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「ろりーたふぁんたじー」 第6話:優しさ

 自室に入り、ベッドで本を読んでいると扉が開かれた。

「あ、サティちゃん?」
「ノックをして!」
「ああ、ごめん。そんな怒んないでよ」

 肩を落とし、しゃがんで自室に入ってくるのは大魔王サタン、お父様だ。
 私はベッドの上で正座になり、眉をひそめる。

「……何か御用ですか?」
「いやあ、初めての学校どうだったかなと思ってさ」

 お父様は私の自室にある多くのぬいぐるみを触れて言う。

「触らないで!」
「ご、ごめんってば。それで、学校はどうだった?」

 お父様は床にあぐらで座り、問うてくる。

「べつに、普通です」
「普通て。みんなとは仲良くできそう?」
「政治のために最低限の交流は図っています」
「へぇ」

 お父様は立ち上がり、私の机に置いてある写真を見やる。

「仲良くやってんじゃない」
「~~~~っ! 勝手に見ないで!」

 私は勢いよく立ち上がり、写真を奪い取る。

「いやあ、風林火山の子も、ヒイラちゃんも大きくなって。サティちゃんもそうだけど、前まではこんな小っちゃかったんだよ? 時が経つのは早いねえ」
「まだまだみな未熟です。教育が足りていません」

 今朝の教室を入ったときや、テスト中のことを思い出す。まともに風林火山の後継者、そして立派な勇者になるなんて想像つかない。

「サティちゃんもまだまだ未熟だよ」
「む、そんなことありません」

 頬が膨らむ。
 少なくともみんなよりはまともだという自覚はある。

「政治のことは俺も難しくてわかんないことばかりだけどさ、みんなで仲良くするためには力だけじゃダメなんだよ。心の中に優しいものがないといけないんだ」
「大魔王様が言うような言葉じゃないと思いますが」
「大魔王だって優しさは必要だよ? 風林火山もそうだけど、配下には力で従わせるだけじゃダメ。ちゃんと優しい心を持って向き合わないと誰も付いてきてはくれない。
 まあ、そんなことを言いつつ、昔の俺はけっこう激しくやってたけどさ、きっとサティちゃんだったら俺と違った形でみんなと仲良くなれると思うんだ」
「お父様とは違う形、ですか」

 私はお父様のような力を持った大魔王になりたい。優しさなどいらないと思っている。

「うん。それを俺は勇者に教わった」
「勇者からですか?」
「あいつ滅茶苦茶強いくせにさ、お人好しで、それで俺の配下に対しても命を奪ったりしなかった。それで、俺のもとに来たときも最初は俺に手を差し伸べて、まあ結局戦うことになっちゃったんだけど、まあ、色々とあって、最終的には仲良くなった」
「どうして仲良くなったんですか?」

「どっちも、大切なものがあるって気づいたからだよ」

「……大切なもの」
「ママもサティちゃんも俺にとっては大切な家族だ。でもね、配下のみんなも俺にとって大切な家族なんだ。それはむこうも同じ。みんな、家族だ」
「みんなが家族。その考えは、わかりません」
「だろうね。それは色々経験していかないと辿り着かない考えだから。サティちゃんもいつかわかってくれるといいな。それがわかったときはじめて、サティちゃんは成長できたって証だよ」

「私には、その答えに辿り着けるでしょうか」

 私は俯く。お父様が言う色々な経験というのはおそらく、厳しい現実のことを言うのだろう。

 今のこの平和な世界で果たしてお父様のように勇気のある結論に辿り着ける自信がない。

「きっと辿り着けるよ。だって、俺の自慢の娘なんだから」

 お父様は大きな手を私の頭に乗せる。その手はあたたかく、落ち着く。

「……お父様の昔のこと、もっと知りたいです」
「えぇ、昔の俺はやんちゃだったからあんま話したくないなあ」
「でも、数々の戦を乗り越えてきた最強の大魔王。私もそんな大魔王になりたいんです」
「ママからどう俺のことを教わってきたかわかんないけど、昔の俺は本当に大したことをしてないよ。サティちゃんは、サティちゃんの思う大魔王になればいいんだよ」

「……私の思う大魔王は、最強の魔王です」

「まあたしかに! 俺、最強だったけど! ぶっちゃけ勇者よりも強いし! あいつら寄ってたかって俺に向かってくるだけで、単体だったら俺の方が普通に強いからね!」
「…………」

 お父様は自慢げに言う。本当にそうだったのかと疑うぐらい調子に乗ったその口調はどこか胡散臭い。信じられない。

 でも、事実なんだ。
 お父様は最強だ。

 それなのに、どうしてその力を振りかざさないのだろう。やろうと思えば、この国を征服することもできるはずなのにそれをしない。

 今の私にはその理由がわからなかった。

 大切なもの。その存在に気が付けば私もお父様のように考えられるのだろうか。

「でも、本当に強いって言うのは、力が強いってことじゃない。それを忘れないでね」
「……難しいです」
「も~う、サティちゃんは固いな~。昔のママにそっくり」

「昔のお母様にですか?」

「そうそう。ほら、ママ怒ると俺より怖いでしょ? それ、昔から」
「そ、そうなんですか」

 お母様が怒るときはだいたいお父様が夜遅くまで飲み明かしているときぐらいだが、たしかに恐ろしい。

 そんなお母様を見て育っているから私はお母様に逆らえない。

「というか、お父様が怒ったときを見たことがありません」
「ああ、俺? 俺は怒んないよ。怒ったって疲れるだけじゃん。ほんと、ママの気が知れないよ……」
「お母様にそう伝えておきます」

「待ってやめて! 嘘! ごめんなさい! 許して!」

 お父様は跪き、手を擦り合わせる。
 本当に威厳がない。
 私は一体何を見て威厳ある魔王になればいいのやら……。

「お父様が私に稽古をつけてくれれば許してあげます」
「稽古ね~。もう少しサティちゃんが大きくなったらね」

 お父様は床にあぐらをかき、誤魔化すようにそっぽを向く。

「……昔からそればっかりです」

 昔から言っているのだ。お母様もたしかに強いのは知っているが、最強の大魔王直々に稽古をつけてもらえれば、私も最強になれる。そう思って毎回頼んでいるにも関わらず、毎回はぐらかされる。

「……俺の力はね、べつに継いでほしいとは思わないからさ」
「でも! 私は最強の大魔王になりたいんです!」
「だから、サティちゃんはサティちゃんのやり方で大魔王になってほしいのよ」
「むぅ」

 力はいざとなったときに必要になるものだ。たしかに最低限の力はお母様に教わっているが、それでも自分が最強なんてとてもじゃないけど思えない。

 きっとお父様は自分の何百倍、いや、きっと比べられないくらい強いのだろう。どうしてそれを引き継いでくれないのか私には理解できなかった。

「ま、そんなわけだから学校で成長してよ。きっと、俺の考えてることもわかってくれるだろうからさ」
「あそこにいても、強くなれる気がしません」

 現に私は勇者の育成を行っている。風林火山の子たちの子守りみたいなものでもある。

 あんなところにいて最強の大魔王の力に匹敵する何かが見つかるとは思えない。

「力をつけることが強さじゃないよ。それを、学んできなさい」

 お父様は優しい口調で言う。これ以上、何を言っても変わらないだろう。

「……はい」
「そんじゃまた夕飯でね」

 お父様は立ち上がり、私の自室を狭そうに通る。

「はあ」

 大きくため息をつく。

「お父様の言う、大魔王ってなんなんだろう……」

 私はベッドで仰向きになり、呟いた。


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