「赤い糸を盗る」 第7話:恋煩い?
「ふぅー」
虎太郎が大きく息をつく。
「どうしたの虎太郎くん。いつもよりキレがないんじゃない?」
「灰音先輩、いやー、ちょっと考え事しちゃって」
「珍しいね、いつもは悩み事なんて吹っ飛ばすぐらいの勢いなのに」
「いや、そうなんすけどね」
放課後。サッカー部の部活動中。虎太郎は練習試合で普段しないようなミスをしてしまった。それをサッカー部マネージャー灰音凪砂に心配をされていた。
「なに? もしかして恋わずらい?」
ふふっ、と凪砂は悪戯な笑みを浮かべる。
「うーん、そうなんすかね」
「え、本当なの?」
凪砂は目を見開く。
「いや、恋とかとは違うと思うんすけど」
虎太郎はずっと竜美が気になっていた。こんなこと今までなかった。たしかにある女子に告白された翌日とかはその女子が気掛かりになったりするが、何の縁もない女子のことを特別考えたことがなかった。
初めてだからこそ自分の感情がわからなくなり、もやもやとずっと虎太郎の頭を悩まさせていた。
「はあ、とうとう黒崎くんにアプローチされたんだね」
「いや、あいつとはもう付き合っているようなものなんで」
「引いていい?」
「許可制なら許可しません。否定してください」
「否定できないよ。でも、黒崎くんじゃないなら誰? あ、もしかして転校生?」
始業式で転校生が何人か紹介されていた。凪砂は虎太郎のクラスに女子の転校生が来るのを知っていた。ちなみに、始業式で虎太郎は寝ていた。
「よくわかりましたね」
虎太郎は目を見開き、凪砂を見つめる。
「……ふーん、そうなんだ。なに? 一目惚れ?」
「いや、そういうんじゃないと思うんすけど」
「虎太郎くんは一目惚れとかしなそうだもんね」
「いや、そうでもないっすよ」
「え、嘘。意外」
凪砂は口元に手をやる。
「1回だけっすよ。オレが小学生になる前」
「その子とは上手くいったの?」
虎太郎は苦笑する。
「小学生前っすよ。何もないっすよ」
そう言いながら虎太郎はずっとその女の子のことを考えている。無意識のうちにネックレスを触れていた。
「じゃあ浮気だね。一目惚れの女の子と転校生。ま、もう良い歳した虎太郎くんは転校生ちゃんを選ぶんだろうけどね」
「いやだからべつに惚れてるわけじゃないっすよ」
虎太郎は苦笑する。
「でも気にはなってるんでしょ?」
「そっすね。明日から一緒に飯を食うことになりました」
「お。積極的。虎太郎くんは決めたら真っ直ぐ好意を見せるタイプなんだね」
「いやオレじゃないっすよ。狐人が設けてくれたんですよ」
虎太郎の言葉を聞き、凪砂が陰りを見せる。
「……ふーん、黒崎くんがね。……本当、お人好し」
「うん? なんか言いました?」
「ううん、なんでもないよ。ほら、さっそくキミのファンが応援に来たみたいだよ」
「うん? あ、萌黄っすね。じゃあちょっと行ってきます」
「うん。行ってらっしゃい」
「よ」
「よ!」
虎太郎がベンチからサッカー場に行くとリサが元気よく虎太郎に手を振っていた。虎太郎も手を振り、リサに近づく。
「応援しに来てくれたのか?」
「そう! かっこいい姿見せてよ~。そのために生徒会の仕事抜け出してきたんだから!」
リサは何の悪びれもなく笑って言う。
「……狐人がかわいそうだ」
「まーたすぐ黒崎くんのことを考えて。ほんと、付き合ってるみたい」
「いや、オレあいつの彼女じゃないから」
「じゃあ彼氏?」
「そうだ」
「そんな即答されるのも困っちゃうな~。でもそういうなら虎太郎くんの彼氏枠は空いてるってことだよね! 立候補しちゃおうかな~!」
「ははっ、オレの彼氏になってどうすんだよ」
リサは事あるごとに虎太郎にアプローチをかける。虎太郎はその度にどうしていいかわからず笑みを返すことしかできない。
「今度はいつ遊べる?」
リサは微笑みながら言う。
「けっこう部活で埋まってっからなー。まあ、空いてる日がわかったら連絡するわ」
「うん! 楽しみにしてる! あ、そういえば虎太郎くんのクラスに可愛い、というか綺麗系の女の子が転入したよね。まさか浮気してるんじゃないよね~?」
「浮気ってなんだよ。オレは一筋だからそんなことしねえよ」
「一筋って黒崎くん?」
「そうだが」
「好きすぎてもはや黒崎くんが憎いんだけど。生徒会、解任しようかな」
「やめてやれ。あいつが生徒会支えてんだからよ」
事実。生徒会の雑務は狐人を中心に行われている。去年から生徒会役員だったのは狐人だけだった。
だから虎太郎としては狐人が生徒会長になると思っていたものだが、リサが生徒会長になった。
その辺り狐人はどう思っているのだろうかと、ふと虎太郎は疑問に思った。
生徒会を支えていた狐人が生徒会の代表としては相応しいし、狐人なら十分務まるとと思うが、でもたしかに狐人は人前に出て何かをしたいタイプでもないし、それも妥当なのかもしれないと虎太郎はひとりで納得した。
「一筋っていうのはそれでしょ?」
リサは虎太郎の胸元にあるネックレスを指さす。
「ま、そういうことだ」
虎太郎は照れるような笑みを浮かべる。
リサも虎太郎の運命の相手のことは狐人から知らされていた。数々の女の子から告白されるのを断る理由は虎太郎にはすでに好きな人がいるからと。
虎太郎を1年生の頃から知っていたリサはだからこそ、真っ直ぐな性格の虎太郎はその恋を真っ直ぐ貫くと確信している。
「そう、だよね。虎太郎くんはそういう人だもんね」
「ああでも、明日からその転校生と一緒にいることになった」
「え」
「いやだから転校生、銀杏っていうんだけど、そいつと一緒に飯を食うことになった。オレと銀杏、狐人、あと桜な。わかる桜?」
「ああ、うん。わかるよ。へえ~、その4人で。またどうして?」
「狐人が気を利かしてな。転校生を孤立させたくないからって」
「……黒崎くんが」
「そそ。あいつけっこう優しいとこあんだよ」
ま、実際は違うんだけどなと虎太郎は心の中で笑った。
狐人の目的は芽衣と仲良くなること。だがそれをリサに言うのは狐人としても恥ずかしいだろうと虎太郎なりに配慮をした。
「虎太郎くんはその転校生のことが気になってるの?」
「うーん、実はそうみたいだ」
「え」
「気になるって言っても、本当にただ気になるってだけな。いやあいつオレのこと無視するからよー。そんなやつ初めてだったからさ。だから気になってんのかな」
「そっか。黒崎くんは虎太郎くんがその子のことを気になってるって知ってるの?」
「いや、言ってねえけど。どうせあいつのことだから気づいてんだろ」
虎太郎は苦笑する。
「……そっか。もしかしたら虎太郎くんはその子と付き合う可能性あるの?」
「いや、ねえよ。言っただろ。オレは狐人一筋だって」
「あははっ、そうだったね。でも、もし虎太郎くんがその子と付き合ったとしても、彼女じゃなくてもリサは虎太郎くんとは関係を持っていたいな……」
リサは本音を言う。
「そうだな。オレもそう思うよ」
実際リサが部活動を応援してくれるのは虎太郎のモチベーションを上げていた。
恰好つけたいわけじゃないが、せっかく応援してくれるのだから頑張らねばと自分を鼓舞できる。
「じゃあ部活の邪魔しちゃってごめんね! 頑張ってね!」
「おう! サンキュな!」
そう言って虎太郎はサッカー場に向かってゆく。
「……あのネックレスさえなければなあ」
リサはひとり呟く。
虎太郎と近づくために狐人に近づいたのだが、待っていたのは残酷な現実だった。
こんなことなら狐人に聞かずにちゃんと告白すればよかったと後悔することは多々ある。
でも、告白してしまえば、今の関係が終わってしまう。
――そんなの、言われなくてもわかってる。
でも、それでもリサは今の関係を続けたかった。
それが、自分にできる最大の抵抗だから。
「黒崎くんは何を考えて、その子と虎太郎くんを近づけてるんだろう……」
リサは思い詰めるも、すぐに虎太郎の格好いい姿を見てもやもやとした思考を飛ばした。
「ただいまー。あー腹減った。子猫! 飯まだぁ!?」
「おかえり。何度も言うけどあたしはお兄ちゃんのお母さんじゃないからね! 馬鹿! 今から作るよ」
「なんだもう作ってあんのかと思ってた」
「今日はお昼前に学校終わってたからさっきまで友だちと遊んでたの!」
「おお、そうか」
虎太郎は玄関で靴を脱ぎ、エントランスに入る。
虎太郎と子猫が住む一軒家は虎太郎と子猫のふたりしか住んでいなかった。
両親とも海外で仕事をしており、帰ってくるのは本当に稀だった。
虎太郎と母は血が繋がっていない。そして、子猫は父と血が繋がっていない。
母と父は虎太郎と子猫が中学生の頃再婚した。再婚した後、虎太郎の父はもともと住んでいたこの一軒家に新しい母とともに子猫を迎えた。
妹を迎えた虎太郎は最初は気を遣っていたものの、すぐに虎太郎のコミュニケーション能力で子猫とは壁がなくなった。
そうして今では家事全般を子猫にしてもらい、毎日美味しいご飯を振舞ってもらっている。
今日の夕飯はハンバーグだった。
「おお、旨そう! いただきまーす!」
虎太郎はハンバーグとともに、てんこ盛りの白米を勢いよく食べ始めた。
「…………」
子猫は真っ直ぐ虎太郎を見つめた。
「ん? どうした? 食わねえのか?」
「いや、食べるよ。どう? 美味しい?」
不安そうに子猫は尋ねる。
「旨いよ! つーかそれ毎日聞いてくるけど、お前が作った飯不味かったことないから。昼の弁当も毎日旨いしな」
「それなら、よかった」
子猫はほっと胸を撫で下ろす。
虎太郎はご飯を食べながら口を開く。
「新学期はどうだ?」
「どうって?」
「いや、なんか困ったことないか? なんか困ったことあったら兄ちゃんがなんとかしてやっからよ」
「……べつに、なにもないよ」
子猫は頬を染め、虎太郎から目を逸らす。
「そういやお前、好きな人とかいねえの?」
「な、なにいきなり!」
子猫は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「お、おうそんな急に大声出すなよ。単なる世間話だろ」
「……ごめん。べつに、そんなのいないよ」
「今日遊びに行った連中の中に好きなやつがいるんじゃねえの?」
「いないよ。あたしはお兄ちゃんみたいな遊び人じゃないんだから」
「いやオレ全然遊んでないから。めちゃくちゃ部活してそれどころじゃないから」
「でも、その……生徒会長とか、サッカー部のマネージャーと一緒に出掛けたりしてるんでしょ」
「萌黄も灰音先輩もオレの買い物に付き合ってもらってるだけでべつにそんなんじゃねえよ」
「……あたしは付き合ってないんだけど」
「うん? 何か言ったか?」
「べつに!」
そう言って子猫はハンバーグに箸を伸ばす。
なんのこっちゃと虎太郎は呆れる。
「そういえば」
と子猫は何かを思い出すように口を開く。
「どうした?」
「お兄ちゃんのクラスに転校生が入ったんだよね」
「おお、よく知ってんな」
みんな転校生のことがそれほど気になるのかと虎太郎は不思議に思う。
「どんな人なの?」
「どんなっつっても、今日来たばっかだからな。あ、そういやあれだよ! オレがそいつを自転車で轢きそうになってオレがなんとか避けて吹っ飛んだんだけどよ、無視しやがったんだぜ」
「それはどう考えてもお兄ちゃんが悪いでしょ……。無視されてもしょうがないよ」
「いやそうだけどさ、普通にクラスで話しかけても無視されちゃってよ」
「どうせお兄ちゃんのことだから何かしちゃったんでしょ」
「マジで?」
「鈍感なお兄ちゃんだから間違いないよ。とりあえず明日会ったら謝りなよ」
「何に謝んだよオレ。なんか本当に悪いことしちゃったみたいじゃねえか」
「だから、悪いことしてるんだよ」
「いや、してねえよ。でも、そうだな。話すチャンスあるし、聞いてみるか」
「話すチャンス?」
子猫は首を傾げる。
「ああ、狐人とその転校生と一緒に飯を食うことになったんだ」
「黒崎先輩も……?」
「まああいつオレにべったりだからな。オレがいないと何もできねえんだよ」
芽衣と狐人が一緒に昼食を摂るだけだったら、そもそも竜美と虎太郎が巻き込む必要がない。ただ狐人が芽衣を誘えばいいだけだ。
それを4人で集まるなんて、自分を頼りにしているとしか思えないと虎太郎は考えている。
しかし、狐人の力になれることを誇りに思っていた。
「黒崎先輩じゃなくて、お兄ちゃんが何もできないんじゃないの?」
「ギブ&テイクってやつだな」
虎太郎と狐人は小学生になる前からの付き合いがある。昔から常に一緒にいた。それで一緒に馬鹿なこともした。
そうだ、せっかく新学期になったことだしまた一緒に馬鹿するかと虎太郎は考える。
狐人とどんな馬鹿なことをするか考え、笑みをこぼす。
「何笑ってんの気持ち悪い」
「いやあ、新学期楽しみだと思ってな」
「その転校生とお近づきになりたいの?」
「うーん、まあ、せっかくだしな。せめて無視されない程度の関係にはなりたい。それに、楽しみなのはそれだけじゃない」
「何かあるの?」
「狐人とオレ、転校生、あともうひとり、桜芽衣っつーんだけど、その4人で昼食一緒にすんだよ」
「……なに、両手に花って言いたいの?」
子猫はコップに入れたお茶を飲みながら言う。
「違えよ。狐人の春が来るかもしれん。もう秋だけどな」
「え、黒崎先輩、その桜さん? のこと好きなの?」
おっと、これ以上は狐人のプライバシーに関わるなと虎太郎は懸念する。
「なんだよ~? お前、もしかして狐人のこと好きなのか~?」
「ば、馬鹿じゃないの! そんなわけないじゃない!」
「そんな強く否定してんの逆に怪しいんだけど」
「だから! そういうんじゃないから!」
子猫は顔を真っ赤にしながら否定する。
「でもよ、あいつには報われてほしいよ」
「急になに」
「あいつ、ずっと自分の見た目をコンプレックスに思って、誰とも一線ひいてるからよ。そんな気にする必要はないっつってんだけどな。
まあ、気にするよな。でも、あいつ良いやつだからよ。きっとあいつをちゃんと見てくれるやつがいると思うんだ。だからオレはあいつを応援してんだ」
「お兄ちゃんに応援されなくても、黒崎先輩なら大丈夫だよ」
「お、ずいぶん高くかってんだな。ま、そうだよな。前からよく家に来てたからお前はあいつの良いところ知ってるもんな。なあ子猫、お前、狐人にアプローチしてみろよ」
「そんな、そんなことしない!」
「ま、知ってる」
冗談だ。狐人には芽衣という想い人がいる。そんな中、誰かにアプローチされても断るだろう。それは、虎太郎だからわかる。
「……先輩、何考えてるんだろ」
「あ? なんか言ったか?」
虎太郎は口にご飯を加えながら言う。
「べつに、なんでもない。何か進展があったら教えてね」
「お~、狐人のことなら毎日見てるから何かあったらすぐ教えてやるよ」
「だから! そんなんじゃないっての!」
魚金家は今日も騒がしい。
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