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「How much are you?」 第18話:真逆

 放課後、仁は瑠美菜の元に寄る。

「成海、ちょっといいか」
「え、桐生くん……」

 瑠美菜は戸惑い、視線を仁から逸らす。
 仁は構わず続ける。

「プロモーションビデオの審査はどうなった?」
「…………通ったよ。ありがとう。桐生くんのおかげだよ」
「そうか、よかったな」
「うん」
「……」
「……」

 教室内で複数の生徒で賑わう中、その空間は沈黙に包まれていた。
 その沈黙を仁が口を開き、壊す。

「次の選考はなんだ」
「次は面接だよ。次が最終選考」
「じゃあ、今からその練習だ」
「え」
「面接の練習をすると言っているんだ。それとも、今日は用事があったか?」

 仁は眼鏡をくいと上げる。

「う、ううん。特には。家で面接の練習をしようと思ってただけだよ」
「じゃあ、練習相手がいた方がいいだろ」
「そうだけど」
「じゃあ、行くぞ」

 仁は荷物を持ち、歩き出す。

「ちょっ、ちょっと待ってよ」

 瑠美菜は急いで帰りの支度をして、仁を追う。

 歩いて10分ほど。
 高層マンションの前に仁と瑠美菜は立つ。

「ここは?」

 瑠美菜が問う。

「俺の家だ。最上階にある。行くぞ」
「なんで」
「なんだ?」
「なんで、そこまでしてくれるの? 契約は打ち切ったはずなのに……」

 西日が瑠美菜を照らす。
 成海の表情はよく見えなかったが、悔しそうな、悲しそうな表情をしていた。

「契約は打ち切った。そうだな。だが、それだけだ」
「え?」

「俺はお前の夢を叶える手伝いをする。それが俺の仕事だ。頼まれた仕事は最後までする。それがバンカーとしての責務だ」

「…………」

 瑠美菜は上目遣いで仁を見やる。

「俺が、お前を応援して何が悪い」
「てっきり、怒ってるのかと思った」
「仕事に感情は無用だ」
「でも、応援してるって」

 仁は眼鏡をくいと上げる。

「たしかに矛盾してたな。俺は仕事としてお前のサポートをする。でも、応援しているのはお前の友人としてだ」
「友人……」
「母親を救いたいんだろう? 俺が力になってやる。節介か?」

 仁は瑠美菜を見つめる。

「ううん! そんなことない! 嬉しいよっ」

 瑠美菜は満面の笑みを返した。


「全然ダメだな」
「うぅ~……」

 仁はきっぱりと言い放ち、瑠美菜が落胆する。

「ちゃんと練習したか?」
「だから、これから練習しようと思ったの」

 黒を基調としたマンションの一室で仁が瑠美菜に説教をする。
 アイドルの最終面接の練習を行っていた。

 瑠美菜の志望動機もあやふやで、アピールポイントも微妙だった。

「アイドルを目指しているのはもうわかっている。なぜ目指してるのかを聞いているんだ」
「う~ん、アイドルに憧れているから?」
「それを伝えていい。だが、どうして憧れているのかも言った方がいい」
「昔、病弱だった頃、アイドルを見て、私もなりたいと思った」

 瑠美菜は淡々と仁の質問に答える。

「それでいいんだよ」
「そう、なの……?」
「ああ。それと、母のことも伝えていい」
「それはずるいんじゃ……」
「ずるくない。中には嘘をついてそのようなことを言う人間もいる。それに関して言えばお前は嘘じゃない」
「う~ん」

 納得いっていない様子で瑠美菜は唸る。

「それじゃあ次は踊りだ。踊ってみろ」
「そう言われると踊りづらいな~」
「いつも路上ライブで歌って踊っていたじゃないか」
「あれは、誰も見ていないからできたんだよ」
「悲しいなぁ」
「うるさいな! 改めて歌って踊れって言われると恥ずかしいの!」
「やれ」
「はい……」

 瑠美菜は別室でアイドル衣装に着替える。
 そして、仁の前でオリジナルソングを歌い、踊る。

「まあまあだ」
「採点辛くない?」

 瑠美菜はジト目で仁を見つめる。

「内容、必死さは伝わってくる。だが何かが足りない……」
「何が足りないの?」
「うーん……」

 仁は顎に手をやり考える。

「可愛さ、か」
「ぷっ、あははっ」
「何がおかしい」
「桐生くんからそんな単語が出るのがおかしくて」

 瑠美菜は笑いをこらえ、仁は睨む。

「お前があと8歳若ければなぁ」
「それ胡桃のことじゃん! ほんと、胡桃のことになると桐生くん甘いよね」
「実際アイドルとしての素質はくるみちゃんの方がある。事実だ」
「くるみちゃんって呼んでるの……?」
「…………」

 瑠美菜は引き気味で言い、仁はしまったという表情で眼鏡を曇らせる。

「桐生くんってもしかしてロリコン?」
「何が悪い?」
「開き直った!?」
「ロリの良さを語ってやろう。小一時間掛かるがいいか?」
「良くないよ。趣旨が完全に変わっちゃうよ……」

 瑠美菜は呆れて肩を落とす。

「そうか、それは残念だ」
「残念なのは桐生くんだよ……」
「とにかく、お前に足りないのは可愛さだ。アイドルとしての可愛さが足りない」
「可愛さ?」

 瑠美菜は眉間に皺を寄せ、首を傾げる。

「ああ、まず笑顔がぎこちない」
「そ、そうかな……」
「笑ってみろ」

 仁は無表情で命令する。

「に、ニコ~」

 瑠美菜はぎこちない笑みを見せる。

「ふざけてるのか」
「笑えって言ったんじゃん!」

 瑠美菜は叫ぶ。

「ぎこちないんだよ。もっと自然にできないのか」
「自然って言われても……」
「さっき笑っていただろう」
「あれは面白くて笑っただけだもん」
「そういうのでいいんだよ」

 仁は腕を組む。

「う~ん」
「思い出してみろ。俺はロリコンだ。I love ロリ」
「ぷっ、あはははっ」

 瑠美菜は腹をよじらせて笑う。

「それでいい」
「え~これでいいの?」
「面白いと思ったことを思い出せ。そうすれば自然に笑える」
「なるほどね。ニコッ」

 瑠美菜は先ほどのぎこちない笑みよりも自然に笑う。

「悪くない。それで踊ってみろ」
「う、うん」

 瑠美菜は再び、歌い踊る。


「ああ、さっきよりかはましになった」
「そう?」
「アイドルらしくなったぞ」
「よかった」

 瑠美菜は胸を撫でおろす。

「後は、志望動機とアピールポイントをさっき言った通りに直せ。そうすれば俄然良くなる」

 仁は眼鏡をくいと上げる。

「う、うん。わかった」

 瑠美菜は戸惑いつつも、仁の言ったことを素直に受け取る。

「ねえ、桐生くん」

 瑠美菜は真剣な眼差しを仁に向ける。

「私、アイドルになれるかな」

 不安そうに俯く。

「絶対とは言えない。でも、諦めなければきっと叶う」
「それじゃダメなの!」

 瑠美菜は大声を出す。

「そうだな。母親のために早くアイドルにならなくちゃならない。その気持ちはわかる」
「……桐生くんに、わかるの?」

「俺にも病気の母がいるんだ」

「え」
「お前と同じ、俺は母のために為すべきことをやっている。それだけだ。できないことはしない。でも、できることはする。それが人間のあるべき姿だ」
「桐生くんはストイックだね」
「お前も同じだよ。お前は頑張ってる」
「あ、ありがとう……」

 瑠美菜は少し頬を染め、仁から視線を逸らす。

「桐生くん、ごめんね」
「何が」
「契約、勝手に打ち切っちゃって」
「仕事ではよくあることだ」

 仁は平然と答える。

「どうしても、1日でも早くアイドルになりたくて」
「聖城に言われたのか。早くアイドルになれるって」
「……そうは言われてないけど、アイドル関係者がいるから力になれるかもって」
「…………」

 仁は顎に手をやる。

 本当に、聖城は成海を早くアイドルにする気があるのだろうか。
 いやしかし、すぐにアイドルにしてやらなければ、成海の本来の目的、母を救うということができない。
 それは、聖城もわかっているはずだ。

「聖城には事情は伝えているのか」
「桐生くんが伝えたって」
「…………」

 俺は聖城に何も伝えていない。
 しかし、それを今、成海に伝えたら余計に混乱させることになってしまう。

「今は、聖城になんて言われている?」
「基本的なアイドルのレッスンをした方がいいって。アイドル養成所の人を紹介してもらって、練習してるよ」

 それは霞さんから聞いた通りだ。
 アイドルになってから大成するには訓練が必要だ。
 それは間違っていないが、何かが引っかかる。

「レッスンの方は順調にいってるのか?」
「うん、まあ難しくて全然ついていけないけどね」

 瑠美菜は苦笑いする。

「それにしても、桐生くんって相当聖城さんと仲が良いんだね。意外だよ。全然雰囲気違うっていうか、真逆な感じがする」
「……全然、仲良くなんてない」

 仁は眉間に皺を寄せる。

「またまた~」
「…………」

 本当に仲良くなんてないんだよ。
 そう仁は言ってやりたがったが、ここでそんなことを言って瑠美菜を混乱させても仕方がない。

 聖城が瑠美菜に何を言っているかわからない以上、迂闊なことは言えない。

「とにかく、レッスン頑張れよ。アイドルになるのも大変だが、続けてゆくのはもっと大変なんだからな」
「うん!」

 仁に励まされたことがよほど嬉しいのか瑠美菜は上機嫌に頷く。
 その後、他愛のない話をして、解散した。

 仁は本気で瑠美菜がアイドルになるのを応援していた。

 数日後、霞から衝撃の事実を聞かされるまでは――――


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