる。
 そいつのためだったらなんだってする。

 格好悪くても、泥臭くても、みっともなくてもいい。

 俺は前に進む。
 だから見ていてくれ、天。
 俺の思い、届いてくれ。

 俺はカメラの前に立ち、たったひとりに向けて気持ちをぶつけた。


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