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「ろりーたふぁんたじー」 第11話:勇者ヒーロ

「今日はスペシャルゲストにお越しくださいました!」

 いつも通り、学校の授業をしている最中、先生がいきなり切り出した。

「ゲスト、ですか?」

 私は首をかしげる。

「はい! とってもスペシャルな方にお越しいただきました!」
「スペシャルってなんだ!? 気になるぞ! 大魔王か!?」
「え」

 お父様が今日、学校に来るとは聞いていない。もし勝手に来たら怒る。

「ふふっ、誰でしょう~? それではさっそく来ていただきましょう。どうぞ!」

 先生はそう言って、教室の扉に声を掛ける。
 扉は開かれ、人間が入ってくる。

 高身長で綺麗な金髪が切り揃えられ、さわやかな笑顔を振りまいている。
 どこかで見たことあるような……。

「パパ!」

 隣に座るヒイラが声を上げる。

「え、パパ?」
「やあヒイラ、来たよ」
「スペシャルゲスト! 世界を平和に導いた勇者、ヒーロさんです!」
「おおー!」

 みんなが驚きの声を上げる。

 勇者ヒーロは教壇に上がり、教卓の上に両腕を置く。

「みなさん初めまして。ヒイラの父親のヒーロです。サティちゃんは昔小さい頃会ったんだけど覚えているかな?」
「……すみません。覚えていません」

 不思議な人間だ。ただの人間じゃない。お父様とはまったく別種のオーラを放っている。

 飄々としているにも関わらず一切、隙がない。

 独特な勇者のオーラに魔王族である私はプレッシャーを感じる。
 私は警戒の目を向ける。

「相変わらず僕に向ける目が怖いね。大丈夫だよ。取って食べたりしないから」

 ヒーロは私に笑顔を向ける。

 ヒイラはもちろん、他の風林火山の子たちもヒーロに対し、感心はしているものの、一切警戒はしていない。やっぱり私だけがオーラを感じ取れるみたいだ。

「今日は特別に来ていただいたヒーロさんに特別訓練をしてもらいます」

 ヒーロが直々に訓練してくれる。これは好機だ。人類最強の勇者。今の自分とどれだけ差があるか知りたい。

「はい」

 私は手を上げる。

「どうしましたサティさん?」
「私にやらせてください」
「やる気があっていいね。サタンとは大違いだ」

 尚もヒーロは笑顔を崩さず言う。

「……お父様と一緒にしないでください」
「よし、わかった。先生、それじゃあさっそく訓練を始めましょうか」
「はい、それではみなさん。中庭に集まってください」

 こうして6人と先生、ヒーロが外に出る。

 学校の階段を下っている最中、フウラが私に声を掛ける。

「勝てる見込みはあるの?」
「わからない」
「わからないというぐらいには自信があるのね」

 私だって毎日特訓しているのだ。全盛期にはお父様に張るぐらいの強さを持っていたのだろう。でもそれもだいぶ昔。少しは勝機があるはずだ。

 手に力が入り、拳ができる。
 大丈夫だ。今までやってきた特訓の成果を出す機会だ。
 

「さて」

 みんなで中庭に集まり、ヒーロは屈伸など準備運動をしている。
 私はヒーロの前に立つ。

「武器はいらないんですか」
「ああ、うん。心配しないで。もし必要になったらいつでも出せるから」

 さすがは勇者だ。魔法で武器を生成することができるのか。

「どっちを応援したらいいんだろう?」

 ヒイラが首をかしげている。

「どうせなら友だちの私を応援してよ」

 私はヒイラに笑みを向ける。

「うん! わかった! でもたぶん、パパはけっこう強いと思うよ?」
「戦ったことがあるの?」
「ううん、ないけど。たまにパパを襲ってくる人たちがいるんだ。でも、どれだけ大勢になっても結局、パパは誰にも負けたことがないんだ」

 勇者ヒーロが襲われるなんて人類側も大変なんだな。それにしても、大人数でかかっても負けたことがない。やっぱり、強いんだ。

「ああ、最近、全然体動かしてないから大丈夫かな」

 ヒーロは笑いながら入念に準備運動をしている。

「ふふっ、サティさんは強いのでもしかしたらって可能性があるかもしれませんね」

 先生はヒーロに笑いながら言う。

「ははっ、それは困るな。みんなに顔向けできない」
「少しは手加減してあげてくださいよ」
「サティちゃんはそういうの嫌いそうだけどね」

 ヒーロは私に向かって言う。

「はい、手加減は無用です」
「そっか、それじゃあ始めようか」

 ヒーロはぴょんぴょんとその場で跳ね、準備を整える。
私は鋭い目つきでヒーロを見つめる。

「それじゃあ、始めましょう。よーい、ドン!」

 先生が手を上げ、声を出す。
 最初はまず様子見だ。
 私は腰から翼を出す。

「サティちゃん」
「なんですか」
「僕は蘇生術を覚えているから思い切りやってしまっていいよ」

 思い切りやる?
 普段の訓練よりも本気でやって来いということだろう。挑発されているのだ。

 なめられるのは癪だ。
 本気でやるんだ。でも、冷静に。

「……じゃあ、その気でいかせてもらいますよ」
「うん、かかってきて」
「ダークシャドウ」

 私はヒーロの周りに大きなブラックホールを作る。
 しかしすでにヒーロはその場にいない。そうだろうね。目の前にいなくなったとしたら――

 ここだ!
 私は自分の後ろに影の剣を振るう。

「っ」

 私の背後にはヒーロがいた。
 これなら当たる!

 大丈夫。ヒーロには蘇生術があると言っていた。くらっても問題ないだろう。
 ヒーロは私の全力の影の剣を腕で受け止める。
 しかし、ヒーロは少し地面を滑るだけで無傷だ。

「……斬れない?」
「ははっ、サタンよりも頭が良いね。まさか僕の動きを読まれるとは。でもまだだ。キミは全力じゃない。はあ、仕方がないな」

 ヒーロは私に駆け寄る。そして拳を振るう。
 私は拳をなんとか翼でいなす。しかし、拳の衝撃波で体が飛びそうになる。

「くっ」
「僕は回復術も使えるからね。気絶したら回復してあげるよ」

 容赦なくヒーロは拳を振るい、蹴りを加えて攻撃を続けてくる。
 翼で攻撃をいなすにも限界がある。ひとつひとつの攻撃が重い。

「ダークシャドウ」

 私は自分の分身を複数出し、ヒーロの後ろから攻撃させる。

 ヒーロは一回転する。その衝撃波で私も分身たちも翼で踏ん張っても飛んで行ってしまう。

「ふぅ」

 一回転したヒーロは一呼吸する。少しの間、止まっていた。

「…………」

 私と分身たちはすぐに立ち上がり、攻撃態勢に入る。
 私はさらに影から分身を出し、全員で瞬間移動をする。

「おお、これはサタンにはできない身軽な技だ」
 ヒーロは感心している。これなら本物がどれかはわからないだろう。

 複数の分身はそれぞれヒーロに剣を振るう。ヒーロは身軽にそれらをすべて躱す。

 剣には魔術で切れ味を増している。それをわかっているのかヒーロは腕で剣を受け止めることをやめた。食らったらひとたまりもないもないことの証明だ。

「これを全部避けるのは疲れるな。体力勝負だとさすがに勝てないかもしれない」

 ヒーロの額には汗がにじんでいた。それでも笑みを絶やさず、すべての攻撃を避けている。そして再びヒーロは一回転をするモーションに入る。あれは翼があっても耐えられない。

 ヒーロは一回転する。すべての分身が飛んで行く。

 今がチャンスだ!
 私はヒーロの影から正体を現し、剣を振るう。
 一回転した直後に少し隙が生まれる。その隙を狙うために最初から私はヒーロの影に隠れ、チャンスを狙っていた。

 剣がヒーロの背中を斬る瞬間、ヒーロは消える。

 それも、読めてる。どうせ当たらないことはわかっていた。だから――

「っ!」

 私はその場で剣を持ったまま一回転をする。
 いつの間に私の背後に立っていたヒーロは私の剣に反応できていない。

「ダークシャープネス!」

 私はさらに剣の切れ味を上げて思い切り振るう。

「ぐあっ!」

 感触はあった。
 勝った。
 ヒーロを見ると、体が切れている。ただし、それは靄として消えていった。

「え」
「すごいよ!」

 私は後ろを振り向くと、そこには笑顔で拍手をするヒーロがいた。

「……なんで」
「僕の分身を倒せる人がいるなんて思わなかった」
「分身?」
「うん、分身。僕の100万分の1の力を持った分身なんだけどね。いやあ、久しぶりに良いものが見ることができた。これは魔界も安泰だね」
「…………100万分の1?」

 今のがヒーロの100万分の1の力、なの? そんなのって……。

 というかいつの間に分身と戦っていたんだ? どうして私は気が付かなかったんだ。
 そうか……。ヒーロは気配を消すことができるんだ。

「敬意を称して、本物の僕が相手をしよう。……それじゃあ、行くよ」
「っ!?」

 一気にヒーロのオーラの強さが変わった。きっとこれもまだ本気じゃないのだろう。しかし、私は気圧され、尻もちを付いてしまった。

「やっぱり止めておくかい?」
「サティ!」
「参戦してもいいわよね」

 尻もちを付く私の前にカエンとフウラが現れた。

「お、仲間だね」

 ヒーロは嬉しそうに笑みを浮かべる。

「「火炎烈風」」

 カエンが炎を口から出し、フウラが翼から羽を出し、炎の羽がヒーロに飛んでゆく。
 ヒーロはそれに直撃する。

「やったか!?」
「少しやり過ぎたかしら」

 カエンとフウラが笑みを浮かべて言う。

「いやあ、面白い技を使うね」

 炎の羽が当たったはずのヒーロは何となしにカエンとフウラの方を向く。

「おいおいおいなんもしてねえのに無傷だぜ……」
「さすがにそう簡単には行かないわね」
「ふたりとも……」

 なんとか私は立ち上がる。
 そうだ。ひとりじゃできないことがある。でも、みんなと一緒に支え合えば、勝機は見えるはずだ。

 みんなを、頼るんだ!

「サンネ!」

 私はサンネに声を掛ける。

「わかったぁ!」

 サンネは思い切り地面を叩き、地割れを起こす。

「お、おお」

 ちょうどヒーロが立っている場所に地割れは起き、ヒーロはバランスを崩す。

「リンコ!」
「はい!」

 リンコが手を前にかざす。割れた地面から大樹が発生し、ヒーロを捕まえる。

「ダークシャドウ!」

 さらに影で大樹を包み、ヒーロをとらえる。

「ヒイラ!」
「うん!」

 私は、みんなを信じる!

「せいやああああ!」

 ヒイラがヒーロに向かって剣を振るう。

「さすがにその剣じゃあだめだよ」
「くっ!」

 リンコと私で拘束しているにも関わらず、ヒーロは両腕の拘束を解き、ヒイラの剣を受け止めようとする。


「みんなを、守る!」


「っ!?」

 ヒーロはとっさに手から剣を生成する。そうしてヒイラの剣を防ぐ。
 そして剣同士が合わさり、火花を散らしている。

 ヒイラを見ると瞳からオレンジの光を放っている。

 ……何が起こっているんだ? ヒイラの剣はただのゴム製のはずなのにヒーロが出した剣と互角に渡り合っている。

「みんなのためなら私! 負けないよ! パパ!」
「……覚醒か。ヒイラ、まさかここまで強くなっているなんてね」


「力が湧いてくる! みんなの思いが、今の私の力だから!」


「ぐっ」

 どんどんとヒイラの剣がヒーロの眼前に近づいてくる。

「みんな!」

 私は声を張り上げる。
 みんなは頷く。

 カエンは最大火力の炎を口から吹き出し、フウラは高速の羽を飛ばす。サンネは地面を持ち上げ、放る。リンコは大樹の鋭い枝を勇者に向ける。そして私は最大限鋭さを増したダークソードを勇者に振るう。

「いや、参った」

 勇者はそう言い、全身から光を放つ。辺り全体が光に包み込まれ、何も見えなくなり、その光に飛ばされる。

 しばらくして光は消え、その場にはヒーロが立っていた。他のみんなは倒れている。

「……何が起こったの?」

 私はなんとか体を起こす。

「魔法だよ。まさか魔法を使うことになるとは思わなかった。完全に僕の負けだよ」
「魔法?」

 私は立ち上がる。

「光の魔法だよ。全体攻撃のね」
「……でも、本気じゃないんですよね」
「いやまあ、それはどうでもいいよ。それより僕に魔法を使わせたこと自体が本当にすごいよ。驚いた。やっぱり絆の力は強いね」

「みんなが力を合わせても、本気を出させられなかった……」

「本気だったよ」

 ヒーロは笑顔で私のもとに来て、私の頭に手を乗せる。
 私でもわかる。本気というのは嘘だ。

「僕の魔法を食らっても立っていられる。やっぱりサティちゃんは強いよ。きっと、お父さんを越える大魔王になれる。自信を持って」
「……でも」

「もし自分に自信を持てないならみんなを信じて。みんなとならきっと、僕たちよりも強く、優しい力でみんなを守れる」

「優しい、力」

 お父様と同じことを言っている。やっぱり、大切なのは力じゃなくて優しさなんだ。でも、優しさじゃ強者に勝つことはできない。それじゃあ、守るべきものも守れない。

「勘違いしちゃいけないよ。力のある人がみんなを守れるわけじゃない。優しい人が力を持って、みんなを守ることができるんだ。それを、絆の力って言うんだよ」

「……私は、その絆の力を手に入れられるでしょうか」

「もうすでに得ているよ。でもまだだ。もっとみんなと仲良くなるんだ。そうすれば絶対、サティちゃんは、いや、キミたちは誰にも負けない強い力を手に入れられるよ」
「…………」

 絆の力。それが何かハッキリとはわからない。

「よし! それじゃあみんなの治療と中庭の整備をしようか」
「……はい」

 そうしてヒーロは先生と笑顔で話して、倒れているみんなにそれぞれ回復術を施し、みんなを起こしていた。

 でも、私は俯くことしかできなかった。
 私はまだまだだ。全然だ。

 私は戦闘中のヒイラを思い出す。

 ヒイラはおそらく絆の力でヒーロと互角に渡り合っていた。でも、それが私にはできていなかった。あれが勇者ヒイラの本領だ。

 本領のヒイラと戦ったら、私は勝てない。
 私は、無力だ。弱い。

 今の私には、その絆の力がなんなのかもわからない。

 私は地面に転がっている石ころを蹴った。


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