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「赤い糸を盗る」 第10話:進展

「いただきます!」
「いただきまーす」
「いただきます」
「……いただきます」

 昼休みになり、竜美の周りに集まるような形で机をつけ、虎太郎、芽衣、狐人、竜美の順でそれぞれ合掌する。ちなみに狐人の鼻にはティッシュが詰められてる。

「うはぁ! 今日も旨そうだぜ!」
「子猫ちゃんにお弁当作ってもらってるんだよね。羨ましいな」

 狐人が虎太郎の弁当を見て言う。

「……子猫ちゃん?」

 竜美が眉根を寄せ、狐人を睨む。

「ああ、虎太郎には妹がいるんだよ。魚金子猫ちゃん」
「…………子猫。本名なの?」
「そうだよ」
「子猫ちゃんって名前珍しくて可愛いよねー。この学校の1年生なんだよー」

 芽衣が竜美に微笑みながら言う。

「……たしかに、可愛い」

 竜美が呟く。

「お、気になるか? 子猫もお前のこと気になってるみたいだから今度紹介してやるよ」
「私のことを?」
「おう、なんかお前やたら注目されてるぞ? オレの妹もそうだけど、オレの部活のマネージャーとか、生徒会長とか。何? お前有名人かなんかなの?」
「いえ、べつに」

 竜美は無表情で応える。

「まあ、銀杏さん美人だもんね。みんな嫉妬してるんじゃないの~?」

 芽衣がいたずらな笑みを浮かべる。

「なんだよ嫉妬って」

 虎太郎は苦笑を返す。

「私を気になっている人たちってみんな魚金さんを気になっているの?」
「そうだよ。このリア充は鈍感だから気づいてないみたいだけどね」
「罪悪人ね」
「あのな? 当人目の前にいるからな?」
「でもやっぱり魚金くんはモテるからねー。銀杏さん、やっかまれなければいいけど」

 心配そうに芽衣は言う。

「……私を巻き込まないでもらえるかしら」

 竜美は虎太郎を睨む。

「オレは何もしてねえよ。つーかお前、オレに当たり強くね? オレお前になんかした?」
「チャラい人間は好かないのよ」
「チャラくねえよ! これでも一応優等生なんだからな!」
「自分で言う辺り、自意識過剰ね」
「実際、ムカつくけど虎太郎は優等生なんだよ。成績優秀でサッカー部のキャプテンなんだ」

 狐人は両手を広げ、呆れた表情をする。

「……サッカー部。やっぱりチャラいわね」
「サッカー部ってだけでなんでチャラいんだよ! 一応、ウチのサッカー部はみんな真面目だからな」

「不純異性交遊。ドラッグ、タバコ、そんなイメージしかないわ」

「偏見が酷すぎる! その辺りオレ厳しく指導してるし、勉強とかもオレが教えてやってんだからな」
「勉強自慢? この人本当なんとかならないの?」
「僕も毎日藁人形にくぎ指して呪ってるんだけどね。なかなか効果が出ないんだ」
「お前そんなことしてんの!? オレのこと恨みすぎだろ!」

 狐人は笑う。

「さすがに藁人形は嘘だよ」
「呪ってるのは否定しないんだな」
「でも、銀杏さんも美人さんだよねー。そろそろ、告白されるんじゃない?」

 芽衣はニヤニヤしながら言う。狐人は可愛いなあと見惚れている。

「そんなの、迷惑だわ」
「銀杏さんって、彼氏いないの?」
「いないわ」

 竜美は即答する。

「好きな人とかもいないの?」
「…………」
「あれ、もしかしているの?」
「さすがにいないでしょ。だって転校してきたばかりだよ?」

 狐人が言う。

「いやほら、転校する前に好きな人がいたって可能性もあるじゃない?」
「遠距離恋愛。お前意外とピュアなところあるのな」
「私に好きな人がいるという前提で話さないでもらえる? ……そんなのいないわ」

「へえ」

 狐人が薄く微笑む。

「なによ」

 竜美が狐人を睨む。

「いや実は心に秘めた好きな人がいたりとかしたらギャップがあっていいなと思っただけだよ」
「あなた、気持ち悪いわね」

「ストレートに言われると素直に傷つくなあ」

「いやあでも、そういうのがあったらロマンティックだよね。魚金くんも――」

「ああ、でも銀杏さん。好きなタイプとかはいるんじゃないの?」

 狐人が竜美に問う。

「……好きなタイプ。そうね。真面目で誠実な人ね」
「お、じゃあ、それオレもそうじゃねえか」
「あなたは正反対ね。名前何だったからしら? 不純異性、交遊さんだったかしら?」
「そんな落語家みたいな名前じゃねえ」
「その返しはそれはそれで落語家さんに失礼じゃない?」

 芽衣が苦笑する。

「オレがタイプじゃないなら、狐人とかの方がいいか?」
「……黒崎さん。この人は腹黒そうだから嫌いよ」
「そんなハッキリ言われると傷つくなあ。でもそれよく言われるんだよね」
「えー、黒崎くんは全然腹黒くないよ? ま、ちょっとミステリアスな雰囲気があるのは同感だけどね」

「桜さん、僕のことそんな風に思ってたの……?」

「ま、たしかに狐人は人並み以上に物事を考えてるからな。そういう風に見えてもおかしくない」

 虎太郎はそんな狐人を素直に羨ましいと思っていた。人の言動の裏や機微に気づく。

 もし自分にもそんな能力があれば、自分に告白する女子を傷つけずに済む可能性があると思っていた。

「この腹黒崎さんは、モテるの?」
「名前違うし、僕は全然モテないよ。全員、虎太郎に吸い込まれてゆく。僕はそれをただ見届ける人生なんだ……」
「そんな卑屈にならないでよー。実は黒崎くんにひそかに想いを寄せる女の子いるとわたしは踏んでいます」
「ぼ、僕は虎太郎とは違うからそんな風に想ってくれる人がいたら見逃さないよ」

「オレのことさりげなくディスるな?」

「でも黒崎くん、そう言いつつ結構色んな女子とも仲良いよね。生徒会長とか、子猫ちゃんとか、サッカー部のマネージャーさんとか」

 よく見てるな、と狐人は思った。

「みんなそんなんじゃないよ。みんなは、ほら、あれだからさ」

 狐人は右手を口に手を寄せ、芽衣にこそこそ話をするジェスチャーをする。

「ああ、そっかぁ。たしかに、そうだね」

 芽衣は呆れた表情で首を傾げる。

「あれってなんだよ?」
「ほらね」
「ほんとだ」
「やはり罪悪人なのね」
「お前ら何の話してんの!?」

 虎太郎以外が呆れ、肩を落とす。

「チャラいあなたはどれだけの女の人と付き合っているの?」
「誰とも付き合ってねえよ。それにオレには――」
「そりゃもう虎太郎は遊びまくりだよ。鈍感なくせに自分に好意を寄せられてることに気が付いたら、そりゃもう、ね?」

 狐人は呆れ笑う。

「おい。誤解を招くようなことを言うな。いやたしかに告白されたらその女子のこと気になっちまうことは事実だけどさ」
「へぇ~、魚金くんもさすがに揺らぐんだねー。浮気者め~」
「最低ね」
「だから違うっつの! 狐人お前わざと言ってんだろ! これ以上、銀杏に嫌われたらどうすんだよ!」
「心配ないわ。あなたが私を自転車に轢きそうになった時点であなたは私の中で最底辺よ」
「やっぱりあのときがダメだったか! いやホントすまんって!」

 虎太郎は顔を上げ、右手を額に当てる。

「大丈夫よ」
「お、許してくれんのか?」
「私がそんな器の小さい人間だと思う?」
「ああ、ぶっちゃけそう思う」
「許さないわ」
「あれぇ!?」
「虎太郎、そういうところだよ」
「今のは魚金くんが悪いね」

 狐人と芽衣は目を合わせ、失笑する。

「じゃあさ! じゃあさ! オレと狐人だったらどっちの方がマシ?」
「ねえ虎太郎、僕を巻き込まないでくれない?」
「…………」

 竜美は顎に手をやり、熟考する。

「どっちもどっちね」
「よし!」

 虎太郎はガッツポーズを取る。

「クソ虎太郎! お前のせいで僕の好感度が目に見えて下がったよ!」
「はっ! お前が腹黒いから悪いんだよ!」
「腹黒くない! ああもういいよ! サッカー部はタバコ吸ってまーす!」

 狐人は大声で言う。

「おい馬鹿! やめろ! マジで信じるやつがいたらどうすんだよ!」
「それは、その程度の信用度ということだよ。はっ! 残念だったね。地に落ちろ!」
「黒崎狐人は実は最低のクズ野郎でーす!」

 虎太郎は教室中に響く声を張る。

「馬鹿太郎! 本当に信じる人がいたらどうするんだ!?」
「お前が最初に言ったんだろ!」

「ぐるるるっ!」

 虎太郎と狐人が睨み合う。

「まあまあ、ふたりとも落ち着いて」

 芽衣が止めに入る。

「……ふたりはいつもこんなに騒がしいの?」

 竜美が引きながら芽衣に尋ねる。

「うーん、毎日ってわけじゃないけど、時々、悪ノリが過ぎるときがあるよね。前なんかは数学が自習になったときに、他のクラスの人たちを笑わせた方が勝ちっていうゲームをやって先生に怒られてたからね」
「……こんな馬鹿たちと一緒にいたくない。桜さん、私たちふたりだけでお昼休みを過ごさない?」

「まあまあ、銀杏さん、そんなこと言わないでよ。銀杏さんには迷惑かけないからさ」

「…………」

 狐人が笑って竜美に言う。竜美は狐人を睨む。

「そうそう。ふたりと一緒だとけっこう楽しいよ。なんだかふたりを見てると非日常を味わえるというか、わたしにはこんな馬鹿なことできないから見ていて羨ましいというか」
「あの、桜さん、僕は虎太郎と違って馬鹿じゃないよ?」
「さすがにあれだけふざけあってて、それは否定できないんじゃないかな」

 芽衣は口元に手をやり、笑う。その姿にまた狐人はときめいてしまう。そうだ、と狐人は思い出す。

 虎太郎という馬鹿に付き合うためにこんな場を設けたわけではない。

「そ、そういえばさ、桜さんの好きな食べ物ってなに?」
「え、急だねー」

 虎太郎が狐人にニヤケ顔を向けているが狐人は無視する。

「きゅ、急だったかな? ごめん」
「ううん、いいよ。わたしの好きな食べ物は卵焼きです!」

 そう言って芽衣はお弁当に入っている卵焼きを狐人に見せる。

「そっか、いいね」

 卵焼きが好きということはオムライスとかも好きなのではないだろうか。どこか良いオムライス屋を探しておこうと狐人は考える。

「今日の卵焼きは上手くできたんだー」
「え、桜さんって自分でお弁当作ってるの?」
「そうだよー」

 えっへんと芽衣は胸を張る。

「じゃあテストだな」
「急になに虎太郎」
「桜の卵焼きが本当に旨いかテストだ。被検体は狐人。異論は認めない」
「なっ!」
「えー卵焼きは最後まで取っておいて食べたかったんだけどなー。まあ、よかろう。じゃあ、被検体Kくん。召し上がれ」

 芽衣はそう言って弁当を狐人に差し出す。

「ほ、本当にいいの?」
「うん、いいよー。その代わり感想教えてね」

 芽衣は笑って言う。狐人は何度も頷く。

「そ、それじゃあ、いただきます」

 狐人は芽衣の弁当の中身、卵焼きに箸を伸ばす。そして咀嚼する。

「どう、かな?」

 芽衣は心配そうに首を傾げる。
 狐人はゆっくり噛み、味わう。

「うん! おいひい!」

 卵はふわふわで、そして中がとろりと半熟でできている。隠し味なのかほのかにか甘い。

「隠し味は白出しとヨーグルトです。甘いでしょ?」
「う、うん! すごく嬉しい!」
「嬉しい?」
「あ、違う。甘くて美味しいよ!」

――はあ、僕は今、なんて幸せなんだろう。
 頬が落ちそうなほど美味しい食べ物。しかもそれが芽衣の手作り。狐人は今にも昇天しそうなほど幸せに満ちていた。

「どうだ? 合格か?」

 弁当を食べ終えた虎太郎が机に肘をつき、前かがみになり狐人に問うてくる。

「無量大数満点!」
「よくわからないけど、すごく褒めてくれたのはわかるよ。嬉しいなー。やっぱり人に美味しいって言ってもらえるのはすごく嬉しいな。被検体Kくん、今度もまた食べてもらっていい?」

「ぜ、ぜひ! ま、毎日食べたい!」

「えー、しょうがないなー。じゃあ今度から少し多めに作っておくよ」

 芽衣は恥ずかし気に笑う。

「よかったな狐人」

 虎太郎が満足げに言う。

「うん!」
「…………」

 竜美は目を細めて狐人を見つめる。

「なに? 銀杏さん? 羨ましいの? 残念ダメでーす! この卵焼きは僕のものだよ!」

「はあ」

 竜美はため息をつく。

「こら! 黒崎くん。この卵焼きはわたしのものでもあるんだからね」
「そ、そうだったね。ごめん。つい調子に乗っちゃった」

 狐人は頭を掻き笑う。

「ほら、銀杏さん。黒崎くんは腹黒なんかじゃないでしょ? ちょっと可愛らしいところもあるんだよ」
「か、可愛らしい!?」

 狐人は声を上げる。

「……そう、ですか」

 竜美は納得いってない様子で再びため息をつく。

 そこからも少し世間話をしているうちにみんなが昼食を食べ終わった。

 竜美は昼食を食べ終えた後読書をし、芽衣は友だちの女子と談笑し、狐人と虎太郎は席でのんびりとしていた。

「オレ、ナイスアシスト!」
「そうだね~、こればっかりは虎太郎のおかげだよ~」

 虎太郎は笑って親指を立て、狐人は机の上に体を預け、だらりとしてニヤついている。

「オレもノルマクリアしたしな」
「ノルマ?」
「おう、少なくとも銀杏に無視されなくなった」

 そんな普通に話したら隣の席の竜美に会話が聞こえそうだと狐人は思ったが、虎太郎が気にしないならいいかと狐人も会話を続ける。

「よかったね~。印象は変わった?」
「印象通りだな」
「ははっ、もっと仲良くなれるといいね~」
「そうだな! サンキュな。多分だけど、お前が昨日なんか銀杏に言ってくれたんだろ?」

 お、虎太郎にしては察しがいいなと狐人は感心する。

「べつに何もしてないよ。でもこれで銀杏さんが孤立しなくて済む」
「お前はホント、お人好しだよな」
「……そんなことないよ」
「謙遜すんなって」

 虎太郎が狐人の背中を叩く。

「痛いなあ」
「お前も、上手くいくといいな」
「うん、ありがとう」

 虎太郎と狐人は互いに笑いあう。


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