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第9話 スクールカースト 「小説:オタク病」

「で、どうしてこうなった」
「まあいいじゃねえか」
「問題児の監視役、だね」
「………」

 空馬と一ノ瀬が俺に笑みを向ける。環は少し手を震わせたまま昼食の弁当を食べている。

 昨日の件があった翌日の昼休み。今日は環とふたりだけでなく、一ノ瀬と空馬とも昼食をともにしていた。

 どうやらあの放課後の一件の後、女子生徒たちは一ノ瀬に相談したみたいだ。

 それで、俺から環を守るよう一ノ瀬は命令を仰せつかったみたいだ。いやほんと、どの立場で一ノ瀬に命令してんだよ。

「そんで? なんで空馬までいんだよ?」
「ん? 俺もお前の監視役頼まれたから」
「俺どんだけ要注意人物扱いされてんの……?」

 俺は犯罪者ですか?

「でも環ちゃんを泣かせたんでしょ~?」
「な、泣いてない」

 環は弁当を持ちながら呟く。

「いや、泣いてただろ」
「泣いてないわ。あなた何調子に乗ってるの? 昨日のあれは何? またアピール? はあ、これだからラノベ脳は」
「いやお前俺にだけ当たり強すぎだから。態度の落差すごくてびっくりすんだけど」
「まあなんつーか宅也は当たりやすいからな。当たられ体質的な?」
「なんだその不幸すぎる体質。嫌だよ。みんなもっと俺に優しくしてくれよ。マジで俺何もしてねえんだけど」
「何もしてないことはないでしょ? だって帰り際も何か言ったみたいじゃん」
「ああ、それはだな……」

 昨日は俺と環の仲が良いというのを女子生徒たちに知られないための配慮のつもりだったんだけど、こうして一緒に飯食ってる時点で矛盾してるよな。つーか、付き合ってるって設定だもんな。

 うーん、悪手だったかなあ……?

「とにかく、環ちゃんを困らせるようなことしたらこれ吹くからね」

 一ノ瀬はそう言って胸元からホイッスルを取り出した。

「えぇ……どっからそんなの持ってきたんだよ」
「企業秘密です」

 なぜか誇らしげに一ノ瀬は胸を張る。

 ちょっと、気になるな。

「なあ、環~、お前の弁当よこせよ」

 俺は箸を環の弁当へと向ける。

「気持ち悪すぎるわ。ここから消えてもえらるかし――」

 ピピーッ!

「おお、びっくりした」

 空馬が声を上げる。

 教室中にホイッスルの音が響き渡った。教室にいる全員がこちらを向いている。

「何お前マジで吹いてんの……? うるさすぎるんだけど」

 俺は目を見開き、一ノ瀬に顔を向ける。

「今のは猪尾くんが悪いです。確信犯です」
「……(ぶるぶる、ぶるぶる)」

 環は大きな音に驚き、ヘッドフォンを着け、震えている。

「一ノ瀬、お前のせいで環こんなになっちまったぞ。どうすんだよ」
「ごめんね環ちゃん。うちの猪尾くんが気持ち悪くてごめんね」

 一ノ瀬は環に優しく諭すように言う。

「何俺のせいにしてんの? たしかに気持ち悪かったのは認めるけど、こうなってんのはお前のせいだからな」
「猪尾くん、もう少し自分の気持ち悪さを自覚して」
「なんで理不尽な理由で俺怒られてんだよ。空馬、お前も俺を庇え」
「そうだな。さすがに言い過ぎだな。一ノ瀬、あんま本人の前で本当のこと言うのやめとけって」
「おい! お前が一番質悪いわ! 何!? お前俺の味方じゃないの!?」
「監視役だからな」
「マジでこの教室俺の味方ゼロなのな……」

 一ノ瀬にあやされなんとか環は通常モードになる。

「あなた、気持ち悪い言動はやめなさい。もし次ホイッスルが鳴ったら私は泣いて帰るわよ」
「なんだそのマイナス思考な脅し。わかったよ、悪かったよ。いやマジで一ノ瀬が鳴らすとは思わなったんだよ」
「次変なことしたら容赦なく環ちゃんを帰らせるからね」
「だからなんだよその脅し。お前それ、お前が悪いんだからな。次環を泣かせたら俺、この教室来られなくなるからな」
「というか宅也、よくこんな状況で普通に学校来られるよな。マジで鋼のメンタル」
「ふんっ! たかがモブキャラたちにどう思われようがなんともないからな」

 俺のメインヒロインは常に俺の心の中にいて俺を支えてくれている。そう、みんなは俺にとって神様。それ以外は知らん。

「でも、わたしに貶されたら普通に傷ついているよね」
「当たり前だ。陰口は慣れているが、直接の悪口は普通にメンタルに来る」
「普通逆だと思うけどな」

 空馬は笑って言う。
 俺はふと気になったことを聞いてみる。

「そういや、この教室のスクールカーストのてっぺんは誰なんだ?」

 ちなみにスクールカーストというのは教室内での人気の序列みたいなものだ。
 まあ、その教室によってはそのスクールカーストがどろどろとした人間関係のこじれになったりするが、まあ、最底辺の俺にそこまで・・・・被害を被っていないことから強く序列がはっきりしているわけではないのだろう。

「スクールカースト?」

 空馬が首を傾げる。

「あまりこのクラスにそういう階級みたいのはないと思うけど、強いて言うなら織田くんが一番かな。この学校で一番のイケメンで知られてる。それに文武両道で誰にでも優しい。頭のおかしい猪尾くんとかに対してもね。女子からの評判はもちろん良いし、男子も、一部の嫉妬している男子以外からも好印象だからね。あと、頭のおかしい猪尾くんにも優しいからね」

 俺の問いに一ノ瀬が答える。
 へえ、意外と一ノ瀬ってスクールカーストを認識しているタイプなんだな。

 うん? というかさりげなく俺貶されなかった? しかも2回。

 さっき俺、悪口言われれると傷つくっつったけど、もう俺悪口に慣れてきてわかんなくなってきちゃったよ。あれ、俺無敵じゃね?

「まあ空馬がてっぺんならちょうどいい」
「何がちょうどいいの?」

 一ノ瀬が首を傾げる。

「空馬や一ノ瀬みたいなカースト上位の連中とつるんでいる人間はそれだけで自動的に階級が上がってゆく。つまり、環の評判も自然と上がる」
「その理屈なら宅也も上がるんじゃねえか?」
「俺はもう上がる余地がない。むしろ底辺が居心地良い。他人の視線がひんやりとして気持ちがいいぞ。まるでコンクリートに寝そべっているようだ」
「それ、自分で言ってて悲しくないか?」
「俺はもう底辺ってレベルじゃないんだよ。スクールカーストあるあるだが、底辺には2種類ある。単純に陰キャが底辺なパターンと、なんかもうそういう次元じゃない変人が底辺なパターンだ。俺はそれを両立している」

 要するに二刀流の主人公というわけだ。これならアイ〇クラッドも攻略できる。

「猪尾くんがそこまでスクールカーストに詳しいことも驚きだけど、それで一切自分にダメージを負わず堂々と言える神経の方が驚きだよ」
「スクールカーストに詳しいのは、ラノベ題材でありがちだからな。まあとにかく、これからも環の周りに空馬と一ノ瀬はいてやってくれ」
「お安いもんだ。どうせお前、久遠と一緒にいるんだろ? だったら監視役という名目で一緒にいられるからな」
「わたしも問題ないよ。猪尾くんの更生もしなくちゃならないからね」
「いやだから俺のことはどうでもいいって」

 俺は呆れ笑いをする。

「前から思ってたけど、猪尾くんはどうしてそこまで無神経でいられるの? 周りから好かれたいとか、嫌われたくないとか思わないの?」
「好かれたところで俺の趣味を理解してくれるわけじゃないし、嫌われたところで特に害もないからな。だから俺は『リアルには何も求めない』」
「…………」

 空馬は俺を黙って見つめる。

「どうした」
「いんや、なんでも。お前がそれでいいならいいけどさ」
「…………」

 まあ、空馬は俺の過去のことを知ってるもんな。

「……どうでも、よくない」

 環が呟く。

「どうでもよくないってどういう意味だよ?」
「宅也は私の彼氏なのよ。あなたの評判が下がれば私の評判も下がる。あなたも少しは努力しなさい」
「努力ねえ。努力したところでスクールカーストってのはそんな簡単に変わるもんじゃないんだけどな」
「難しいところだよね。環ちゃんの教室内価値を高める必要があっても、猪尾くんが足を引っ張る。もういっそのこと別れちゃえば?」
「そ、それはダメ」

 環が反論する。

「ふ~ん、環ちゃんはそこまで猪尾くんのことが好きなんだね」
「べ、べつに……」
「まあでも、そういうことなら仕方ないね。なんとか両立する方法を考えようか。あ、そうだ。環ちゃん、猪尾くんから聞いた? 今度4人で遊びに行くって話」
「オレは聞いてねえな」

 空馬が言う。

「お前どうせ暇だろ」
「いやバイトあるから。勉強もしなくちゃなんねえし」
「お前は見た目のわりに真面目だよな」
「見た目関係ないだろ。つーか宅也、前やった中間テストどうだったんだよ」
「国語以外は赤点だが? 他の教科は補修テストだ」
「はっ! あなた本当に頭が悪いのね」

 環は突然、嬉しそうに言う。

「うるせえな。むしろ一切勉強していないのに国語が赤点じゃないことを褒めろ。さすがラノベ、あれはマジで教科書よりも偉大だ」
「それに関しては反論の余地はないわね」
「いやふたりとも反論の余地しかないからね。環ちゃんはテストどうだったの?」
「……だいたい、できてる」

 環は恥ずかしそうに言う。

「ふんっ! キモオタが何偉そうに自慢してんだよ」
「聞かれたことに答えただけよ。自慢に聞こえたのだとしたら申し訳ないわね。ごめんなさい。スクールカーストが底辺なだけじゃなく学力も底辺なんて、あなた逆に何ができるの? まだ蚊の方ができること多いわよ」
「だから俺を蚊扱いするな! 俺は害をもたらさない虫ケラだ」
「虫なのは否定しねえのな。じゃあちょうどいいじゃねえか。久遠、宅也に勉強教えてやれよ」
「……え、どうしてこんなナメクジに勉強を教えなきゃ……」
「ふんっ! 馬鹿が出たな環! ナメクジは虫じゃありませ~ん。巻貝の一種です~」
「出たわねマウント。あなた底辺のくせにすぐにマウント取りたがるわね。いえ、底辺だから余計にマウント取りたがるのね。ごめんなさいねナメクジくん」
「ふんっ! 俺がノーガードのナメクジだとしたらお前は殻を背負ったカタツムリだな。どうだ? 巻貝の気持ちは?」
「居心地がいいわ。あなたはすぐにやられる雑魚! 残念ねすぐに絶滅しなさい」
「ふたりともレベルの低い争いしないで? とにかく環ちゃんは猪尾くんの彼女なんだし、せっかくだから勉強教えてあげなよ。それともわたしが猪尾くんに勉強教えようか?」
「……私が教える」
「そっか」

 環が俯きがちに言い、一ノ瀬が微笑む。

「お前、俺に勉強教えられんのか~? 俺の学力の低さをなめるなよ」
「偉そうに開き直るんじゃない。私が時間を割くのだからちゃんと合格しなさいよ」
「面倒くせえなあ。アニメ観る時間が減る」
「あなたアニメ観ながら勉強もできないの? 本当要領が虫レベルね」
「あ!? 勉強しながらアニメ観るとかアニメを冒涜してんだよ! あ~これだからニワカは」
「ニワカと言ったわね……。じゃあ問題よ! 今週の『あい♡ぷり』の『ふらわあちゃん』と『さあやちゃん』の会話で出た『ふらわあちゃん』のお父さんの嫌いな食べ物は――」
「…………」
「何よ、答えられないの?」
「どうせ続きがあんだろ。同じ手には引っ掛からねえよ」
「残念! 引っ掛けじゃありませんでした~! 嫌いな食べ物はパイナップル。はぁ~、私が勉強しながらでもわかる答えにあなたは答えられないのね」
「だからお前のクイズはいっつも後付けじゃねえか! せこいんだよ! あぁ~これだからスクールカースト底辺は。あ、ごめん。底辺だからすぐにマウント取りたがるんだっけ~?」
「あなたに底辺扱いされたくないわ。これだから底辺蚊マウントナメクジは」
「なんだよその生き物! むしろ超ハイブリッドじゃねえか! はっ、俺のすごさをついに理解したな」
「……ねえ、そうやってふたりともずっと言い合いしてるの? 全然話進まないんだけど」

 一ノ瀬が呆れた様子で言う。

「こいつが喧嘩ふっかけてきたのが悪い」
「あなたがふっかけてきたのでしょう。ナメクジくん? 蚊? 底辺くん? オタクくん? 名前なんだったかしら?」
「あ!?」
「は!?」
「仲が良いのやら……。とにかく、今日の放課後、自習室集合でいいか?」

 空馬が呆れながら提案する。

「まあ、こいつがどうしても俺に勉強を教えたいならいいぞ」
「は? 教えてもらう立場が何偉そうに言ってるのかしら? 教えてもらうならそれ相応の誠意を見せなさいよ」
「うん、これは環ちゃんが正論だよ」
「くっ」

 俺は歯噛みする。

「ほら、地面に這いつくばりなさい。地面に! 頭を! つけるのよ!」

 環は立ち上がり、邪悪な笑みを向け床を指さす。

 俺は席から立ち上がり、床に膝を付ける。

「かっ、かかっ、お、おねっ、がががっ!」
「ほら、早く」

 環は機嫌よく言う。

 俺はさびたロボットのように動く。

「お、おおお、おねがっ! おねがあ! い! し、ま! すぅ!」

 俺は地面に頭を付ける。

「はっ、嫌よ」
「てめえ!」

 俺は勢いよく立ち上がる。

「まあまあ久遠。宅也が人にお願いするなんてこと滅多にねえからさ、教えてやってくれよ」
「……う、うん。わかった」
「あ!? なんで空馬の言うことは素直に聞くんだよ! なんだお前あれか~? イケメンの言うことなら聞くのか? はぁ~結局お前もリアルのイケメンには逆らえないんだな!」
「誠意が消えたわね。もう一度土下座しなさい」
「なんでだよ!」

 結局俺はもう一度土下座をして環に勉強を教えてもらうことになった。


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