第7話 デート 「小説:オタク病」
『人がいっぱいいるわ』
土曜日。俺と環は秋葉原に来ていた。しかし――
「ああ、いっぱいいるな。あのな、そうじゃなくてお前今どこにいるのって聞いてんの。電気街北口集合って言っただろ。周りに何がある?」
集合場所の電気街北口。出口の先には大きなビルの秋葉原UGXビルがそびえたっており、そのビルには大きな画面があり、CMが映し出されている。その手前には『ガンデムカフェ』がある。
そこに集合とのことだったのだが、集合時間になっても環が来ないので連絡し、どこにいるか聞いたらこの有様だ。
『ヨツバシカメラがあるわ』
「ビッカカメラじゃなくて?」
『ええ、ヨツバシカメラだわ』
「ああ、昭和通りの方か。わかった。そっち行くからそこで待っててくれ」
『秋葉原公園というものがあるわ。こんなに小さい公園を公園と言っていいのかしら』
「おい! 動くなって」
『戻ったわ。あ、唐揚げ屋さんがあるわ。美味しそうね』
「……ああ、じゃあそこら辺にいてくれ」
『このヨツバシカメラ大きいわね。1階はスマートフォン関係の売り場なのね』
「だから動くなって! なにこのデート!? 遠距離デートかよ! いや遠距離デートってなんだよ!?」
『無駄にテンションが高いわね。まあ、私もその気持ちはわかるわ。今、エスカレーターに乗ってるわ』
「ねえ、何回言えばわかるの? 動くなって言ってるんですよ?」
『4階にヘッドフォン売り場があるみたいわ。興味深いわね』
「うん、もうわかった。自力で見つける。4階でヘッドフォン見てろ」
『言われなくてもそうするわ』
「言った通りに動いてくれないと一生会えないよ?」
そこで通話を切った。
はあ、やれやれ。
休日。色々な人で賑わっている。オタクそうな人。コスプレイヤーのようなゴスロリの女。外国人観光客、スーツを着たサラリーマンもいる。
俺は人混みの中、架道橋の下道を歩いてヨツバシカメラに向かう。
ああ、暑いなあ。
俺は緑のチェックの半袖シャツに半ズボンを履いている。少し歩いただけで大きなリュックと背中の間で汗がにじんでいるのがわかる。
ヨツバシカメラに着き、エスカレーターで4階まで上がる。
そして辺りを見渡すとすぐにやつの姿を見つけることができた。
相変わらず艶のある黒の長髪に白いヘッドフォンを掛けている。しかし当然、いつもの制服と違って私服だ。
肘よりも短い白いTシャツに茶色のロングスカートを履き、肩には白いショルダーバックを掛けている。
「おい」
俺は環の頭に軽くチョップする。
「なにすんのよ。通報するわよ」
「やめて? そこまでしてないでしょ? というか、お前はもう少し悪びれろ」
「あなた何その大きなリュック。登山してきた後なの?」
環は俺のリュックを見て目を細める。
「う、うるせえな。気に入ってんだよこれ」
俺は大きなリュックに手を触れ、眉間に皺を寄せる。
「ねえ、これ見て。ザンハイゼーの新作ヘッドフォンよ」
環はそう言い、白いヘッドフォンに触れる。ザンハイゼーとはヘッドフォンのメーカーのことだろうか。
「かっこいいな。でもお前の相棒は今掛けてる『ほわいと』だろ?」
「ヘッドフォンにも寿命があるのよ。そして寿命を迎えた『ほわいと』は新たな形となって転生するのよ。つまり、どんな形をしていても『ほわいと』は永遠に不滅なのよ」
「お、おお」
オタクすげえな。急にめっちゃ喋るじゃん。というか転生ってなに? こいつのヘッドフォン異世界転生主人公なの?
「まあそれでも今の形の『ほわいと』は未だ健在だわ。今は転生の必要がないわね」
専門外のことはさっぱりわからん。でも、こんなに目を輝かせている環を見るのは初めてだ。これだけでも連れてきてよかったと思う。
「そんじゃ、そろそろ行くぞ。今日はいっぱい色んなところに行くからな」
「まだもう少し見ていたいのだけれど、そうね。この後予定が詰まっているならいいわ。まずはどこから行くの?」
「そうだなー、まずは『レディオ会館』だな」
「……『レディオ会館』。一度行って見たかったのよ」
「そういやお前、アキバ来たことないの?」
「ええ、ひとりでこんなところ来られるわけがないじゃない」
「……その割にマイペースに動いてくれたけどな」
そうして俺と環はヨツバシカメラを出て、電気街方面へと歩く。
「あなたはアキバに行き慣れてるの?」
「無理やり空馬を何回か連れてきただけだ。そこまで詳しくない」
「……あなたに付き合わされるお友だちも大変ね」
「ほら、あれがレディオ会館だ」
「……あれが噂のレディオ会館ね! 行ってみましょう」
「おい、ちょっと待てって!」
環は目を輝かせ、足早に中に入ってゆく。
俺たちは4階に行き、フィギアを見やる。
「すごいわよ! 『ごちうし』のメンバーが全員そろっているわ。ひとりで2万弱もするのね。くっ、全員そろえるのに何年経つのかしら」
「お前は『ごちうし』の誰推しなんだ?」
「ハコ推しよ。誰ひとり欠けてはいけないわ。あなたは誰推しなのよ?」
「俺は断然『チナちゃん』派だ」
「はっ、ありきたりね」
「ありきたりで何が悪りいんだよ! というかな、お前またハコ推しって言ってるけど、だから結局、愛が分散されて大した愛じゃねえんだよなあ!」
「は? 私の方がチナちゃんのことをあなたより知ってるわ。問題よ! チナちゃんの身長は何センチで――」
「144センチ! ふんっ! はい勝ちぃ! お前負けぇ!」
「残念不正解よ」
環は呆れ、ため息をつく。
「は!? 合ってんだろ!」
こっちは公式ガイドブックで登場人物のプロフィールを完全に記憶してんだよ!
「残念。最後まで問題を聞いてないからよ。チナちゃんの身長は144センチ、ですが! ココナちゃんの身長は何センチでしょう、でした!」
「はあ!? そんなの後付けだろ! ちなみにココナちゃんの身長は154センチ!」
「あなたと同じぐらいの身長ね」
「6センチも違え! 全然同じじゃねえから! 身長マウントとか小せえことすんなあ。これだからリアル女は」
「あなたの身長なんてどうでもいいわ。というか一番、身長を気にしているのは本人、あなたでしょう」
「ぐっ、お前は身長何センチなんだよ……」
「私は160,2センチ。あら、宅也どこにいるの? 小さくて見えないわね」
「見えねえわけねえだろ! 俺は160,3センチ。はい! お前の負けえ!」
「はいすぐマウント。あなた女の私と同じ身長でかわいそ――あ、ごめんなさい」
「悪びれる振りしてディスってんじゃねえか。つーか、0,1センチ俺の方が高いから!」
「はあ、身長だけじゃなく器も小さいのね。あ! あれは!」
環はフィギアから目を放し、何かを見つけたようだ。俺は環が見た方へと見やる。
「ああ、『サイカノ』の特設ポップストアか。行ってみ――、すでにいねえ……」
環はすでにポップアップストアに内におり、ヒロイン3人の等身大パネルに並んでいる。
「ねえ、写真撮って!」
環が俺にスマホを渡す。
「はいよ」
俺は環のスマホで写真を撮る。
「はぁ~感激だわ!」
環は嬉しそうに写真を見つめている。
「おう、おう、おう、おう」
「何よまたオットセイ?」
「ちょ、俺も撮って!」
「はあ、仕方がないわね。あ、でもいいのかしら? あなたよりも身長の高いヒロインがいるわよ?」
「う、うるせえ! もう身長の話はいいわ!」
俺も環に写真を撮ってもらい、ほくほくした気持ちでレディオ会館を後にした。
「次はどこにいくの?」
環が俺に尋ねる。
「次はそうだなー、無難に『りゅうのあな』に行くか」
そう言って俺たちは『りゅうのあな』に行き、環が『あい♡ぷり』の同人誌を買っていた。
その後俺たちは『アニメイク』に赴き、4階5階のキャラクターグッズを見ていた。
「『あい♡ぷり』のクリアファイルに、缶バッジ……。欲しい、欲しいけど、使いどころが……。学校じゃ使えないし」
「缶バッジならそのショルダーバックに付けられるだろ」
「え、ええ。でも……」
やはり二次元が好きでも、堂々と二次元好きを周りに知られることに抵抗があるみたいだな。
まあ、それもしょうがないことだろう。
それぐらい、今の時代は二次元コンテンツへの風当たりが強い。
ましてやガラスのメンタルの環だ。堂々とグッズを身につけたりするのは難しいだろう。
「あなたはどうして平気でいられるの? 学校でも、普通に二次元のファイルとか使ってるじゃない」
環が俺に上目遣いを向ける。
「べつに平気っつーか、特に何も考えてない。俺はリアルのことはどうでもいいと思ってっから。ただ俺の好きな世界がべつにあるからっつーか」
ていうかこいつ、結構俺のこと見てんだな。
「ちょっと難しいわ」
「そうだな。すまん、俺もなんて説明すればいいかわからん。まあ、あれだ。無理に何かに付ける必要ないだろ。家で見て楽しめばいいんじゃね」
「そ、そうね」
そう言って、環はグッズを数個レジに持ってゆき購入した。
俺は手を差し伸べる。
「あっ、……ありが、とう」
「素直に礼を言うんだな」
「べつに」
環は頬を染め、そっぽを向く。
そんな二次元ヒロインみたいな反応するな。なまじ美人なだけ威力がある。
いや! 全然リアルの女にときめいたりは断じてしてないからな!
次はメイドカフェに来た。
「あ、あなた、こういうところは慣れてるの?」
「い、いや、初めて来た。メイドは二次元では大好物だが、リアルは何とも言えんからな」
「メイドはもはやリアルを超越しているというのも聞いたことがあるのだけれど」
「それでもリアルの女なことは変わらないだろ……」
俺たちはメイドカフェの前の列に並び、ふたりで怯えていた。
「本当に入るの?」
「アキバに来たんだ。行かないわけにはいかないだろ」
「あなた行ったことないのによくそんなこと言えるわね」
「お前となら初体験も乗り越えられそうなんだよ」
「気持ち悪い表現しないでもらえるかしら?」
「ふんっ、どうせお前はメイドを前にしてきょどるだろうからな、俺よりきょどってるやつがいれば安心するってことだ」
「くっ、言い返せない……」
それから数分待ち、入店した。
「お帰りなさいませ! ご主人様~、お嬢様~」
メイドさんが俺たちに声を掛ける。
「お、おふぅ」
まともに何も言えない。俺ってご主人様なの? それはつまり、色々としていいってことですか?
「めちゃくちゃきょどってるじゃない。その顔気持ち悪いわよ」
「気持ち悪いとか言わないで? 俺を接客するメイドさんがかわいそうでしょ?」
俺たちはメイドさんに案内され、席に座る。
「ご主人様とお嬢様はカップルさんですかぁ?」
メイドさんに甘い言葉で問われる。
「………」
「………」
俺と環は何も言わない。
「いや、お前なんか言えよ」
「え、わ、私!? え、ええ。そうです……」
「わぁ、素敵ですね! お似合いのカップルですねぇ!」
「……それは心外ね」
「俺もだ。余計なこと言うな」
「それじゃあ、めにゅ~一緒に見ましょ~?」
メイドさんはメニュー表を俺たちに見せる。
俺はメニュー表を眺める。
うわぁ、全部高けえ……。なんでこんな値段張るんだよ……。ご注文は無しでもいいですか? そういう訳にはいかねえよな。
「な、何にする?」
環が俺に助けを求めるように問うてくる。
「え、えっとー、それじゃあ、このハッピーオムライスで……」
に、2000円……。どこの高級レストランだよ。行ったことねえから相場知らんけど。
「かしこまりましたぁ~」
メイドさんはそう言って、裏へと消えていった。
そして少しして、メイドさんは俺たちの前にオムライスを持ってきた。
「なに描きますかぁ~?」
「ど、どうする?」
再び環が俺に問う。
「え、えっと……それじゃあ、ハートでお、お願いします。す、すみません」
「はぁ~い、ご主人様、お嬢様、お名前は何ですかぁ?」
「た、宅也です」
「……え、えっと、た、環です」
「はぁ~い。それじゃあ――」
そう言ってメイドさんはケチャップでハートを描き、ハートの中の右側に『たくや』、左側に『たまき』と書いてくれた。
うわあ、器用。ていうか何してくれてんの? 恥ずかしすぎるんだけど。
「それじゃ~、召し上がれぇ~」
メイドさんは笑顔で言う。善意でやってくれたんだろうなあ。何も言えねえなあ。
環はスプーンで速攻、オムライスを半分に切る。ああ、善意で描いてくれたハートが一瞬で真っ二つに割れてしまった……。容赦ねえなこいつ。
小さなオムライスをいただいた後、帰ろうかと思う所、メイドさんは俺たちに話しかけてきた。
「おふたりはぁ、どうやってであったんですかぁ?」
「あ、が、学校のクラスメイトで」
俺は愛想笑いをしながら答える。
「えぇ~いいですねぇ~。どっちから告白したんですかぁ?」
「……(すっ)」
環が勢いよく俺を指さす。
「あのな? お前さ?」
「へぇ~、かっこいい~。なんて告白したんですかぁ?」
「え、えと」
俺が戸惑っていると環が口を開く。
「わ、私と一緒に世界を変えてくれるって」
なんだその告白。いや確かにそんな感じだけどさ。
「えぇ~! かっこいい~!」
どこが? このメイドさんよく引かないな。きっと色んな人間の接客してるから慣れてるんだろうな。引いてても顔に出さないんだろうな。野球選手もびっくりなポーカーフェイス。
メイドさんはきゃるんと効果音がつきそうなそぶりをして笑顔で言う。
「ご主人様はぁ、お嬢様のどんなところが好きなんですかぁ?」
「えっ」
「照れないでくださいよぉ~」
照れてねえ! なんて言ったらいいんだよ。
環を横目に見ると、少し頬を染め、俺を見ている。
くっ、しゃあねえな!
「き、綺麗で、クールだけど、可愛いところがあるところ、ですかね」
思ってませんよ? メイドさんを困らせない配慮です。
「えぇ~いいなぁ~」
「……私のこと、そんな風に思ってたの? 私を好きとか気持ち悪いからやめて」
だから思ってねえよ! なんでそこまで言われなくちゃなんねえんだよ!
「おふたりはぁ、将来、結婚するんですかぁ?」
「「それはない」」
俺と環の声が重なる。
「息ぴったり~。ほんと、お似合いのカップルですねっ!」
「「お似合いじゃない!」」
「えぇ~またシンクロ~。可愛いカップルさんですねぇ~」
「「くっ」」
俺と環は歯噛みする。これ以上、ここにいたら精神が持たない。
そこからも拷問を少し受け、なんとか俺たちはそのメイドカフェから出た。
「こんな辱めを受けるとは思わなかったわ……」
「俺の台詞だ」
「でも、楽しかったわ」
「え、まじで?」
「ええ、リアルの女の子もメイドなら2,5次元。この意味がわかったわ。メイド、可愛いわね」
「あ、ああ。楽しんでもらえたならよかったよ……」
俺は冷や汗をかいてメイドカフェから去って行った。
メイドカフェを出て、目的もなく歩く。
「聞いたことがあるわ」
環がビルを眺め言う。
「なにが」
「アキバのビルは東京の他の場所に比べて窓ガラスの店が少ないって」
「ああ、言われてみればそうかもな」
アキバ以外にはほとんど行ったことがないが、まあ、たしかにそんなイメージがある。
アキバのお店は小さなビルに広告のポスターのようなものが多くある気がする。
「オタクの習性を活かした考慮らしいわよ」
「どゆこと?」
「オタクは解放された空間よりも狭い閉ざされた空間を好む傾向にあるから、それに合わせて作ってるって」
「へえ、そういうもんなのか」
「真実かどうかはわからないけれどね」
たしかに俺はだだっ広い空間よりも狭い自室の方が好きだ。しかも昼間でもカーテンを閉めてより自分だけの世界、といった形に無意識のうちにしている。
それってオタクの習性だったんだなあ。
考えてみればそうだ。俺はいつだって広い空間よりも狭い空間を好んでいる。
リアルという大海よりも、ラノベの中、アニメの中、そういった限定された井戸の中の世界を好んでいる。でもそれは限定された狭い世界観だから好んでいるわけではない気がする。
たぶんだけど、その限定された世界にも、無限大の想像ができるから好きなんだ。
矛盾してる、のか?
広い世界が嫌いなくせに、想像力が無限大にある世界を求めている。
オタクって、なんなんだろうな。
他にもいろいろなお店に入ったりしているうちにいつの間にか結構時間が経っていた。
「ま、結構まわっただろ。こんなもんかな」
「……さすがに結構疲れたわ。足が痛い」
「メイドカフェ以外はずっと立ちっぱなし、歩きっぱなしだからな。お疲れ。どうだったアキバは?」
「想像以上に楽しかったわ」
「そりゃよかった」
俺は笑顔で言う。
「…………ありが、とう」
「え? なんだって?」
「あなたわざとやっているでしょう。礼を言ったのよ。今日は連れてきてくれてありがとう」
「ああ、べつに。もしなんかまた機会があったら一緒に来ようぜ」
「え、ええ。じゃあ、私はこれで」
「うん? だいたい帰る場所同じだろ? 一緒に電車乗ろうぜ」
「いえ、親が迎えに来てくれるから」
「おう、そうか」
てっきり電車できたと思ったが、親に送ってもらったのか。
わざわざアキバまで車で来たんだな。
環は別れの言葉を残し、俺のもとから去って行った。
俺は電気街口の改札に行き、電車に乗る
今日のデートで、少しは環の社会性が上がったならいいけど。どうだろうか。
ま、楽しんでもらえたならよかったか。
俺も正直、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ楽しかったしな。
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