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「虹の音色」 第29話:託され

 深夜1時。
 結局僕は昨日から一睡もできなかった。しかし、頭の中は冴えていた。
 僕にできることは、僕を信じてくれた人を信じること。僕を信じることだ。

 大丈夫。きっと掛かってくる。
 そうして、僕ならきっと救うことができる。
 
 僕は携帯電話を持ち、ベランダに出た。
 ちょうどそのタイミングで携帯電話が鳴った。
 僕は1コール程して電話に出る。

「こちらコールフレンドの桜川です」
『龍神、やっほ』
「神栖さん」

 浅い青紫色の声。間違いない。神栖さんの声だ。信じて待って、よかった。

『いや昨日はマジでテンション低い感じでごめんね』

 電話の先では明るい調子で神栖さんは話す。でも、わかる。

 演技だ。

「今、どこにいるの?」
『え、どこって普通に家に決まってんじゃん』

 嘘だ。一体どこにいるのだろうか。だいたい想像はつく。

「星は見えないけれど、月は綺麗に見えるね」
『そうだね』
「寒くない?」
『……べつに。家ん中だし。それよりさ、聞いてよ』
「なに?」

『学校の子。普通に今日登校してきた。なんか知らないうちに解決したっぽい。なんかアタシの思い過ごしだったみたい』

「…………」
『いやー何もかも上手くいってよかった』

 そうか。神栖さんは最期に、僕が気に病まないように嘘をついているのか。

「よかった」
『うん、ばっちし良かった! だからもう龍神に相談することはなんもないから』
「ちゃんと電話してくれて、よかった」
『そりゃ一応、あんな感じで電話切られたら龍神も心配しちゃうかもなーと思ったし』

「ちゃんと救える。よかった」

『……なにが』
「まだ僕にチャンスを与えてくれてありがとう」
『……何を言ってんの?』

「高いところは平気なの?」

 電話の先で微かだが風の音が聞こえる。

『は? 急になに?』
「とりあえずそこは危険だ。離れて」
『…………』

 電話の先は無言だ。しかし足音が聞こえる。少しは離れてくれたかな。
 無言でもわかる。どうして嘘がわかったんだと。

「わかるよ。耳が良いって言ったでしょ。僕のコンプレックスで、唯一の取り柄だよ」
『…………』
「明るいように見せかけてかなり声色がくすんでいる。ここまで色がくすんでいる人は初めて見たよ」
『…………』

「僕はキミを助ける」

『…………』

 無理だって、そう言ったじゃん、かな。
 聴こえる。これが結城凪砂さんが見ていた景色か。

 これが、繋がれた思いか。

「僕にはやっぱり、神栖さんの状況を救ってはあげられないみたいなんだ」
 
(じゃあ、やっぱりどうしようもないじゃん)
 
「だから、僕の思いをキミに託す」
 
(思い?)
 
「尊敬する人から繋がれてきたんだ。僕に繋がれ、そして今、僕はキミに繋げようと思う」
 
(私に?)
 
『キミには純粋な心と、そして純粋な目や耳を持っている』
 
(純粋な心、耳、目)
 
「だからキミには、キミだからこそできることがある」
 
(私にできること?)
 
「うん。キミの純粋な心を届けるんだ。キミの心は純粋だ。そんなキミだからこそ、救える人がいる。だから、救ってあげてほしい」
 
(私にそんなことができるの?)
 
「キミにしかできないんだ。それでももし、不安になったら、また闇にのまれそうになったら、僕の声を、思い出してほしい。そうして、前に進んで。キミなら、きっと救える。僕はそう信じている」

『………』

「救ってあげられなくてごめん。僕にできることはこれぐらいなんだ。だから、僕にできないことをキミに託すよ」

『…………』

「頼んだよ」

 僕がそう言うと、しばらくの沈黙の後、通話は切れた。
 
「ふぅ」

 ベランダから部屋に戻り、ベッドに転がる。

「思い、伝わったかな」

 神栖さんの心の声を本当に聴き取れたかはわからない。でも、僕が言えること、できることはすべてできた。思いを繋ぎ、託すことができた。

 後は彼女がどうするかだ。
 大丈夫。
 

 思いはきっと、繋がってゆく――。
 

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