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「赤い糸を盗る」 第16話:ネックレス
「いやあ、綺麗な夜景だね」
「…………」
狐人と竜美が観覧車に乗る。
狐人は今まで観覧車に乗ったことがないので、ビル明かりの夜景を見て感動していた。一方の竜美は無言、無表情で狐人を見ていた。
「あれ? 銀杏さんは高いところに苦手だった? そうだったらごめんね。無理やりこんなところに呼び出しちゃって。夜遅くなって親御さんは心配しない?」
狐人は心配げに竜美に尋ねる。
「何のために私だけを呼び出したの?」
竜美は狐人の問いに答えず、真っ直ぐ見据え問う。
「少しはこの綺麗な夜景に感動してもらいたいんだけどなあ。銀杏さんのぶんのお金も僕が払ったんだから」
「質問に答えて」
竜美は眉根を寄せる。
「僕の質問にも答えてほしいんだけどな」
狐人は苦笑する。
「綺麗で素敵な場所ね。あなたがいなければ」
「ひどいなあ」
「それで、どうして私を呼び出したの?」
「うん? 感想を聞かせてほしくてさ」
「何の」
「今日のこと。本当に楽しんでくれた?」
狐人は笑みを浮かべながら首を傾げる。
「あなたの条件にのんで来たまでよ。楽しかったどうかなんてどうでもいい」
「僕の条件?」
狐人は首を傾げる。
「約束したでしょう。4人で遊ぶことが私の運命の相手を教えてくれる条件だって」
「そんな条件出したっけ?」
竜美は無言でメッセージアプリを開き、狐人との会話履歴を見せる。
「ああ、僕の恋を実らせてもらえば運命の相手を教えてあげるって話だったね」
「教えて」
「あはっ、銀杏さんはさ、その運命の相手に会ってどうするの?」
竜美の単刀直入な物言いに、狐人は面白おかしく笑う。
「どうするって、それは……」
「特に決めてないんだ」
「想像ができないのよ。本当に私の運命の相手が近くにいるなんて」
「いるよ」
「どうしてあなたはそれを知ってるの?」
「それは想像できない?」
竜美は顎に手をやり考える。
『お前は、ネックレスを付けてるのか?』
さきほど虎太郎がショッピングモールで竜美にかけた言葉を思い出す。
「魚金さんが何か関係があるの?」
「どうだろうね」
「…………」
「少し昔話をしようか」
突然、狐人が言い出す。
「……昔話?」
「うん、キミの胸元にあるネックレスについて、ね」
「私はネックレスを付けていない」
「僕がその程度の嘘を見破れないわけないじゃないか。だって僕だよ?」
「意味が、わからないわ」
「わかるよ。キミが普段からネックレスを隠して付けている理由を」
「適当なことを言わないでもらえるかしら」
「つらいよね」
「っ!」
竜美は目を見開く。
「ネックレスを交換した相手が今、この世にいるかわからない。自分の初恋の相手がどこいるかもわからない。
そんな人、もうとっくに存在していないかもしれない。存在していても、相手はとうに約束を忘れているかもしれない。
でも、どうしても期待してしまう。いつかまた会えると。でも、怖いよね。本当に再会し、相手が約束を覚えていたとき、どうしていいかわからない。
相手の気持ちがわからないから、どうしようもない。自分ひとりだけ思いあがっているだけで相手は自分と同じ気持ちかどうかわからない。
だから、自分の気持ちを閉まっておく。心を閉じておく。誰にも自分の想いを知られないように、ただ自分の想いを、感情を隠す。
その隠されたネックレスのようにね。そうやって生きてきたんだもんね。つらかったよね。僕にはわかるよ、その気持ち」
狐人は捲し立てる。まるで、竜美の心の中を土足で入り、ぐちゃぐちゃにかき混ぜるようにして言葉を紡ぐ。
「ち、違う! 私のことをわかったような口を利かないで!」
「でも、それだけの想いがあるにも関わらず、相手の顔を思い出せないんだね」
「っ!」
「だから、一緒に答え合わせをしていこうか」
「答え、合わせ?」
「うん、僕はキミの味方だ。キミの恋が成就することを、誰よりも祈り、願っている」
「また適当な嘘――」
「まずはいつだったか。12年前だね」
「……12年前」
竜美が4歳だったころ、そのときに運命の相手に出逢った。
――どうして、そのことをこの人は知っているの。
竜美は驚きを通りこして、恐怖を覚える。
「次は場所。筑羅山。川が綺麗だったよね。まるでここから見える夜景のように、きらきらと輝いていた。覚えているかい?」
狐人は思い出し、浸る。
「綺麗、だった。川には、魚がいた」
竜美はかすかな記憶をたどる。たしかに12年前、4歳の頃、竜美は家族でバーベキューをしていた。
「そして何が起こったか」
狐人は前かがみになり、膝に肘を置く。
「わた、しは、魚を捕ろうと思って、川に、入った」
拙いながらも記憶を必死にたどり、ぽつりぽつりと降り始めの雨のように言葉を発する。
「そして、キミは川で溺れてしまった」
そうだ、と竜美は思い出す。
竜美が幼い頃、バーベキューをしているときに魚が泳ぐ川に興味を抱き、近づいた。
そして足を滑らせた。当時泳げなかった竜美は、浅い川でも恐怖が勝り、体をじたばたと動かし、溺れ、川の流れに少しずつ流れてゆく。
「……とても、怖かった」
竜美は当時を思い出し、俯き呟く。
「そのときに現れたんだ。ヒーローがね」
「……ヒーロー」
「キミが溺れていたところを、ひとりの男の子が救った」
そのときの記憶ははっきり覚えている。そのときの恐怖とそれから救われたことがとても鮮明に記憶に残っている。
「それで、私は、泣いた」
「泣き止むまでその男の子はずっと一緒にいた。そして、そのときキミはふたつのネックレスをしていた」
「……ええ」
父からもらったものだった。好きな人ができたときにふたつのネックレスの片方を渡してあげなさいと竜美は言われていた。
泣き止んだ竜美は、自分を救ってくれたヒーローに惹かれ、片方のネックレスを渡した。男の子は大層喜んで、笑っていた。
「嬉しかったなあ」
「え」
狐人は青いワイシャツのボタンをひとつ、ふたつ、外してゆく。
そこには、欠けたハートのネックレスがあった。
「久しぶり。また会えてうれしいよ、竜美ちゃん」
狐人は笑って言う。
「え」
竜美は目を見開く。
「ずっと大事にしてた。でも、どうせもう二度と会えないんだって思ってた。それでも僕の気持ちは変わらなかった。
自分の初恋の相手からもらったものだから。ずっと、ずっと、胸の内に秘めていた。きっともう会えない。
でも、いつかは会えるかもしれない。
そうずっと期待していた。そんな自分が馬鹿だと思っていた。どうせ竜美ちゃんはあの時のことを忘れてしまっているだろうと思ってた。
僕も最初、どうしていいかわからなかったよ。まさか、竜美ちゃんが僕の高校に転校してくるなんて」
狐人は微笑み、大事そうにゆっくりと欠けたハートを右手で握る。
「う、そ」
竜美は驚きと戸惑いで固まってしまう。
狐人は姿勢を正し、真剣な表情を竜美に向ける。
「でも、僕は決めた。これは運命なんだって。だから、その運命を恐れず、真っ直ぐ向き合うことにした。自分の気持ちに嘘は付けないから。今でも、気持ちは変わらないから」
「あなたが、私の、運命の、相手?」
「言えなくてごめんね。僕は、勇気がなかった。ちっぽけな僕なんかが運命の相手じゃ、竜美ちゃんががっかりしてしまうんじゃないか。
竜美ちゃんは昔、ただ善意でネックレスをくれただけで、好意があるかどうかもわからなかった。
僕はそれだけ、自分に自信が持てない人生を送ってきたから。でも、竜美ちゃんは今もネックレスを付けてくれている。そうだよね? 見せて、くれないかな?」
狐人は優しく微笑む。
竜美は首元からチェーンを手繰り寄せ、首元からネックレスを出す。
そこには、欠けた片方のハートのネックレスがあった。
「やっぱりそうだ。やっと、会えた」
狐人は安堵した表情で言う。
竜美は自分のネックレスと狐人が掛けているネックレスを確認する。それは間違いなくふたつでひとつの形を成すハートのネックレスだった。
「で、でも、じゃあ、魚金さんの言葉は」
『お前は、ネックレスを付けてるのか?』
「虎太郎もずっと僕の恋を応援してくれたんだ。だから今日、わざわざこうやって場を設けてくれたんだよ。意外と優しいやつでしょ? 僕の親友だから」
「そう、だったのね。てっきり、あなたの想い人は桜さんだと思っていた」
「違うよ。僕の想い人は、運命の相手は、キミだ」
「本当に、あなたが、私の、運命の相手なの?」
「信じられないよね。まさかこんな偶然、運命が起こるなんて誰もが思わないもんね。でも、やっぱり運命はたしかに存在した。こうして、再び会うことができた。
これは、たぶんだけど、ふたりが想い続けていたから、こうして運命はやってきたんじゃないかな」
狐人は恥ずかしそうに言う。
「っ!」
狐人の体に衝撃が走る。
竜美が狐人の体を抱きしめたのだ。
「会い、たかった。やっと、やっと、会えた」
竜美は泣いていた。どうして泣いているか自分でも理解できなかった。でも、涙は止まらなかった。
ずっと、自分の想いを閉じ込めていたものが扉を開くようにして光が、想いが体中に広がった。やっと、自分の想い人に、再び想いが伝わった。それがきっと、とても嬉しかった。
狐人は優しく竜美を抱きしめる。
「遅くなってごめんね」
「本当、本当よ。私、ずっと待ってた! ずっとつらかった! あるかわかないものにずっと想って、ずっと待って。諦めようと何度も思った。でも、諦めきれなかった。よかった……。諦めなくてよかった」
「うん、僕も痛いほど気持ちがわかるよ。ずっと、ずっと、ずっと、想い続けていた。それが、叶うなんて。きっと、僕たちは神様に愛されてるんだね」
「ふふっ、あなたの言い草。いちいち胡散臭いのよ」
「ごめん。でも、こうやってでしか、嬉しさを表現できなくて」
「不器用なのね」
竜美は泣きながら微笑んだ。
胡散臭い。腹黒い。そう竜美は狐人を思っていた。でも、今日1日も通しても思ったのだが、狐人はただ不器用なだけなんだと思った。不器用で、でも、真っ直ぐな人だったんだ。
竜美は狐人の膝に座る。狐人は強く抱きしめる。
「この想いは、僕たちだけのものにしよう」
「え?」
「他の人たちに邪魔されたくないんだ。だから、みんなの前では今まで通りでいこう」
竜美は泣きやみ、狐人の顔近くで狐人を見やる。
「恥ずかしがり屋さんなのね」
「だっていかにもラブラブカップルっていうのは……竜美ちゃんも恥ずかしくない?」
「ふふっ、たしかにそう言われてみると恥ずかしいわね。でもじゃあ……ふたりのときだけは、名前で呼んでいい?」
「いいよ」
狐人は優しく微笑む。
「き、狐人くん」
竜美は顔を赤くして言う。それでも視線は狐人から外さない。
「竜美」
「ちゃんが抜けたわね」
ふふっと竜美が笑う。
「僕もいい歳だからね。嫌かな?」
「ううん、嬉しいわ。狐人くん」
「竜美」
「狐人くん」
「竜美」
ふたりが名前で呼び合う。狐人が恥ずかしそうに笑う。
「なんだか恥ずかしいね」
「そ、そうね」
竜美は顔を真っ赤にし、狐人から目を逸らす。その様子を見て、狐人は微笑む。
「可愛いな」
「そ、そんなこと言わないで」
「可愛いよ」
狐人は竜美の頭を撫でる。
「や、やめて」
頭を撫でられ、竜美は余計に恥ずかしくなり、拳を軽く狐人の胸に当てる。しかし抵抗はしない。
狐人は微笑みながら言う。
「好きだよ、竜美」
「私も、好き。狐人くん」
狐人はそっと竜美に顔を近づける。
「あっ、」
竜美は未だに顔を真っ赤にして戸惑う。
狐人はお構いなしに近づく。
「ちょっ!」
「ぶへぇ」
竜美の掌底が狐人の顔に当たる。
「そ、そういうのは、まだ、わからない、から」
「ご、ごめん、そうだよね。早まっちゃった」
狐人は自分の頭に手をやり、恥ずかしがる。
「もう」
竜美は頬を膨らませる。
観覧車はゆっくりと回り、そして下がってゆく。
狐人と竜美は観覧車から降りる。
「楽しかったわ」
竜美は狐人に笑みを向ける。
「僕も楽しかった。また乗ろうね」
「ええ」
「遅くなっちゃったけど、帰り送ろうか?」
「ううん、大丈夫。……その、あまり、ずっと一緒にいると耐えられないから」
「ひどいな」
狐人は苦笑する。
「ご、ごめんなさい! 悪い意味じゃなくて……、その、良い意味で」
「そうだね。それは僕もそうだ。また、早まっちゃうかもしれない」
「もう!」
竜美は顔を赤くし、頬を膨らませる。
「冗談だよ。それじゃあ、気を付けてね。また明日」
「ありがとう、また明日」
狐人と竜美は互いに手を振り合い、別れる。
狐人は帰途に就く。
「ノルマクリアだね」
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