「赤い糸を盗る」 第4話:義妹
「うーん、そんなにみんな虎太郎の朝練が観たいのかなぁ」
「開口一番なんですか黒崎先輩」
女子生徒は自転車から降り、眉根を寄せる。
サッカー場から校舎に戻ろうとした最中、駐輪場近くで自転車を押す女子生徒を見て狐人は呟いた。
「子猫ちゃんはまたどうして早く学校に来たのさ」
「それは! その、えと、馬鹿お兄ちゃんが……」
女子生徒、魚金子猫は尻すぼみに言う。
「お兄ちゃんが頑張ってるところを観るために来たの?」
「そういうんじゃないです! 夏休み明け登校初日なのにすごい早く家を出たからなんだろーなーと思って」
子猫は頭を横に振る。
頭を横に振った際に後頭部で2つに束ねられた小さな黒のツインテールが揺れる。
小柄な体型で身長も低いことから見た目は小学校高学年ぐらいに見えるが、立派な高校1年生。そして、虎太郎の義妹だ。
子猫はそのまま俯いてしまう。
「早くしないと朝練終わっちゃうよ?」
「だから、馬鹿お兄ちゃんを見に来たわけじゃないんですってば!」
「じゃあ、何しに来たの?」
「それは……」
そう。まただ。この魚金子猫も魚金虎太郎に想いを寄せる女の子だった。
子猫の場合は家庭の事情があり、なかなか想いを届けることができない。狐人はよく虎太郎の家に遊びに行くのだが、その際、子猫と出逢い、すぐに虎太郎への想いを察した。
以降も狐人が虎太郎の家に遊びに行くときには、ちょっとからかって、そして相談を受ける相手だった。
もう数少ないといっていいかわからないが、子猫も狐人に分け隔てなく接する人間のひとりだ。
「大丈夫?」
狐人が子猫に近づく。
「ち、近づかないでください! 汚らわしい!」
「えぇ、僕何もしてないよ? というかこれでも清潔だからね」
なんのこっちゃと狐人は肩を落とす。
「なんか先輩は存在が怖いんですよ」
「酷いな……、さすがにへこむよ」
狐人は俯く。
「ち、違います! 落ちこませたかったわけじゃなくて! その! えと、なんていうか――」
「嘘だよ」
「え」
「へこんだっていうの、嘘」
狐人は微笑みを子猫に向ける。
「~~~~っ! 先輩の馬鹿っ!」
子猫は顔を真っ赤にして叫ぶ。そうして自転車を押して駐輪場まで行ってしまった。
それにしても、と狐人は大きなため息をつく。
今朝から虎太郎に想いを寄せる女の子全員と出逢うとは思っていなかったのでさすがに疲れていた。
みんな、虎太郎のことが好きだった。でも、その想いは虎太郎には届かない。
なぜなら、虎太郎には運命の相手がいるから。
狐人は目つきを変え、校舎を見据える。
「――本当、みんな馬鹿だな」
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