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第12話 依存 「小説:オタク病」

夢を見た。たまに見る昔のことだ。

「オタク、きめえ。いのお、たくや。いの『オタク』や! ぎゃはは、まさにオタクじゃん!」
「…………」

 小学校のクラスメイトのつまらないギャグに他の生徒が笑う。

「なんだなんだ? 面白いことがあったのか? オレも混ぜろよ」
「おお、織田! いや、オタクの名前に『オタク』って入ってんだよ。面白すぎねえ?」
「そんな面白いか?」
「え」
「なあなあ宅也。今週の『HARUTO』観たか!? マジであの戦闘シーン迫力あったよな!」

 空馬が俺に向けて言葉を放つ。

「観た。四天王編だよな。あれは原作よりも迫力があった。声優さんの演技に迫力があったな」
「だよな!」

 空馬が歯を見せ笑う。

 いつもそうだった。俺が馬鹿にされているとヒーローのように空馬が参上する。ねらってやってんのかと思うが、偶然だという。

 俺が読んでいるラノベを男子のクラスメイトに取り上げられ、みんなに見せびらかせられたこともあった。そのときも空馬はなんてことなく事態を収め、俺にラノベを返してくれた。

 俺を馬鹿にしないのは空馬だけだった。
 どうして俺にそこまでするのだろうと思った。

 俺はただ自分の世界で満足しているのに。
 最初は自分の世界に入ってくる空馬に不信感を抱いていた。

 こいつも結局、俺を面白がって馬鹿にしているのではないかと思った。
 でも、違った。

 これは、中学の頃。

「なあ、猪尾。お前、障碍者なんだろ? つーか何? 犯罪者なんだろ?」
「…………」

 よく知りもしない男子生徒にいきなりそう言われた。
 俺は無視したが、そこから男子生徒は差別的な言葉を俺に言い放ってきた。

 すると――

「てめえ、いい加減にしろよ」

 空馬が男子生徒の胸倉を掴んだ。

「お、おい、空馬」

 俺は慌てて席を立ち、制止しようとした。

「な、なにすんだよ」

 男子生徒は思い切り胸倉を掴まれ、つま先立ちをしている。

「お前、宅也の何を知ってんだよ。何も知らねえくせにふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ。お前は宅也みたいに純粋に好きになれるものなんてあんのかよ。ねえんだろ。何もねえんだろ。だからお前は嫉妬でやっかんでんだろ」
「はあ!? そんなんじゃねえよ! つーか、放せよ」

 男子生徒は抵抗し、空馬から離れる。

「失せろ」

 空馬は今にも男子生徒をぶっ飛ばしかねないほどの形相で睨む。

「っ、なんだよこいつ」

 男子生徒は俺たちから離れていった。

「空馬、何してんだよ」
「宅也、なんで言い返さねえ」
「事実だからだ。俺は障碍者で、異質な存在だ。あの適当なモブキャラ野郎に時間を割いてる暇なんてねえからだよ」
「本当にお前はそれでいいのかよ!」

 空馬は少し大きな声で俺を糾弾する。

「……いいんだよ。俺は『リアルには何も求めない』」
「……宅也」

 でも俺は結局、空馬に依存していたんだ。
 空馬なら俺を受け入れてくれる。守ってくれる。

 そんな風に思っていたんだ。その気持ちを知ったとき、俺は自分の不甲斐なさと空馬への罪悪感で死にたくなった。

 何が『リアルには何も求めない』だ。めちゃくちゃ求めてんじゃねえか。
 自分を理解してくれる存在。俺は、それをリアルで求めてしまっている。

 俺はこれ以上、リアルに期待、何かを求めてはいけないと思った。
 だから俺は空馬がいない高校に行こうと思った。でも結局今、俺は空馬の傍を、空馬の理解を求めてしまっている。

 誰かに自分を、自分の世界を否定されるのが嫌なんだ。

 口では平気だと言いつつ、俺は結局傷ついているんだ。平気じゃないんだ。

 そりゃそうだろ! なんで俺が否定されなくちゃなんないんだよ!
 なんで俺が犯罪者予備軍みたいな扱いされなくちゃなんないんだよ!
 
 俺はこんな腐った世界に、腐った自分に改めて期待しなくなった。


 やっぱり、リアルはくそだ。


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