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「赤い糸を盗る」 第12話:暗雲

「…………」

 魚金家食卓。今日の夕飯は虎太郎の好きな肉じゃが。しかし虎太郎は美味しさを表現せず、ただ黙々と食べていた。

「美味しくない?」

 子猫が不安そうに虎太郎に尋ねる。

「ああ、いや、すげー旨いよ」
「そっか、それならよかった」
「…………」

 虎太郎は無言で食べ続ける。

「学校で何か嫌なことでもあったの?」
「……大切なもんなくした」
「大切なものって?」
「ネックレス」
「っ!」

 子猫が目を見開き、明らかに動揺する。

「どうした?」
「ネックレスってお兄ちゃんの運命の相手にもらったっていうやつ?」
「……ああ、話したっけか?」
「見つかりそう?」

 虎太郎はゆっくり首を傾げる。

「わかんね。サッカー場では見つかんなかったし、落とし物にもなかった。明日も狐人と一緒に探す。絶対に見つけ出す」

「……黒崎先輩が一緒に探してくれてるの?」

「ああ、わざわざ昨日も1時間以上、ずっと一緒に探してくれた。ほんと、いいやつだよ」

 虎太郎は苦笑する。

「…………黒崎先輩が持ってるって可能性はないの?」

「は?」
「あ、いや、なんとなくそう思っただけで」

 子猫は虎太郎から目を逸らす。

「なんであいつが持ってんだよ。あいつがわざわざ取るわけないだろ。たしかに互いに馬鹿やることもあるけど、さすがにここまではしない。そんなやつじゃない」
「そ、そうだよね。ごめん。疑うようなこと言っちゃって」
「気にすんな」

 虎太郎は子猫の発言から色々な可能性を考えた。

――もし、オレがなくしたわけじゃないとしたら、誰かに取られた? 

 そんなことをして得する人間がいるのかと虎太郎は疑問に思う。

 たしかに自分はあのネックレスと、そのネックレスを交換した相手に対して固執している。

 そのことを知っているのは、そこまで多くない。

 知っているとしたら、狐人、リサ、後、芽衣にも話しただろうかと虎太郎は思い返す。

 その数少ない人間が自分のネックレスを奪う意味があるのだろうか。

 ネックレスを奪うメリットがある人間があるとしたら――
 リサ、なのか?

 鈍感な自分でもリサがなんとなく自分に好意を持っているということはなんとなくわかっていた。

 部活動を応援してくれるぐらいだ。自分ではなく、他のサッカー部員を応援しにきているだけで、本当は自分に好意を持っているとは限らないし、そもそもそんなことを思うこと自体が自意識過剰な気もする。

 だが仮に、リサが自分に好意を抱いている場合、他の女に固執していることを嫌がるのではいだろうかと考える。

 しかし、ネックレスを奪う理由はないはずだ。そんなことしても虎太郎の気持ちは変わらない。

 ネックレスがなくなったところで虎太郎の想う気持ちは変わらない。だがリサはそう思っていないのかもしれない。もしリサが虎太郎のネックレスを奪うとしたら――

 リサが虎太郎に飛びついたとき。

 あのタイミングで虎太郎のネックレスを奪ったのだろうか。

 ――あの一瞬で?
 そもそもどうして?

 とういか、この考えは合っているのか。ただ焦っているだけで思考が偏っているだけではないだろうかと虎太郎は自分の考えを否定する。

「あたしも探すの手伝おうか?」
「いいのか?」
「手伝うっていっても、見つけたら教えてあげることしかできないけど」
「いや、助かる! 見つけたら教えてくれ。形はハートの半分の形をしているやつだ」

「……ハートね。わかった。でもどうしてそこまでそのネックレスにこだわるの?」

「それは……やっぱ貰ったもんだから大切にしないとならないだろ」

 虎太郎は深い事情を子猫に話す必要はないと考えた。

「……そっか」

 虎太郎を想う子猫としては果たしてそのネックレスが見つかればいいのかと心の中で葛藤していた。

 もしそのネックレスが虎太郎に戻った場合、得をするのは虎太郎、そしてその運命の相手、虎太郎はきっと運命の相手と再会するためにそのネックレスが重要なのだろうと子猫は考える。

 虎太郎は自分が鈍感なことをわかっている。たとえネックレスを持っている女の子がいてもそれを気が付かない可能性を考えている。

 だから、逆にネックレスを持っている女の子が気付いてくれるのを期待しているのだ。

 だからもし、今ネックレスをなくしたらもう二度と運命の相手を見つけることができない。それを恐れているのだろう。

「もしさ」

 子猫が口を開く。

「うん?」
「もしそのネックレスが戻ってきて、それで運命の相手の子を見つけることができたらお兄ちゃんはどうするの?」
「それは、やっぱり仲良くなりたいと思うよ」
「仲良くなりたいっていうのは、付き合いたいって意味?」
「……実際に会ってみないとわからん」

 虎太郎がネックレスを交換したのは小学生になる前だ。そのときに、再会したら結婚しようと約束していた。

 でも、それを本気で思っているのは自分だけなのではないかと虎太郎は不安になる。

 もし、その相手が約束を忘れて、今、普通に暮らし誰かと結ばれているのであれば、自分の想いも結局届かないものになる。

 そんな不確かなものに自分はどれだけ本気になればいいのか。

 虎太郎はわからなくなってきていた。

 これは、運命という鎖から解放される機会なのではないかとさえ思えてきた。

 自分が運命の相手に固執しなければ、自分に好意を抱いてくれる相手を傷つけることもなくなる。

 でも、やはり虎太郎は割り切れなかった。
 どうしても、やはり自分はネックレスを交換した相手のことが好きだった。

 ずっと、ずっと、太陽に手を差し伸べている。
 いや、どちらかというと夜空かもしれない。

 幾つものある星の中ら、自分の求めている星をただひたすらに探している。かすかな記憶を頼りにして。ただ真っ暗な海の中から必死に泳いで光を掴むようにしてもがき続ける。

 自分を求めてくれる光もたしかにある。しかし、自分は自分だけの求めている光がある。

 だから、身が引き裂かれる思いで温かい光を手放す。あるかもわからない光のために自分は希望の光を手放す。

 それが正しいことなのか、間違っていることなのか、虎太郎はわからなくなってきてしまった。

 自分にはもう、求めている光を見つけることができないのではないだろうか。

 今まで、いや、今でもずっとその運命の相手を虎太郎は探し求めている。でも、本当にそんな相手が存在するのだろうか。

 ありもしない何かに手を伸ばしている自分は――
 一体、何者なのだろう。

「大丈夫だよ」
「え」

 子猫が言う。

「きっと、みつかる。ネックレスも、その運命の相手も。だから、お兄ちゃんはいつものお兄ちゃんでいてよ。大丈夫だから」

 子猫は優しく諭すように言う。

「ああ、そうだな」

 虎太郎はネックレスをなくしてから初めて笑顔を振りまいた。その笑顔は無理をしたものだったが、それでも今の自分は前向きにならなければならない。

 そうだ。きっと光はたしかにある。
 虎太郎は頷く。

『晴れのち晴れ』

 それが虎太郎の信条だ。

 きっと晴れる。晴れれば、暗い深海にも光が灯る。
 虎太郎は希望を信じ、前に進むことを選んだ。


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