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「How much are you?」 第16話:部下

「まさかそんな事情があったとはね~」

 霞がソファであぐらをかき、顎に手をやる。

「ええ」

 仁は俯いたまま、消え入りそうな声を出す。

「胡桃ちゃん、瑠美菜ちゃんのお父さんがお金を必要としている理由、それが借金返済のためだめなんてね」

 霞はさきほど、仁が伝えたことを復唱する。
 霞は顎に手をやったまま、何かを考え込んでいる。

「何か思い当たる節があるんですか?」
「ああ、いや、いくつか疑問があってね」
「なんですか」
「どうして胡桃ちゃんをキミに担当させたんだろう。胡桃ちゃんほどの才能があれば、腕のあるキミじゃなくても上手くゆくはずだよ」
「…………」

 たしかにそうかもしれない。
 聖城はわざわざ胡桃に仁を紹介させた。
 そこには何か、仁でならなければならない理由があるはずだ。

「俺なら、確実に胡桃をアイドルにできるから、とか?」
「よく自分で言えるね」
「事実です」

 仁は眼鏡をくいと上げる。

「私はこう思う。キミには瑠美菜ちゃんを諦めさせて、より確実な胡桃ちゃんをよこす。そして、ふたりともアイドルとして成功し、すべての希望を叶えさせる。立役者は聖城くん。サポートが仁くん」
「そうなりますね」

「そうなると、どうなると思う?」

「どうなるっていうんですか」

 仁は純粋に霞に疑問をぶつける。

「キミに貸しができるってことだよ。キミに貸しを作った聖城くんは別の案件、もしくは銀行での何かにキミを利用できるかもしれない」
「俺を利用って、何ができるんですか?」

 霞は真剣な眼差しで仁を真っ直ぐ見据える。

「キミは、頭取のご子息でしょ」

「…………」

 仁は押し黙ってしまう。

「たしかに、親父は銀行のトップです。でも、それと俺は関係ない。親の七光りだとしか銀行内では思われていない。そんな俺を利用できるんですか」
「利用できる手札は多いに越したことはないよ」
「手札……」
「やっぱり、狙われているのはキミ、仁くんで間違いなさそうだね」

「どんな理由であれ、俺は胡桃をアイドルにさせます」

「そう、だからこそ、キミは都合よく利用されるんだよ」

 仁は舌打ちをする。

「利用されるなら、それでも構わない。親父がどうなろうが知ったことではありません」
「そっか」

 霞はソファに寝転がる。

 もうひとつの不安が霞の頭によぎる。

 聖城と霞は仁の母、氷菓の部下だった。

 氷菓は常に毅然としていて、誰に対しても厳しく、そして自分にはもっと厳しい人間だった。

 部下であった聖城と霞だけでなく、氷菓の部下はそんな氷菓に対して辟易としていた。

 取引先の会社への融資も、ただ今まで通り融資してきたという理由では決して稟議を通さないほどだ。

 こんな上司、他にはいない。

 ましてや聖城は入行したて。毎日叱責を浴び、頭を抱えていた。

 聖城は氷菓に対して憎悪していたかもしれない。それが今でも変わらないのであれば――――。

 霞は不安を払拭するため思考を止める。

「あ」

 霞は声を上げ、思い出す。

「なんですか」
「新しい情報だよ」
「教えてください」
「キミが真のロリコンだということがわかった」
「襲ってやりましょうか」

 仁は眉間に皺を寄せる。

「え、なに、やだ、興奮しちゃう」
「安心してください。俺にはそんな趣味ないんで」
「はぁ、こんな美人で花盛りな私が誘ってるのに断るとか本当にキミはどうかしてるね」
「花盛り……たしかに俺は咲き誇る花を愛でるのは好きですよ」
「なら――」
「枯れた花を愛でる趣味はないんで」
「こいつ、マジでぶっ飛ばしてやろうかしら」

 霞はソファから立ち上がり、拳に力を入れる。

「花が咲き誇るのは小学生までです。あとは枯れゆく……。諸行無常。悲しいですね。霞さんにも咲き誇っていた時代が会ったというのに」
「もし私が小学生のころの写真を見せたら?」
「興奮します。発情するかもしれない」
「うん、やっぱ見せないでおこう」

 霞は呆れ、ソファに寝転ぶ。

「冗談はこの辺にして、新しい情報」
「あるなら最初から勿体ぶらないでください」

 仁はこめかみに手を当てる。
 寝不足で疲れているのだ。
 冗談に付き合わされるこっちの身になってほしい。

「聖城くんは、瑠美菜ちゃんにアイドルになるための特訓をさせてるよ」
「特訓、ですか?」
「そう、文字通り特訓。ダンスレッスンや歌のレッスンをさせてる」
「意外と普通ですね」
「まあ、アイドルとしては当然のスキルだからね。でも、レッスンを今してるからってすぐにアイドルレベルになれるとは思わないけどね」
「そういうものですか」

 仁は踊りや歌に疎いため、その辺りのことはわからない。

「アイドルになった先を見据えてのことでしょうか」
「う~ん、どうだろ、そんなことをしてる暇があるのかな」
「まあ、とにかく変なことをされてなくて良かったです」
「そうだね。また、何かわかったら教えるよ」
「ありがとうございます。ではまた」

 仁は霞にお礼をし、立ち去る。


 瑠美菜に胡桃、そして彼女らの父親。
 完全に利害が一致している。
 そしてそのために聖城が動いている。
 狙いは俺だとして、何がしたいのか。

 見えない。

 ただ、聖城という人物が何を考えているか。

 少なくとも、単なる聖人ではないことはわかる。
 仁は頬を叩き、気合を入れなおす。


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