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第6話 進歩 「小説:オタク病」

 昼休み。俺は環を対面にして座り昼食を摂っていた。
 女子とふたりで昼食なんて、正直緊張する。

 周りに変な目で見られてないよな? つっても付き合っていることを知らせるわけだから変な目で見てもらわないと困るんだけどな。

「はあ」

 俺の心配をよそに環は大きくため息をついた。

「ため息なんてついてどうした?」
「やっぱり私、社会性がないのかもしれないわ」
「ああ、今朝のな。つーか、今さらかよ」

 一ノ瀬はなんだかよくわからんがいなくなっちまったし、空馬とは怖くて話せなかった。

 環が思い悩むのも無理ない。

「一ノ瀬さんには嫌われた」
「べつに嫌われたわけじゃないだろ。なんかその、びっくりしたんだろ? 知らんけど」
「……一ノ瀬さん、あなたに気があったんじゃないの?」
「さすがにそりゃねえよ。俺、鈍感系主人公じゃねえんだぞ?」
「鈍感系は自分が鈍感なことにも気づかない重罪人なのよ」

 そこまで言わなくていいだろ。鈍感なのは大人の事情なんだよ。

「仮に、仮にだ。一ノ瀬が俺に気があるとして、それでどうしてお前を嫌いになる?」
「恋敵じゃない。それぐらいわからないの? ちゃんとラノベ読んでる?」

 ラノベに恋愛の極意が載ってるんですか? 載ってますね。俺、超恋愛してる。二次元で。

「それぐらい一ノ瀬が俺に気があるなんて考えられねえってことだよ。あいつ、俺のこと蚊と同じだと思ってるからな」
「それは表面上そう言ってるのよ。本当は、あなたのことを想っているのよ」
「……実は俺って、モテんのかな」

 環は俺を真っ直ぐじっと見つめる。やっぱり俺実はハーレム主人公なのか――

「あり得ないと言い切れるわ」
「吟味したうえではっきりと否定するな」
「だってあなた身長低いじゃない」
「身長関係ねえだろ! あ~あ、これだからリアル女子はよ! 身長、身長ってそんなに身長高いのが偉いのかよ。空馬、果てろ! 小さくなって少年探偵団にでも入ってろ!」
「一般論よ。私も二次元の男子に身長は求めないわ」
「そういや思ってたんだけどよ、お前、二次元の男と女どっちが好きなんだよ」

俺が読んでいるラノベは可愛いヒロインがテーマの作品だ。同じラノベを読むということは女の子も好きなのだろう。

「女の子の方が好きね」
「なんで?」
「だって可愛いじゃない」
「ああ、可愛いな」
「そこは異論ないのね」
「そうみたいだな」

 俺は初めて環と共感できた気がした。

「はあ、でも、私は結局リアルの女の子には好かれない運命なのね」
「一ノ瀬のことか? うーん、また話してみるよ」
「私一言も話せないわよ?」
「堂々と言うな。んじゃあ、俺ひとりで話してみるわ。あいつとならお前でも上手くやれると思うんだけどな」
「やっぱり私は、一ノ瀬さんがあなたに気があるに一票。止めておいた方がいいわ。火に油を注ぐだけよ。うぅ、私、もう明日から学校に来られない。というかもう帰りたい。これ以上嫌われたくない……」

 環は顔を真っ青にしながら腹を押さえている。

「大丈夫だって。心配すんな」

 俺は努めて笑ってみせる。

「何よ。主人公面してんじゃないわよ」
「……お前のために言ってんだよ。ちょっとは感謝しろ。というかお前もなんか努力しろ。社会変えんだろ」
「先が思いやられるわね」
「お前が言うな」
「社会性のない私たちがどうしたら社会性を得られるのかしら」
「……そこの策なかったの?」

「久遠さん、ちょっといい?」

「へっ?」
「おお、一ノ瀬。どうした?」

 俺と環が話していると突然、一ノ瀬が俺たちの席に近づき、席を持ってきて座る。

「面接をしたいと思います」
「め、面接?」

 環は両手で今にも掛けそうなほどヘッドフォンを触れ、戸惑っている。

「一ノ瀬、急になんだよ。こいつそういうの――」
「あれ、蚊の羽音がうるさいなー」
「あの、蚊じゃなくて人間です。やっぱこいつ俺のこと嫌いだよ? ちょっと期待した俺が馬鹿だったわ」

 一ノ瀬に暴言を吐かれ、俺は怯む。

「面接その一、猪尾くんのどこが好きなの?」
「え、えと…………その、趣味が、あうところ」

 環は俯き呟く。

「お、おう」

 嘘だとわかっているがつい照れてしまう。

「ふ~ん。じゃあその二、猪尾くんは病気関係なく社会不適合者です。そんな人でもいいんですか?」
「言い過ぎ言い過ぎ。俺なんでそこまで言われなくちゃなんないの?」
「…………私も、社会、不適合者、だから」
「まさか久遠さんが猪尾くんと同類だとは思わなかったよ。でも、類は友を呼ぶというやつなんだね。じゃあその三、本当に猪尾くんのことが好きなの?」
「っ」

 やっぱり一ノ瀬も空馬同様、疑っているのか。まあ、そりゃそうだよな。
 いきなり俺にこんな見た目の綺麗な彼女ができるはずがないと思うだろう。

 ああ、見た目が綺麗なっていうのは一般論であって実在する俺の好みとは一切関係がありません。

「…………た、宅也は、私とおんなじ。…………で、でも、私と違って勇気がある。だから、頼りに、してる」

 その言葉が本当なら、ちょっと嬉しいな。

「そっか」

 一ノ瀬は頷く。

「わ、私は!」

 いきなり環が口を開く。

「……私は、一ノ瀬さんと、仲良くなりたい……です」
「……環」

 嫌われているかもしれない。そんな風に思う相手にそんなことが言えるなんて、俺にはできない。

 ちゃんと、世界を変えようと努力できんだな。

 一ノ瀬はゆっくりと口を開く。

「わたしは、ちゃんと猪尾くんのことをわかって、思ってあげられる人がいることがすごく嬉しいよ。それで、わたしは、そんな人とお友だちになりたいと思う。だからね久遠さん、いや、環ちゃん。お友だちになろっ?」
「あ、はい!」

 一ノ瀬が環に手を差し出し、それに環はそっと手を添える。

「よかったじゃねえか」
「…………え、ええ」

 一ノ瀬は顔を真っ赤にしながら頷く。

「それで、ふたりはどこまでいってるの?」

 一ノ瀬が俺の方を向き、問う。

「どこまでって?」
「だから、恋人としてどこまで進んでるのってこと」
「ああいや、昨日こいつと付き合い始めたから何もしてねえよ。強いて言うなら今こうして一緒に飯食ってる」
「へえ、じゃあデートもまだなんだ。ていうか、どっちから告白したの?」
「え、そりゃあこいつ――」
「……(すっ)」

 環が無言で俺を指さす。

「お、おい」
「へー、猪尾くんがね。たしかに環ちゃんのこと気になってたもんね」
「い、いやべつにそんなんじゃないんだけど」
「ちゃんと、向き合うんだよ」

 一ノ瀬は真面目なトーンで俺に言う。

「……わかってるよ」

 この偽物恋人関係は、オタク病差別を社会からなくすためのものだ。だが、同時に環の世界を変える、すなわち社会性を得るためのもものだ。ちゃんと、俺が環と向き合って、環の社会性を高める責任が俺にはある。

 引き受けちまった以上は、俺はやらなければならない。

「それじゃあまずはデートからだね」
「は?」

 俺は素っ頓狂な声が出る。今こいつ何て言った? よく聞こえなかったんだけど。

「だって付き合ったらデートをするのが当たり前でしょ?」
「ま、まあそうかもしんねえけど」
「環ちゃんはデート行けそう?」
「…………(こくり)」

 環は俯き少し思考した後、小さく頷く。

「じゃあ行ってみよう!」

 一ノ瀬は元気に手をあげる。

「ちょっ、なんでお前が進めんだよ」
「わたしが進めないと何も進歩しないでしょ? ね? 猪尾くん? 自分で進展できると思ってるの?」
「ぐっ」

 たしかに一ノ瀬の言う通りだ。ラブコメの知識はあれど、リアルの女とどうやって付き合って進展してゆかなければならないかなんてことは全然わからん。

 というか、俺と環の仲を深める意味あんのか?
 まあ……さっきちゃんと向き合うって言っちまったもんなあ……。

 はあ、それにしてもデート、ねえ。どこで何をしたらいいんだよ。

「それじゃあふたりは週末、秋葉原でデートしよう!」
「おお、アキバか。そういうのでいいのか?」
「環ちゃんはどう?」
「……そこ、で、いい」
「よし! それじゃあ決まりだね」

 はあ、だからなんでお前が仕切ってんだよ。
 と、言いたいところだがここは感謝しないとなんねえんだよな。

 しっかりするか。

 ため息をつくのを堪え、顔を上げる。


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